不協和音

 

 ・大永七年(1527年) 十一月  山城国 京 勝竜寺城  三好元長



 篠原大和守(篠原長政)から六角の進藤山城守(進藤貞治)が密かに尋ねて来たと連絡があった。

 山城守は厨(台所)に待たせてあると言っていたな。

 用件は畠山のことか?畠山のことなら儂も頭を痛めているところなのだが……


 厨の戸を開けると、大和守と共に商人姿の者が平伏している。話には聞いていたが、本当に商人の人足に紛れておるとは驚いた。


「山城殿だな?」

「ハッ!六角家臣、進藤貞治にございまする」

「堅っ苦しい挨拶は抜きだ。面を上げてくれ」


 言うと、大和守と共に顔を上げる。

 なるほど。いい面構えだ。六角弾正は良い家臣を持っておるな。


「火急の用件とのことだが、一体何事だ?」

「畠山上総介様(畠山義堯よしたか)のことでございまする」


 やはりそれか。儂も頭の痛いところなのだがな。


「畠山の動きに関しては申し訳ないと伝えてくれ。某にとっても想定外の動きでな」

「やはり左様でございましたか。我が主は三好様の今後の動きを教えてもらいたいと申しておりました」

「はっはっは。土壇場で裏切るような真似はせぬよ」

「裏切るなどと……ただ、不測の事態であれば何か取り決めと違う動きが出て来るのではないかと」


 ふむ。本音はともかく、畠山の動きも儂が裏切ったわけではないと見抜いているか。

 六角弾正……やはり頭は切れる。


「そうだな。畠山は朝倉相手に大きな被害を被った。一応味方でもあるし、これをそのままにしておくこともできん。

 我が三好は勝竜寺城から鶏冠井城かいでじょうに陣を移し、西から畠山勢を後援して川勝寺口せんしょうじぐちまで進出しよう。

 それならば、当初の取り決め通り膠着状態を作り出せよう。いかがかな?」

「承知いたしました。それと、和議の件はいかがでございましょう?」


 ふむ。進藤山城を遣わしたのはそれが本命か。


「此度の畠山の敗戦でこちらにも六角と朝倉が容易ならざる敵と映ったであろう。某はこれから膠着状態を作り出す。

 和議のことはそれから堺に申し上げよう」

「承知いたしました。出来るだけ早く和議をまとめたいと我が主は申しておりました」

「こちらとしても最善は尽くす。被害を抑えたいのは某も同じ気持ちだ」


 その後、細かなことを話し合って進藤山城が下がって行った。


 和議か。そろそろ六郎様(細川晴元)に和議の件を持ち出しても良い頃合いかもしれんな。

 道永(細川高国)は京から落とすと言っているし、六郎様にも否はないはずだ。

 問題は左馬頭様(足利義維)だな。

 今のままでいけば、六郎様は左馬頭様を将軍にすると騙して担ぎ上げたことになってしまう。

 信義を通そうという者がそのような振る舞いは厳に慎むべきだ。六角とは左馬頭様の身の上に対する交渉が残っている。


 ……最悪の場合、六角とも本気で戦火を交えねばならんか。




 ・大永八年(1528年) 一月  山城国 京  東福寺義晴本陣  朝倉宗滴



「堺方と和議を結んではいかがでしょうか?」


 軍議の場で六角弾正(六角定頼)の声が響く。


 ……和議だと?


 弾正め。全て己の掌の上で事態を回せると思うなよ。

 あのような腑抜けた戦をしておいてぬけぬけとよくぞ言えたものだ。


 御本陣に急襲を受けた後、六角の戦振りが気になって下鳥羽まで出張ってみたが、余人の目は誤魔化せても儂の目は誤魔化せん。六角が本気を出せばあの程度ではないはずだ。

 そこまで儂を馬鹿にしおるか。


「和議などと……そのようなもの、応じるのか?」

「やって見ねばわかりませんが、このまま膠着状態を続けるのはお互いに本意ではないと思われます。一度某に和睦交渉を行わせて頂けませんか?」


 管領様(細川高国)が少し期待をした目をしている。

 どいつもこいつも弾正の計略を見抜けないとは情けない。弾正は管領を廃し、細川六郎を公方様(足利義晴)に仕えさせることで和議を成立させようとしておるのだ。

 それ以外に堺方が納得する落としどころなどあるはずがない。自らの足元を崩そうとしておる者を見抜けぬとは……

 管領にも公方にもほとほと愛想が尽きたわ。


「ならば、弾正に任せる。和戦両面で今後のことを考えるとしよう」

「ハッ!」


 ……ふん。これ以上付き合っていられるか。

 しかし、弾正には一言言ってやらねば気が済まぬ。


「では、軍議はこれまでとする」


 全員で一礼して軍議が終わった。

 む!弾正がすぐに立ち上がって廊下に出ていきおった。おのれ逃がさんぞ。


 後を追うと出口には向かっていない。公方様の所へ行くのか。これ以上何の小細工をする気だ。

 よし、周囲に人影はないな。


「弾正殿!」


 いきなり声を掛けられて驚いておるのか?

 振り返った顔には怯えの色がある。どうせそれも人をコケにする演技であろう。


「これは宗滴殿……そのように慌ててどうなされ……」

「とぼけるな!は儂の目を節穴とでも思っているのか!」


 胸倉を掴んでもまだ怯えた顔を続けるか!どこまでもカンに障る男だ!


「貴様の戦振りを見させてもらった!なんだあの腑抜けた戦は!小谷攻めで見せた六角の戦振りとは似ても似つかぬ!」

「はて、何のことでしょう?」

「おのれ!ここに至ってもまだとぼけおるか!」

「ちょっ……首が締まって……苦し……」


 その怯えたふりを止めろというのがわからんのか!さっさと本性を見せろ!


「言え!三好と組んで一体何を企んでおる!」


「宗滴殿!お止めなされ!弾正殿の顔が青くなっておりますぞ!」


 大舘常興じょうこう(大舘尚氏)が止めに入ってきたか。余計なことをするな!


「宗滴殿!ここは御本陣でござる!弾正殿はお味方!お止めなされ!」


 くそっ!これでもまだ怯えた顔を止めぬか!

 ……まさか孫九郎の言うように本当にただの腑抜けなのか?


「ふん!これ以上貴様らには付き合いきれん!雪が溶けたら儂は越前へ帰る!後はの好きなように捌くがいい」


 六角と協力して堺まで討ち平らげようと気勢を上げていた自分が情けない。

 まさか弾正が敵と通じる痴れ者だと見抜けなんだとは……


 この上はもはや管領がどうなろうと知ったことか!




 ・大永七年(1527年) 十二月  山城国 京  東福寺義晴本陣  六角定頼



「弾正殿。お体大事無いか?」

「ええ、助かりました」


 大舘尚氏が助け起こしてくれた。

 あ~本当に死ぬかと思った。綺麗なお花畑が少しだけ見えた気がする。


 まったく、一体何を怒ってんだ?あのジイさん。そんなに損害ばかり出してちゃ、肝心の越前が疲弊するだけだろっての。


 ……雪が溶けたら帰るとか言っていたな。これは何としても今の膠着状態のまま和議を成立させないと。

 でないと、いよいよ六角ウチが本気で戦わなきゃいけなくなる。

 やっぱり全部が全部上手くいくものじゃないな。ともあれ、三好と通じていることはこれ以上誰にも疑われないようにしないと。


「くれぐれも御身大切にされよ。公方様もお手前には期待しておられる」

「有難きお言葉にございます」


 ま、義晴にとっては悪い話じゃないだろう。高国を没落させるだけで将軍の地位は安泰なんだから。

 俺達だけじゃなく、うまくいけば摂津や阿波の国人衆も義晴政権に組み込むことができる。

 高国にはかわいそうだが……ま、これも今まで散々俺達にタカってきた報いだと思って諦めてもらおう。


 吠え面を見るのは相変わらず楽しみにしているがね。




 ・大永八年(1528年) 三月  山城国 京 下鳥羽六角本陣  六角定頼



 進藤貞治を交渉責任者に充てて三好を通じて和睦交渉を行わせているが、はかばかしくない。

 原因は当の三好元長で、足利義維を将軍に据えることが和睦の条件だとゴネているらしい。義維には副将軍として義晴の元で立場を作ると言っているのに、ガンコなものだ。


 う~ん。やっぱ中々上手くは行かないものだな。


「新助(進藤貞治)。三好筑前(三好元長)は相変わらずか?」

「ハッ!左馬頭様を何としても将軍位に据えていただきたいと梃子でも譲りませぬ。某の力不足にて申し訳ない仕儀で……」

「いや、誰もお主のせいだなどと思っておらん。しかし、このままでは一向に話が進まんな」


 主だった部将を集めて作戦会議をしているが、そんなすぐに妙案が出て来るはずもない。

 結局はお互いの主張の妥協点を探るしかないわけだが、その辺の呼吸は実際自分で話してみないとなんともわからんものだ。


 こればっかりは進藤任せにした俺の失敗でもある。

 三日前には宣言通り朝倉の爺さんも越前に帰ってしまったし、ここまで来て和睦失敗とかなったら目も当てられん。


 やっぱり、一度会って話してみよう。真心を込めて話せば、きっと分かり合えるはずだ。


「ふむ……一度三好筑前殿と会う場所を作ってくれるか?」

「御屋形様が直に三好殿と……ですか?」

「うむ。このままグダグダしていても仕方ない。一度会って妥協できるところを探して行かねば、もう一年京で過ごすことにも成り兼ねん。

 ただでさえ兵糧の消費が馬鹿にならんのだ。これ以上グズグズしたくはない」


 皆黙って俯く。まあ、俺自身散々考えた末だ。やっぱ取引は直接会って話さないとダメだな。


「それと、保内の二人には俺の文を持って堺に行ってもらってくれ」

「堺にですか?」

「そうだ。堺の内池甚太郎に頼みたいことがある」


「頼みたいこととは?」

「堺で噂を撒いてもらう。義晴方との和議が進まぬのは、三好筑前が左馬頭様のことを譲らぬからだとな。

 細川六郎(細川晴元)の心底はわからんが、六郎の敵が道永(細川高国)一人ならばもしかすると三好筑前を飛び越して和議が結べるかもしれん」


 あれ?皆が驚愕した顔になってる。

 俺そんなに酷いこと言ってるかな?交渉を進めるためには上役を動かせってのは常識だろう。


 進藤も何でそんなにビビった顔してるんだ?


 俺が会って、それでも三好が考えを変えなければ交渉は手詰まりだろう。

 ここは何としても三好元長を動かさなければならん。俺だってやりたいわけじゃないが、この際手段は選んでいられないからなぁ。

 ここまで来て本気で戦をすることにでもなれば、何のために今まで散々苦労してきたかわからんよ。


「どうした?何か問題でもあるか?」

「……いえ、かしこまりました」


 なんだかなぁ……

 身内に腹黒の目で見られるのも不本意だな。俺としてはできるだけ六角が損をしない方法を選んでいるつもりなんだが……

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