3.
少女が三人の暮らす部屋の第四の住人となってから一週間が経過したが、三人の毎日に取り立てて大きな変化はなかった。
ダクタリは少女に情が湧くこともなければ他のシュプリオンへの扱いを改めることもなく、相変わらず廃棄待ちのシュプリオンが待機状態にある倉庫に侵入しては手ずから彼らの手足を引きちぎりその悲鳴と痙攣を楽しんだし、ロバートはそんなダクタリの土産話を聞き流しながら電子タバコをふかし、職場から持ち帰った機械部品の整備に余念がなかった。
わずかに変化したのは、意外にも日常の習慣に忠実なジョルジュだった。
人格や生活習慣に大きな変化があったわけではない。社会の構成員としての義務に忠実なジョルジュは、それらを変えることを良しとしない。しかしその一方で、義務に対するその忠実さが、ジョルジュ自身の習慣に一つの変化をもたらしていた。
この社会に生きるものの義務、中でも最も基本的な二つの義務にまつわることだ。
義務の一つ目は労働。人口に相応の安定した生産と体制の仕組み、そして人々の住みよい環境を維持するための義務だ。少女はジョルジュやロバートの指示で掃除や洗い物を手伝っており、それが本来社会に存在を認められない少女シュプリオンの暫定的な労働となっていた。
もう一つの義務は、安定剤の服用であり、これが少女との同居によってジョルジュにもたらされた最大の変化だった。
一日二錠の精神安定剤の服用は義務であり、現代人にとって食事や排泄と同じく、物心ついた時から当然の習慣として行ってきたものである。
共同生活が暮らしの基本形態になっている理由の一つは、この安定剤の服用を互いに監視するためである。もっとも、それが必要なのか、きちんと機能しているのかは当人たちにもわからない。服用は、監視の必要性を感じないほどに誰にとっても当然の習慣だからだ。
つまり、例え相手がシュプリオンであっても、共同生活を送る以上、義務である安定剤の服用をさせることが必要だとジョルジュは考えたのである。
ジョルジュにとっては当然の、そして大きな問題だった。ただ消費されるだけの労働力としてのシュプリオンであれば気にも留めないが、少なくとも当面の間は同居人ということになる少女が、果たすべき義務を果たせないのは許されることではない。
ロバートは「道具相手に薬を使うなんて勿体無い、気にするな」と言い、ダクタリは「何で俺のものをシュプリオンにくれてやらなきゃならねぇんだ」と苛立ちを隠そうともしなかった。
定期的に規定数が配給されるだけの安定剤は、どの家にも人数分しか無い。ジョルジュはやむなく、自分の二錠のうち一錠を少女に分け与えることに決めたのだった。
カプセル状の安定剤を差し出された少女は始めこそ不思議そうにジョルジュとカプセルとを見比べたが、ジョルジュが自分の一錠を飲んで見せるとそれを真似るようにして飲み込んだ。
無論、自身の薬を減らすことは習慣と義務に忠実なジョルジュにとっては苦い選択だったが、服用数はやむを得ない場合は減らすことが認められている。少女が安定剤を服用しないという状況と天秤にかけた結果の選択だった。
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