第5話

 目覚めたばかりの目で見る部屋の風景に驚くのは何階目だろうか。二ヶ月経っても、慣れない。

 今日はマンチェス学院の入学式。

 家族全員参加だ。私の境遇は誰もが知っている。そのための措置だと言っていた。

 権力で噂を封じ込めるようだ。

 学院には寮も存在しているけど、両親の意向で屋敷から通うことになった。



 アネット・デュ・セネット。

 これが貴族になった私の名前。

 アネットだけだった以前とは違う。その名に恥じないような生き方を求められるのだ。

 妖精の取り換えっ子で庶民の子と入れ替えられて育ったことは、皆に知られている。

 セネット侯爵家がどれほど隠そうとしても噂が広がるのは早い。

 でも私は負けない。どんな陰口を叩かれようが、ロイドと一緒に歩くために貴族になったのだから、負けるわけにはいかないのだ。

 ロイド・マーティン。

 二歳年上の彼はマンチェス学院に通っている。

 庶民である私が子爵家のロイドと出会ったのは奇跡といえる。

 怪我をして高熱で苦しんでいる弟のために神殿に頼みに行ったけど、門番に追い返されて落ち込んでいた時助けてくれたのがロイドだった。

 あの日、ロイドは神殿に勤めている姉に会いに来たと言っていた。

 ポーションを姉からもらっていたのも神のお導きだったのだろうってロイドは後になって語ってくれた。あの時ポーションを持っていなければ彼は私に声をかけなかっただろうから、本当に奇跡と言える出会いだったのだ。

 そして私が回復魔法を使えるようになったのもロイドのおかげだった。

 魔力はあっても魔法の使い方なんて知らなかった私に魔法の使い方を懇切丁寧に教えてくれたのだ。もちろんロイドは回復魔法は使えない。でも怪我をした彼を助けようとして祈ったときに急に使えるようになっていたのはそれまでに魔法の基礎を習っていたからだと思う。

 回復魔法を使えるようになったおかげで私たち家族の暮らしはずいぶんと楽になった。

 その後も勉強を教えてもらったり、マナーを習ったり、本当にお世話になった。

 はじめはただの友達だった。頼りになるお兄さんのような存在。でも一緒に過ごすうちにロイドは私にとって大切な人になっていた。

 どうしても彼と同等の立場を手に入れたくなった。

 庶民と貴族では釣り合わない。もし私が貴族の生まれでなかったらそんな考え自体浮かばなかったかもしれない。でもアオによって私は知ってしまった。アオという妖精によって生まれたばかりの時に取り換えられていたから庶民として育ったけれど、本当は貴族の生まれだった。

 私は庶民だった家族を捨て、アンナを押しのけてこの場にいる。アンナのことは本当に申し訳なかった。彼女には何の罪もないのに、突然庶民になったのだ。苦労しているだろう。私のことを恨んでいるだろうか。一度話したいところだけど、監視されている今はまだ会いに行くことはできない。


「アネット、まだこんな所にいたのか? 両親が待っているよ」

「兄さま、私、変なところはない?」

「うちのメイドは優秀なものばかりだ。変なはずがないだろう」

「そうではなくて、きちんと貴族に見えるかしら」

「昨日までの特訓についてこれたのだから大丈夫だよ」


 兄に太鼓判を押されてはじめてホッとした。メイドたちにも同じことを尋ねて「大丈夫ですよ」と言われたけど、やっぱり安心感が違う。


「さあ、行こう」


 再度促されて私は完ぺきな貴族としての歩き方に気を付けながら両親の待つ部屋へ向かった。

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