オタクな俺は異世界では女勇者として生きていく

@2kaidyoru

第1話 俺と神様

俺の名前は水野爽みずのそう、一見偽名のように思えるかもしれないが、これでもちゃんとした本名である。また、年齢は17歳。


 俺はどこにでもいるアニメが大好きな普通の高校2年生。勉強は中の下だし、運動神経がいいわけではない(と言うかむしろその逆だ)し、皆が目を引くスタイルというわけでもない。


 仲のいい友達なんてネット上でしかいなかったし、女子と仲が良かったわけでもなかった。所謂「ぼっち」ってやつである。


 そんな俺の将来の夢は声優。事情は色々あるのでここでは省くが、声優になる為に日々色んな努力をしていたし、進路の事で悩んでもいた。


 俺は演劇部や養成所に行ったりはしてなかったが、それでも独学で演技の研究をしていた。歌も独学だが自分なりに練習を繰り返して、声優になる為の基礎を培ってきたのだが……




 秋が一層深まってきたと感じたある日の夕方。


 いつものように好きなアニソンを口ずさみながら家に帰っていたら、道路脇にある公園からボールが勢いよく飛び出していった。


 この時間はちびっ子たちが元気良く公園で遊んでいる時間帯なので、そのボールがすぐにちびっ子のものだとわかった。


 俺はそのボールを取ってあげようとしたが、速すぎて触ることすら出来なかった。


 そのまま車道に飛び出すボール。それを夢中で追っかけて車道に出るちびっ子。向かいから迫り来るトラック。気づいていないちびっ子。


 俺はすぐにこの危険な状況を察した。このままではあのちびっ子はトラックに轢かれてしまう。


 そう思うよりも早く、俺の体は既に動いていた。見ず知らずのあのちびっ子を助ける為に。


 そうして俺は、無我夢中で身を呈してそのちびっ子を突き飛ばした。案の定、俺はそのままそのトラックにはね飛ばされて死んでしまった。




 次に俺が目を覚ました時は、神殿の祭壇のような所だった。どうやら俺は寝台のようなもので寝かされていたらしい。


 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。全体的に薄暗い雰囲気に、肉体離れしたような感覚と、そこに似合わぬ美しくて若い黒髪の女性。


 女性はこちらに気づくと、読んでいた本を置いて、俺に近づいてきた。近くで見ると、その美しさはより一層際立つ。



 「お目覚めになられましたね」



 俺はこの状況に親近感と言うか、見覚えがあった。……これ、「あれ」じゃないのか?


 俺はその女性におそるおそる質問をしてみる。



 「……もし間違ってたらすまないんだけど、あんたってもしかして……神様?」


 「はい! その通りです!」



 彼女は元気に返事をした。彼女の笑顔が眩しく光る。ああやっぱり、「あれ」か。


 そのまま彼女は挨拶を始める。



 「申し遅れました。私の名前はネフティス。ここの管理者をしている者です」



 ネフティス……確か、エジプトの冥霊神にも同じ名前の神様がいたはず。もしかして、本人?



 「さて、水野爽さん。貴方にお話がございます」


 「待った、あんたの言いたいことが俺には何となくわかる」



 この状況、アニメ好きなら一度は目にしている光景だ。俺は大きく息を吸い、そしてゆっくりと話し出す。



 「俺は事故で死んでここに来た。で、俺はこれから異世界・・・転生・・して勇者・・になるんだろ? でも、そのままの一般人のスペックだと異世界のモンスターに対抗出来ないから、転生する際に特別な特典・・が貰える。ここはその為の場所……で合ってるよな?」


 「えっ、凄い……まさしくその通りなんです!」



 彼女は驚きの反応を見せている。反応から察するに、彼女の伝えたい事を俺が一言一句違えずに言ってしまったのだろう。


 ここで聡明な読者諸君は気づいているだろうが、これはファンタジー作品の名物「異世界転生」である。


 トラックに轢かれ、神域的な場所で目覚め、神様と対峙する……どこを見てもそうにしか見えない。



 「知っているのなら話は早いですね。では水野爽さん……」


 「あ、俺のことは爽でいいよ。フルネームで呼ばれるの、あんま慣れてなくてさ」


 「では爽さんとお呼びさせていただきますね! なら私のことも、“ねふちー”とお呼びください!」


 「ね、ねふちー……? いくらなんでもそれはちょっと、ね。ネフティス様って呼ばせてもらいます」


 「そ、そうですか……」


 (しゅん)



 彼女はとても残念そうにしていた。そんなにねふちーって呼ばれたかったのか。



 「……話を戻しますね。ご存知の通り、異世界転生される際の特典を、ここで決定することが出来ます。爽さんは、どの特典にされますか?」


 「うーん……」



 ここでどの特典を受け取ったとしても、結局“俺TUEEEE!!”状態になることに変わりは無い。俺は数々のアニメを見てきたが、はっきり言ってそういう類の主人公にはイマイチ共感できなかった。


 と言うより、そんな異世界生活で楽しいか? と思っていた。



 「いや、特典はいい。それよりもネフティス様に頼みがある」


 「はい、何でしょう?」



 俺は大きく息を吸う。



 「俺を………………“女にしてくれ”!!!」


 「……はい?」



 つかの間の静寂が辺りを襲う。彼女は、何かを考えているのだろうか?



 「……えと、すいません。よく聞き取れなかったので、もう一回言って貰っていいですか?」


 「……えっとな、俺は異世界では今の男のままじゃなくて、新しく女の子として生きてみたいんだ。だから、俺を女の子の体にしてほしいって意味で言ったんだが……」


 「あ、やっぱり、聞き間違いじゃなかったんですね……」



 彼女は酷く困惑していた。そりゃあ目の前の男子高校生が女子になりたい願望があると知れば、まあ普通の反応である。


 さて、皆様はここで「ネカマ」という言葉を知っているだろうか?


 所謂「ネットオカマ」の略で、現実では男性だが、オンライン等では女性と偽っている人種のことである。


 何故ネカマをするのか? その一番の理由は、他のプレイヤーから優遇される事にある。詳細はまあ省くが、女だから、という理由だけで態度が男性の時と180°変わるものなのだ。


 どうしてこうなるのかは、残念ながら俺には説明できない。いやしようと思えば出来るけど、本能とか母性とか可愛いからとかその辺の話が延々出てくるだけなので、今回は自重しておく。


 きっと目の前の彼女も、俺がそういう嗜好の持ち主だと知り、軽蔑しているのだろう。別にそういうのには慣れている。


 だって俺、ネカマの常習犯だし。



 「あ、無理なら無理でいいよ。それならこの運命を受け入れるだけだし」


 「いや、別に、出来ないことは無いです。無いですけどね?」


 「?」


 「その……いいんですか? 女性の体になると、もう二度と男性の体に戻ることは出来なくなりますよ?」


 「あーそういうことね。いや別にいいよ。と言うかこの男の体だからこそできる楽しみなんてあんまり無いし」


 「そう……ですか……? そう……なんですね…………」



 彼女の落ち着いた声は、決意の表れだった。それに、彼女はまるで俺を軽蔑していない、むしろ俺の意見を尊重してるようにも見える。



 「……わかりました! では、爽さんを女性の体に致します! と言っても、その体をゼロから女性の体として構築するのはさすがに私でも厳しいので、“憑依”という形で異世界に転生させますね!」


 「うん、おっけーおっけー。と言うかこのスタイルをそのまま女体化させるっていうのは流石に笑えないから、こっちからお願いするわ」


 「かしこまりました! ただ、憑依先に文句は言わないでくださいね?」


 「わかってるよ。させてもらう立場で、そんな文句とか言えないしね」


 「ありがとうございます!」



 お礼を言うと彼女は空中にコンピューターみたいな物を映し出した。そして何やらキーボードみたいな物で操作を始める。



 (うぉぉすげぇ……すげぇけど、相手が神様だからそんなに驚かねえ〜……)


 「……憑依先は、この子にしましょう! 後はこうして……はい、これで爽さんは女性の体になって異世界を冒険できますよ!」


 「あ、うん、さんきゅー」



 俺がコンピューターのようなものに気を取られている間に、どうやら彼女は手続きを済ませてくれたようだ。


 よし、これで準備は出来た。後は異世界に旅立つだけだ。



 「じゃあ、俺はこれでもう向こうに行けるわけね?」


 「いえ、その前に特典を受け取ってもらわないと! 例え本人が良くても、何も持たないまま向こうに行くと怪物モンスターとかに秒殺されますから! ……多分ですけど」


 「あ、やっぱり特典は受けとんなきゃなのか……」



 実を言えば特典の存在はすっかり忘れていた。憑依の話が決まって、心が昂っていたからかもしれない。



 「うーん。正直に言えば、俺この特典が欲しい! っていうのが無いんだよな。なんか、特典のリストとかある?」


 「あ、それでしたら勿論ありますよ! どうぞ!」



 そう言って彼女は何処からか本を取り出した。タイトルには、『現代人が異世界転生する際に必要なこと:大全集版』と書かれている。あとやけに分厚い。



 「特典一覧は付箋で貼ってある範囲内のページにありますよ!」


 「これか。どれどれ……」



 特典一覧表にひととおり目を通す。



 (ペラペラペラ……)


 「……うーん、どれも微妙」


 「決まりませんか? それなら、爽さんの人柄……特徴を教えてください。それを元に、一番扱えそうな特典を私のほうから選びますよ!」


 「特徴? 急に言われてもなあ……あ、俺運動とか全くできないな」


 「ふむふむ」



 と言ってネフティス様はどこからか取り出した紙にメモしている。



 「あと、皆より必要な睡眠時間が長い」


 「ほうほう?」


 「あと何があるんだ? あ、そうだ、魚介類をあんまり食べられない」


 「……あのぉ、短所だけじゃなくて、長所も教えてほしいんですけど……」


 「あ、悪い悪い。俺の長所かー。うーん……記憶力がいい?」


 「なるほどそれで?」


 「あと何だろうな。負けず嫌いなとこ、とか?」


 「いいですね〜」


 「そうだ肝心なこと忘れてた。俺アニメとかゲームが凄く好きで、まあガチ勢と言うかやり込み勢と言うか……これ長所って言えんのか?」


 「ゲーム好き、っと……ありがとうございます! じゃあ、今聞いた情報を元に、特典を選びますね……」



 そうして彼女は3秒もしない内に、あの分厚い本の中から即座に1枚の紙を選び抜いた。あの速さ、全ての特典の内容を理解してなきゃほぼ不可能だぞ……?


 本からそのページを抜き取り、俺に見せてくる。



 「これなんてどうです? 『獲得経験値量増加+』と言う特典があるのですが」


 「それ、どういうの?」


 「まあ基本は読んで字のごとくなんですが、まず第一に、【獲得する経験値の量がかなり増えます】」


 「そりゃそうだろうな」


 「で次に、【一度見た技は完全に覚え、それを習得することができます】」


 「え、てことはつまり……?」


 「その気になれば、私たち神の持つ固有スキルでさえも爽さん自身が使えるようになりますよ!」


 「なんてこったい……」



 それだけでかなりぶっ壊れ性能じゃないか! と言いたい気持ちをぐっと抑え、再び彼女の話に集中する。



 「まあ私たちのスキルなんて見せるつもりも教えるつもりもありませんけどね!」


 「うん、知ってる」


 「あとは、【睡眠時に自身の所持しているスキルを整理し、既存のスキルが強化されます】」


 「それ、聞いてもあんまよくわかんないな」


 「これは、既に所持しているスキルを分析して要点を確認したり、似たようなスキルは一括にまとめたりといったスキル整理の過程が、寝ている間に全部行われるんです! だから、スキルを手に入れれば手に入れる程、より爽さんの持つスキルは強くなるというわけです!」


 「ああなるほど。それは……その……やばいね」


 「はい、かなりやばいです」



 異世界転生特典がここまで末恐ろしい物だったとは……いくらなんでも現代人に対して過保護すぎやしないだろうか。



 「記憶力が良くて、苦手な運動もこの特典で上手くなれて、睡眠が他の人よりも長くて、それでいて負けず嫌い。爽さんであれば、この特典を使いこなせるような気がします!」


 「うん、ありがとう……」



 特典の内容も凄いが、俺はこれから異世界で女性として生きるんだよな? そんなの、最強の女勇者が誕生するに決まってるじゃないか。



 「あ、ついでに言うならスキル管理画面を爽さんの好きなゲーム風にしてみました! 元々、その機能はデフォルトでは無かったんですけど、私からのサービスということで!」


 「え、それは普通に嬉しいな。ありがとう」



 少しでも俺の意見を反映させてくれるネフティス様、さすがすぎる。



 「特典もお渡ししましたし、爽さんの要望も叶えました。これで爽さんが異世界転生する準備は出来ましたが、行かれる前に何か質問はありますか?」


 「質問……あじゃあ、色々聞かせてくれ。まず、俺以外に転生した奴はいるのか?」


 「はい、勿論居ますよ! 人によっては、Sランク冒険者になったり、英雄と称される方もいたりしますね!」


 「Sランク……それって冒険者の最高ランク?で最低はE?」


 「最高はSSランクですね。この領域に達するのは、所謂“現人神あらひとがみ”と呼ばれるような人たちで、指で数えられる程度にしか世界に存在しません。そしていくら転生者であっても、中々SSランクには上がれませんね! 最低はEで合ってますよ!」


 「なるほど。じゃ次、向こうの世界での言語についてだ」


 「そこは心配されなくても大丈夫ですよ! 向こうの世界で使われている主要言語は一般商用言語、ミルト語なんて呼ばれてたりしますけど、そのミルト語は全て爽さんの使われている日本語に自動翻訳されます!」


 「自動翻訳は有難いな。もう少し詳しく」


 「自動翻訳、と言うか自動置換・・の方が正しいですかね。会話は全て日本語として聞こえてきますし、文字も全て日本語に置換されます。これの凄い所は、逆のケースでも自動置換が発生するんですよ!」


 「つまり、俺の書いた言った日本語は全て、向こうで言うところのミルト語に自動で置き換えられるんだな。え何それ普通に凄い」


 「神の力とはそういうものです! ふふん!」



 神の力を誇らしげに自慢しているネフティス様に、可愛いという感情を抱くのはもはや必然であった。



 「あとは何だろ。時間・暦とか?」


 「そこの捉え方は、ある程度日本と同じだと思って大丈夫ですよ! 時間は24時間周期、日にちの考え方も今の日本と同じ太陽暦、ちゃんと四季もありますし、閏年もあります!」


 「へえ。異世界なのにそこは同じなんだ」


 「先史の古代ヨーロッパの時代から分岐して、今の爽さんの時代とこれから行かれる異世界とで分かれたからですね。かと言って、向こうの世界で歴史を教わる機会はほとんどありませんけど」


 「そういうものなのか。俺のいた世界のパラレルワールド的な感じなのかな?」


 「そんな感じです!」


 「なるほどなあ……あとは……何がある?」


 「よく、魔法のことについて聞かれる方が多いですね。爽さんも聞きます?」


 「魔法……気になるけど、それは向こうで学ぶことにするよ」


 「わかりました! あ、ちなみによくある質問等は、先程お渡しした『現代人が異世界転生する際に必要なこと:大全集版』の巻末に載っているので、そちらも参考にしてください!」



 手元にある、ずっしりと厚く作られた本をまじまじと見つめる。



 「……一応聞くけどさ、この本誰が作ったの?」


 「ZEUS《ゼウス》っていう、爽さんの知る言葉で言うところの超高性能AIが自動印刷で作ったんですよ」


 「……なるほどこの本は全知全能の神様が作ったのかー。へえ〜(棒)」



 うーん。この本はネフティス様が作ったんじゃないのか。ちょっと期待してたのに。しかもAIが作ったって……


 気持ちを切り替えて、次の質問をする。



 「……じゃあ、ネフティス様ってその、本人なの?」


 「え? どういう意味ですか? 私は私ですけど……」


 「いや、エジプトのほうに同名の神様がいるから、もしかしたら? と思って」


 「あ〜そういうことでしたか。さあどうでしょう? ふふふっ」



 答えをはぐらかすネフティス様に、魅力のようなものを感じたのは言うまでもない。と言うか、単純にネフティス様が可愛すぎるし、笑顔が素敵すぎる。


 一男子高校生相手に可愛いと思わせる神様がいる時点で、世の男子高校生が落ちないわけが無い。まあ、異性愛者ヘテロであることが条件ではあるが。



 「それでは、そろそろ向こうにお送り致しますね」


 「よっしゃ来い!」



 いよいよ俺の異世界での冒険が始まる。この先に何が待ち構えているのか、それはわからない。今はただ、往く流れに身を任せるだけだ。



 「……もしかしたら、爽さんとはまた何処か、ここ以外の場所で会えるかもしれません。その時を、楽しみにしていますね!」


 「……俺も楽しみにしておくよ。もっとも、向こうに行ったら俺はじゃなくなるけど」



 俺が俺じゃなくなる。ただ憑依するだけだが、一抹の不安が頭をよぎる。憑依した後の俺のこの体はどうなるのだろうか。ネフティス様が処分するのだろうか。



 「では、そのベッドで再び眠りについてください。次に目覚める時は、異世界ですよ」



 そう言われて俺は不安を抱えたまま静かに床についた。その途端、不思議で異様な眠気が俺を襲った。


 が、眠る直前、ネフティス様がこんなことを言っているのがわずかに聞こえてきた。



 「………………私も、冒険してみたいなあ。変身して、爽さんのパーティーにでも入ろうかなあ? ……なんてね!」

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