第3話 こうなったというのも(到着時)②

 マスターよりやや背が高く、やや恰幅もいいそのひとは、思った通りの反応を見せた。そのままその場で固まって、あたしとマスターの顔を交互に見る。


「と言うことらしい、ぜ、K」

「……と言われたって、なあ」

「と言うことなんだけど。ルイーゼロッテ」


 うん、とうなづくと、あたしはカウンタの椅子から降り、つかつかと「K」と呼ばれているひとの前まで歩み寄った。


「あたし―――ルイーゼロッテ・ケルデンって言います。マリアルイーゼ・ケルデンの娘です。クルト・ケルデンさん」

「ふーん、あんた、そういう名だったの」

「……いや、判らない」


 きっとそう言うだろう、とは思ってた。


「あなたが知らなくても、あたしは知ってるんです」



「……なるほど確かに、私の姿だ」

「間違い無いのかよ、あんた」


 四人掛けのテーブル。あたしを前に、マスターと「パパ」は並んで座っている。空いたスペースにあたしはママのアルバムを開いた。


「……確かに、これは私なのかもしれない。私は実際医者だった訳だし」

「じゃあ、認めてくれるの?」

「おいK、認めるのかよ!」


 あたしとマスターの声は揃った。


「事実としては、な」

「って」


 あたしは「パパ」の方を真っ直ぐ見つめた。


「それに普通、私を捜すなら、君ではなく、君のママの方じゃないか? ……君、今幾つだ? 見たところ、十……一? 二?」


 あたしは思わずぱん、とテーブルに手をついて立ち上がった。


「十三よ! それにママに探せるなら、……」


 あたしの声は詰まる。


「ちょっと待て、おい、それってもしかして…… ルイーゼロッテ、お前のおかーさんって」

「ママは、死んだわ」


 今度は「パパ」の眉が大きく上がった。だけどそれは一瞬だった。


「しかしそれはそれ、だ」

「おいK」

「私が記憶を無くしていることくらい、君は判ってここにやってきて居るのだろう?」


 あたしはうなづく。


「だったら、私を捜しても、今更どうにもならないことじゃないか? それとも何か、他に目的があるのか?」

「……別に何かしてもらおう、なんて、思ってないわよ! ……さっきまでは、ママのお墓参りをして欲しいと思ってたけどね」

「死んだ人間は元には戻らない。もし私が君の言うところの人物だったとしても、それは既に戸籍の上では死んでいる。死んでいる人間には何もできない」

「おい冷たいんじゃないか? K、それは」

「事実だろう。いずれにせよ、ルイーゼロッテ、君の『パパ』であるべき男は、ここには居ないんだ」

「ええよーく判りました。訪ねてきたあたしが馬鹿見た、って訳ね」


 そして立ち上がる。既に食器もカップも空になっていた。


「帰る」

「ちょっと待て」


 強い力でテーブルの横を通り抜けようとしたあたしはぐっと引き止められた。


「何よ」

「お前さん、行くとこ、あるわけ? お金無い、ってさっき言ってたろ」

「……それは」


 確かにそうだった。没収される前にって下ろして来たのは全部旅費に回った。


「それに俺達のことを知ってここまでやってこれたあたり、とんでもねーガキだよなあ、なあ? K」

「それは」


 パパ…… いや「ドクトルK」は、言葉に詰まった。


「俺達は確かに、自分を捜して欲しい場合には、データをメディアに提供したけど、そうでないヤツ、探して欲しくないヤツは、結構そいつを秘密にしておいて、って頼んでおいたはずだしなー」


 あたしはぷい、とその蜂蜜色の目から目を逸らした。


「ま、お前さんがとんでもない子供だってのはよーく判ったし、まあたぶんこのひとの娘だろーし、そーすると確かにお前さんにはこの町に居る権利が無きにしもあらず、だ。俺自身としては、別に構わないと思う。ただ」

「ただ?」

「その前に、お前さんの目の前のカフェオレは呑んでしまって」


 ? 言われるままに、あたしはややぬるくなったカフェオレを飲み干した。


「OK?」

「OK」


 んじゃ、とばかりにマスターは唐突にドクトルの後頭部に腕を回した。何を。


「あ」


 ぶちゅ、と音がしそうな程に、彼はドクトルの唇に吸い付いた。うわ。うわ。うわ。き、キスしてるーっ!! いや単にキスだったら別に驚かない。だって軽いキスなんて、男同士だってマウストゥマウスはありだ。だけど。

 だけど目の前で長々と行われているのは……ディーーーーーーープキス、というヤツだ。

 ……そしてどのくらい経っただろう。ぷは、と空気補給、とばかりに離れた二人は明らかに上気していて。


「……おや、結構しっかりしてるねー」


 ふふふふふふふ、とあたし達はまた笑いながらにらみ合った。


「……つまりマスター、トパーズさん、アナタ達もーしかして」

「もーしかしなくても、そうなんだよね」

「それって思いっきり、ホモって言うんじゃないでしょうか」

「思いっきり言います。言わなくちゃおかしいです。でも付け足すとね、先に俺をこましたのはこっちのオヤジだからね!」


 あたしははた、とドクトルを見た。彼は「仕方ないだろう」とつぶやくと、悠然とコーヒーのお代わりをカップに注いだ。


「……つーまーりー、マスター、あたしがもしこの関係に対して平気で居られるなら、ここに居てもいいってこと?」

「おお、さすがに察しがいい」

「おいトパーズ」

「いいじゃんかよ、この歳で物騒な覚悟の逃走してきたなんて、頼もしい。いい覚悟」


 そう言って彼は、あたしの頭をぐりぐりと撫でた。


 そしてあたしは、この「アンデル」駅前「食事もできるカフェ」の居候・兼・ウエイトレスになった。

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