骨董屋の日常

騎士と死神のホットサンド

第1話 騎士が仕入れた品

「……死神よ」


 仕入れた品を仕分けながら、クラウス・タジティは呟いた。彼の方から死神を呼ぶのは、大変珍しいことだ。

 骨董屋『銀の短剣』の店内。普段は商談に使われる大型の円形テーブル。木製ながら重厚な作りと、縁を真珠貝の細工で飾った繊細さを併せ持つ逸品で、どこか異国の地図らしきものが天板表面に刻まれている。中央には『テゥアータ』と読み取れる掠れた装飾文字があるはずだ。いまは来客もなく、今日はその予定もないため、クラウスはその机の上に自身が仕入れてきた品々を並べていた。

 視力を失っているクラウスに、詳細な検品や値付けは難しい。最終的にはこの店の若き店主であるシホ・リリシアか、先代のフィッフス・イフスに任せざるを得ないが、それでもただのガラクタと値の付く品くらいは分かる。いまクラウスが勤しんでいるのは、そうした大まかな仕分けだった。


「……どうした、騎士長」


 クラウスが死神に声をかけたのは、背後を通過する気配に気付いたからだ。視力を失って久しいが、クラウスは騎士として鍛え上げた『気配を察する』という超感覚のお陰で、骨董品の検品からこうして人を呼び止めることまで、生活に支障のない動作ができる。

 お互い過去に暮らしていた大陸での呼び名での応酬を経て、店内を通って店の奥、骨董屋の四人が暮らす住居へと入っていこうとした死神が、踵を返して近づく気配があった。背中まで届く長く艶やかな黒髪。女性と見まごう鼻筋の通った容姿を、トレードマークである黒いロングコートとロングブーツに包む優男の姿を思い起こすことができたのは、まだ目が見える頃の記憶のおかげだ。


「……これは、なんだろうな」


 死神……かつて『紅い死神』の異名を取った元傭兵、リディア・クレイを呼び止めた理由は、検品していた品の中に、どうにも用途のわからないものが入っていたからだ。クラウスは近づく気配に振り返ることはせず、件の品物を右手に持ったまま腕を組み、小首を傾げた。

 今日、クラウスが仕入れを行ってきたのは、過去にある飲食店を営んでいたことがあるという一家だった。主人の趣味で集めた骨董の品を手放したい、という申し入れを受けて、品物を引き取ってきた。実際、皿や壺など、老いた主人が集めた骨董の品は良い品であったが、いくらかこうして、クラウスには用途不明の品物が混ざっていた。


「……なんだ」


 リディアの気配が肩越しに迫ったので、クラウスはその品を気配の方に傾けて見せた。

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