第21話 瘴気の中に見た記憶

 炎の化身の身体は引き裂かれ、存在が瓦解する。バラバラに砕け、破片が煌めき天へと還って逝く。


 それと同時に膨れ上がるのは黒い魔力。嘉武は近距離で飲み込まれ、その瘴気は爆発的に部屋を支配し、かなりの熱を伴う。


(身体中、灼けそうだ・・・なんて、熱い・・・!!息が、出来ない・・・肺が・・・灼ける・・・!!)


 息は出来ない。前も見えない。音すらも拾えない。ただただ耐え続ける。


「ーーー名も知らぬ冒険者よ・・・見事だった。我が魂を解放してくれたこと、誠に感謝する。そう、この力は・・・貴様にこそ相応しい・・・」


 灼熱の中、声がした。


 不思議な力に惹かれ、嘉武は前へ手を伸ばす。そして、黒きオーブに手が触れる。


 途端。


「がああああああああああああっっ!??!!」


 全身を黒い力に苛まれ、経験したこともない燃え盛るような激痛が嘉武を襲う。

 身体、内蔵、脳、身体中全てからナニカが突き破ってグチャグチャになる様な、刺々しく鮮烈な痛み。


 嘉武の意識が奪われる。


 イヴが暗闇の中駆けつけるがもう遅かった。


 嘉武は黒き魔力に飲み込まれていた・・・。



 ーーー誰の、中に居るのだろう。


 僕は、僕でない、僕は一体・・・。


 僕で、無くなるのだろうか・・・。



 広がるのは、オルディスの街。昔の風景。

 街行く人々が笑い、充実した人生を送る。


 突如、黒い瘴気に飲み込まれ、燃える街頭。

 恐怖に飲まれた人々の悲鳴がオルディスを包む。


 顕現せしは焔魔。眼の前、全てを黒き瘴気で焼き払う滅殺の焔。


 誰にも止める事は出来ない。


 攻撃は、幾ら繰り出しても通用することは無い。


 焔魔討伐隊の男達は身を投じ、死屍累々たる有様。


 それでもまだ、一人の青年が焔魔と戦っている。


 何度も何度も立ち上がる。


「絶対に、俺が護るんだ・・・!!」


 最後の最後まで戦い続けた青年に託された人々の命運、オルディスの行方。


 人の灼ける臭いの中。

 止められぬ人々の殺戮。

 終わらぬ攻防。


 そして、禁忌を犯す。

 犯さざるを得なかった。

 これ以上の犠牲は見ていられなかった。

 まだ、オルディスに残された家族だけは、護りたかった。


 数人の聖職者協力の下、青年は自分自身の魂魄を抜き取る。


 そして、その魂魄を焔魔へと植え付けた・・・。


 それから、男は強靭な精神力で森へと進む。焔魔の体、強大なる力に逆らいながら森の洞窟へ辿り着いた。


 自ら洞窟の天井を破壊する。

 焔魔はそのまま、身動きが取れぬ様、瓦礫の中へ身を埋めた。


 それでも思う、家族の事を、まだ幼い妹。

 オルディスに残した・・・。


『生きてくれ・・・ミルフィ・・・』


 最期に呟き、意識は闇に攫われたーーー。



 ーーータケーーーーーヨシタケーーー。


(誰かが、僕を呼んでいる。僕は、僕は、そうだった・・・帰ってこられたのか・・・)


「ねぇっ!起きてよヨシタケ!ヨシタケェ!!」

「んぅう・・・なんだよ、嘉武嘉武って、何度も呼ばなくたって聞こえてるよ」


 目を開いた嘉武は起き上がり、なんとか座り込む。


「ヨシタケ・・・っ!良かった・・・」

 イヴは涙を浮かべて安堵する。そんな、今にも泣き出しそうなイヴを見ていられない嘉武は「そういえば、やっと僕を名前で呼んでくれたね」とイヴをからかってみる。


「は、はぁ!?前から呼んでるし!ヨシタケヨシタケヨシタケって!」


 イヴの必死な姿を見て嘉武は笑う。こうして、普通にして居れば普通の可愛い少女なのだと思ってしまったから。

「何よ!あたしだって心配したんだからね!?あんた、黒い魔力に飲み込まれて、それから・・・動かなくなっちゃって・・・」

「でも、イヴが僕を引き戻してくれたんだろ?」

「ま、まあ・・・そうだけど・・・」


 嘉武はそっぽを向かれてしまった。お互い話したい事はあるだろうが、今はその時ではない。最後の弔いをする為に嘉武は立ち上がる。


「い、いてて・・・」


 バキバキに疲弊した身体で、砕けた刀を拾い上げる。それを地面に突き刺し、瓦礫で墓標を作る。


「せめて、安らかに・・・逝ってください」


 嘉武は祈った。あの時の青年が、無事に召されるようにと。

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