その街は誰が為に
soldum
1.
ジョルジュ・レオネッティは取り立てて目立った特徴のない男だったが、それは彼にとって、そして社会にとっても誇るべきことだと言えた。
消費のための消費、浪費のための浪費が奨励された時代はもはや過去のものとなり、社会は労働、生産、文化、成長、全てに於いて縮小しつつある、いや、それは半ば達成されていると言えた。
社会の構成員たる人間には、才気や野心、意欲よりも従順さや理性的な性質こそが望まれ、構成員の理想は個性ではなく、さりとて平等でもなく、正確に言うならばそれは平均であることだった。
そういう意味で、ジョルジュは社会に最も望まれた人間として自身を誇ることができ、社会はそんな理想通りの構成員を育て上げたことを誇ることができた。
無論、ジョルジュだけがそうであったわけではない。むしろ社会の構成員の多くが、いまや彼のように起きて労働に励み、食事をして眠るという変化のない日々の生活を自ら望んで行うような人間だった。ジョルジュはその中でもとりわけ義務に忠実であり、模範的な構成員だったというだけのことである。
ロバート・プレゼンスは現在の社会構造以前を知る数少ない人間の一人だった。とはいえ、まだ五十代そこそこの彼が肌で感じて生きてきたのは現在の体制の中であり、彼の知る過去とは、現在では閲覧が制限されてしまった情報をかつて人づてに耳にした程度のことでしかない。
かつてはもっと自由と個性が認められていた。そんな話を幾度か耳にしたロバートが何を思ったかといえば「そんなものか」という感慨らしい感慨もない感想だった。現在の体制が敷かれる前と後での犯罪発生率や年間死傷者数は検閲を通過した一般公開される資料からでも充分に読み取れる情報であり、個性や自由を抑制した現在の方が人が人を傷つける事態が格段に減っているのなら、個性や自由とは「かつてそんな時代もあった」という程度のものでしかないのかもしれなかった。
傷害も殺人も、戦争さえも無くなった。人類とは過去から学び改める生き物である。そうであるのなら、今の体制が完成されてからの状況はおそらく有史以来最高の平和を享受している、一つの完成形に思えた。
ロバートに体制への不満があるとすればそれは一つだけ。
可燃ゴミの回収曜日が週に一度しかないことだけだった。
ダクタリ・マトゥシュカは試験管の中で生まれた。それはごく当たり前のことであり、経済を管理するために生産を管理し、生産を管理するために人口を管理し、人口を管理するために出生を管理するのはごく自然な流れなのだと彼には思えた。
だからダクタリが関心を抱いたのは自分が人工授精によって生まれたことではなく、自分と同じく試験管の中で生まれた者たちについてだった。
この年若い男の関心はそのまま疑問へと繋がる。それは当然といえば当然の流れだったかもしれないが、同じような関心や疑問を抱きはしても心に留める者は多くない。その点で彼は彼の属する社会において異質だったかもしれない。
彼が疑問に思ったのは、自分たちとシュプリオンとの関係についてだった。
人口の管理は人口の減少をもたらし、安定した生産と安定した出生、その両方を保つために百年以上前に導入されたのが労働のための命であるシュプリオンだ。
人間と同じく人工授精によって試験管の中に生まれ落ちるシュプリオンは、特殊な遺伝子操作によって成長と自己認識と才能を操作され、ある分野にのみ特化した成長が早く短命のヒトである。
そうしたシュプリオンの在り方は、ダクタリが先天的に持ち合わせた嗜好を強烈に刺激した。先天的、という言い方は責任の放棄ではあるが、ともかくダクタリには彼のあずかり知らぬ原因から粗暴で嗜虐的な性質があった。彼にとって人権を持たないどころか正しくは生き物として扱われることさえ無いシュプリオンは興味と疑問の坩堝だったと言っていい。
リサイクル(臓器の流用と食肉加工が主)される前のシュプリオンを倉庫に侵入して派手に破壊するのが彼の悪趣味な楽しみであり日常だった。
しかし同居人であるジョルジュもロバートも、ダクタリのこの性質を取り立てて咎め立てすることはなかった。彼らはそうした性質を持ちながらそれを同じ人間である自分たちに決して向けないダクタリの自制心を尊敬してさえいた。
だからダクタリが「面白いものを拾った」と言いながら帰宅した時、ジョルジュとロバートは驚きこそすれ不安に思うことはなかった。その拾い物が何であるかも、概ね予想がついていたのである。
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