第5話 音色
「まあ、元々は技芸団の……」
「はい……楽師です。いまは……」
「『竜』を探すように言われて、旅をしている……あの」
「はい」
「『竜』というのは、どのようなものでしょう?」
旅の少年詩人は、実際には技芸団の楽師で、シエロ、と名乗った。商談用の机を開けて、そこに誘ったシホは、紅茶を淹れ、彼の話を聞いた。好奇心の塊であるシホは、時折質問を挟んだが、その度シエロは優しく微笑んで、返してくれた。
「超越的な力を持つ、巨大な存在、と言えばいいでしょうか。とにかく、その力を、どんな手段を用いても、求めている人がいるんです」
「細かい事情は、お国の違いもありますが、お察しします、シエロさん。大変な旅路ですね」
言いながら、シホは紅茶と共に持ってきた布包みを机の上に置いた。緩く結んだ結び目をほどくと、中から竪琴が現れる。シホは竪琴には詳しくなかったが、ただ、鑑賞用として飾られていたものではなく、かなり使い込まれたものであることはわかった。
「こちらで、お間違いないですか?」
「ああ、はい……そうです。よかった……でも、どうしてここに……?」
「ある商人の方が持ち込まれました。そして……」
シホはあの若い商人とのやり取りをシエロに聞かせた。正直なところ、あのエッグタルトの商人には、不思議なことが多すぎるので、話しながらシホも自信がないところが多々あった。だが、シエロはうんうん、と時折頷きながら、よく話を聞いてくれた。
「それは……不思議な人ですね。でも、感謝しなきゃ。僕は、この竪琴と、母の笛、それくらいしか取り柄がないから……いつも、他の旅仲間に迷惑をかけてしまって……」
「えっと、ファラさんとレミさん、それからシドさん」
「ええ……いまもみんな、この竪琴を探してくれていると思うんです。みんなに知らせないと」
シエロが竪琴に手を伸ばしたので、シホはそれを抱えて、手渡しした。
「あの……お代は……?」
「あの商人さんから頂いていますから……あ、でも、もし良ければ」
シホはいいことを思い付いた。なんとなく頼りなさげなシエロに、どう言葉をかけるべきか考えていたシホは、ちょうど思い浮かんだ考えが、その答えになるのではないか、と思った。
「なにか、その竪琴で一曲、弾いていただけませんか?」
「えっ……え、ええ。もちろん。ですが……」
「それが、わたしの求めるお代金、と思っていただけませんか?」
シホがにこりと笑うと、シエロも微笑んだ。意を決したように竪琴を持ち直す。弦の様子を確認し、演奏に適した抱え方にしたのか、シエロの雰囲気が変わった。一度目を閉じ、開くと、魔法のような手つきで右手の指が走り始める。
優しい音色だ。そして、シホが聴いたことのない曲調の楽曲だった。シエロの生まれた地では、音楽の文化が進んでいるのだろうか。とても完成された、洗練された音色に聞こえた。それともシエロの奏法に、そうした力があるのか。
「……素敵な音色ですね」
聞き惚れていたシホは、ドアベルが鳴ったことに気づかなかった。声に振り向くと、そこにはクラウスが、白い髪の少女と一緒に立っていた。
演奏に集中しているのか、シエロはクラウスとその少女に気づかない様子で奏で続けている。シホもクラウスに頷くと、多くは語らず、微笑むだけに止めた。そこにドアベルが鳴り、リディアと二人の男女が帰ってきた。リディアも、二人連れの男女も、一言も言葉を発さなかった。ただ、シエロの奏でる音色に、微笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます