『ポッキーの日』side伊織
一瞬、目があった、気がした。
けれど、すぐに視界は見慣れた制服にふさがれてしまった。
「写真撮るだけだから、ね」
「そうそう本当にやるわけじゃなくて、ほんの一瞬だけ」
「写真撮ったらすぐに離していいから」
そう言って恥ずかしさをどこかに隠して笑う女の子たちを、面倒だと感じながらもその素直さが羨ましいとも思ってしまう。
たかがゲームだ。
写真を撮る少しの時間だけ我慢すれば終わってしまう。
そんなことで喜んでくれるなら、別に構わない。
だから、すぐに「いいよ」と答えようと思った。
だけど——
ほんの一瞬、わずかな隙間から見えた大和の
気のせい、と思っても仕方のないほど短い時間だった。
それでも、そのたった一度繋がってしまった視線が、出かかっていた言葉を押し込めた。
「伊織くん?」
「いつもならいいって言ってくれるのに」
「今日はダメなの??」
自分を囲っていた空気が変わっていく気配を感じ、俺はとっさに笑顔を作る。
「あ、ううん。ちょっとぼーっとしてただけ。えっと、じゃあポッキーを……」
そう言って差し出されていたポッキーの箱に手を伸ばした、その時。
俺の指先にある赤い箱に重なるように大きな影が落ちてきた。
「!」
暗くなった視界に、思わず顔を上げる。
「お、ポッキーじゃん。伊織、俺にもちょーだい」
人垣を作る女子たちの上から頭一つ飛び出して、大和が手を伸ばしていた。
「え、」
俺は手を止めたまま、大和の顔を見上げる。
「ちょっと、なに急に割り込んでるのよ」
「これは伊織くんに……」
「うわ、たかがお菓子一つじゃんか。ケチケチするなよなぁ」
「うるさいなぁ。じゃあ、一本だけだからね」
そう困ったように呟く声とともに、整列していたポッキーの先が俺の指先から離れ、大和に向けられる。
「ほいほい。ありがとーございます」
大和は自分に向けられる視線も言葉も全く気にせず、その大きな手で白く華奢な手からいとも簡単に箱ごと奪い取った。
「ちょっと」
「なんだ、もう10本くらいしかないじゃん」
そう言って箱の中身を覗き込んだ大和は、取り返そうとする女子の手をするりとかわし、185センチの身長を盾に、整列していたポッキーの先を一掴みにさらった。
「ちょっと、一本だけって言ったでしょ」
「なんであんたが全部食べるのよ」
耳障りなほど高い抗議の声をかき消すように、大和は片手につかんでいた全てのチョコの先を口に入れて、豪快な音を立てた。
ボリボリとポッキーが噛み砕かれる音の中、大和がニヤリと笑う。
「悪いな、一回やってみたかったんだよ。ポッキーのまとめ食い」
「……小学生じゃないんだから」
「ほんと、信じられない」
「あー、もう。後で弁償してよね」
そう文句を口にしながらもその声は笑いを含んでいて、怒ったように見せるその表情は呆れとおかしさが入り混じっていた。
「弁償って、ポッキー10本じゃん」
「それだけじゃないし」
「そうそう、こっちは伊織くんとの時間も邪魔されてるんだから」
「それは、」
大和が言いかけた言葉をかき消すように、チャイムが響き渡る。
「次、移動じゃん」
「早く戻ろう」
「じゃあ、ちゃんと弁償してよね」
目的を失った女子たちは、予鈴とともに自分たちのクラスへと帰っていき、俺の目の前には「なんだよなぁ」と不満そうな表情をして口の周りについたチョコを片手で拭う大和がいた。
「それは、……の後、なんて言いかけたの?」
ティッシュを差し出してやりながら、俺は大和に問いかける。
「え?」
不意打ちを食らったような大和の表情に、俺は思わず「なぁ、なんて言いかけたんだよ」とさらに追い討ちをかける。
「別に、なんでもないし」
俺からティッシュを受け取った大和は、プイッと顔を背けると「やっぱりトイレ行ってくる」と言い残して教室を出ていった。
廊下の先へと消えていくその背中に、聞こえないとは思いつつも俺は言ってやる。
「……チョコ、嫌いなくせに」
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