第20話 炎の化身

 嘉武は信じ難い光景を目の当たりにする。

 仁王立ちするのは炎の化身。身に纏うのは黒き力。四の手を持ち、その手には極黒の刀を持つ。刃渡りは長く、剣先は紅に染まっている。


「我・・・を殺セ・・・殺しテ・・・ミろォォォオオオオオオオ!!!!!!」


 死を望む化身は、久遠の日々に希死念慮が芽生えたのだろう。この世界に呪縛され、無理やりにも生きながらえた。とうに寿命は終えても尚、魂魄は死する事無く、この世の化身となった。伝説上に聞く、化身とはその様な存在なのである。危険なのは凶暴性よりも化身の持つ力そのもの。挑戦者の力を誇示出来なければ撃破は絶対に不可能である。突破方法も解っていないが、哀れむべき存在を前にイヴは思考し、決心する。


「・・・やるしかないわ、あたしもサポートする。絶対死ぬんじゃないわよッ」

「僕が死ぬ?死ぬ位なら、逃げるさッ!!」


 嘉武は堂々とした顔で口を滑らせる。イヴは目が点になる。そしてヘタレ疑いの視線が嘉武に刺さる。

「・・・まぁ、本気を出せば、楽勝だけどね」と嘉武は化身へと突っ込む。


 ブォン!ブォン!と、炎の化身は刀を地面に這わせて振るい、隆起を起こす。ボゴゴッと勢い良く嘉武に迫るのは地面から突き出る鋭利な山々。


「炎使いじゃないのかよ!」と嘉武は身を翻しハイドラで反撃するが、炎壁に阻まれる。

 一瞬で蒸発し、爆発が起こって視界が曇って居るうちに再び特攻を掛ける。


「気をつけて!コイツは目で見てない!」イヴは咄嗟に嘉武へ警報する。

「だろうな!」と返事を返す嘉武。


 それでも爆発には怯み、一瞬攻撃の手が止まる。その一瞬に嘉武は賭けているのだ。

 一気に近づき、右手を翳す。同時に化身の持つ刀が振り下ろされる。


「炎弾!」


 イヴの声と同時に化身の腕の軌道が逸れる。


「喰らえァアアア!!!」


 嘉武の翳した右腕は、石版を破壊したものとは比にならない力を解き放つ。辺りは眩い光に一瞬で包まれ、轟音で四方の感覚さえ無くなる。嘉武は勢いそのままに吹き飛び、イヴは咄嗟に防音する。

(何・・・、アイツ、この力は・・・!!)


 一瞬の出来事ではあるのもも、対峙するものへと与える反動は絶大なものだった。


 炎の化身の腕は三本消し飛ばされ、黒い魔力の流出が始まっている。全身を激しく打ち付けた嘉武は崩れながらも立ち上がり言う。


「やっぱあんなのじゃ駄目か、もう少し、気張っていかないとな・・・」

「ねぇっ!ヨシタケッ!?大丈夫なの!?」


 どこかでイヴの声がする。強く体をぶつけすぎたせいで意識が朦朧とする嘉武はもう、自分の呼吸を敵の気配に合わせる事で精一杯集中している。返事はせず、剣を抜く。


「さァて、少しだけ本気だしますか」


 そんな嘉武の姿を見て、イヴは安堵する。そして理解する。多分、次は無い。あれだけ派手に自爆しておいて動けるだけの力を残せたのはこの短い間の努力の成果。


「あたしだってこのまま終われないッ!フローズン!」


 イヴは膝をつく炎の化身へと己の力をぶつける。足元から一気に氷で突き刺し、辺り一面を凍て尽くす。


「シュペール・スター!!」


 岩を固め上げ地属性と炎属性の複合技でいくつもの隕石を作り上げる。その間にも氷を溶かし、その姿を表す炎の化身、ダメージはなさそうだ。それでもイヴの怒濤の攻撃は避けることが出来ず、降り注ぐ岩石に殴打され、炎の化身は為す術も無く埋もれてしまった。


(ヤツはまだ死んでない・・・)


 嘉武は剣にフレアを纏わせ、エアボムを利用して瓦礫の中へと飛びかかる。


 ドゴォッと中から出てくる炎の化身は嘉武の方を向いている。そして激しく剣先がぶつかり合う。腕一本でもなお嘉武の速度についていく炎の化身。黒い力は腕一本に纏わり付いている。


 キィン!ギギギ・・・。


 一向に展開しない激しい剣戟を終わらせるべく、深く息を吸い嘉武は唱えた。


「炎剣・クリムゾン!」


 青白い炎を纏い、嘉武はフレアドライブを発動する。一瞬で間合いに入り、その剣を振るう。

 嘉武と同時に炎の化身も攻撃に出る。この剣戟を終わらせる為に一番の魔力を込め、暗黒の刀からは忌々しい力が溢れる。一撃と一撃が衝突した時、どうなるかは解らない。それでも、退けない。嘉武は持てる力全てを使って切り裂く。


(ヨシタケ、お願い・・・)

 イヴは祈る。どうか、勝利を齎してくださいと。


 ズバァッ!


 ・・・嘉武の剣は目の前の刀を、目の前の敵を、切断した。

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