6・斉藤純夏

 わたし、すっかり容疑者になってる。またこの狭苦しい取調室に連れ込まれた。

 母さんもこの建物で事情聴取されているそうだけど、会わせてって頼んでもだめだって言われるし。すごく心細い……。

 留置場では、あんまり寝てない。寝られるはずない状況だし、幽霊たちがひっきりなしに出入りして落ち着かないったらないし。でも、幽霊が来るたびにいろんな事情は分かって来た。

 わたし、やっぱり鴻島の会長の孫なんだって。一度込も聞いたことがないけど。母さんに会えなかったら、直接は確かめられないし。

 と、凹んでいたら、いきなりじいさんの幽霊が出てきた。

 また増えやがった……って泣きたくなったら、じいさん、言い放った。

「純夏……わしはお前のお爺ちゃんだよ。鴻島の会長をやっていたが、ついさっき殺されてしまったんじゃ。こんな騒ぎに巻き込んで、申し訳ないのう……」

 え? そうなの?

 けど、いきなりお爺ちゃんだって言われても。しかも、幽霊……。

 幽霊がみんな集まって、経緯を説明してくれた。ついさっき、実の孫に殺されたんだって。本人はもう死にたかったから、かえって助かったって言ってるけど。でも、おかげで警察への証言はできなくなった。連続殺人の背後にヤクザの三男――里崎っていう男が暗躍していることも説明できなくなった、って。

 うわ、わたしの無実がまた証明しにくくなったってこと?

 どこまで凹ませるのさ……。

 だけど、本当にこの人がお爺ちゃんなの? いろいろ調べた結論だってことは分かるけど。わたし、父さんの顔だって写真でしか見た覚えがないのに……。

 でも、言われてみれば父さんに似ているような気はする。

 ああ、母さんにさえ話ができればスッキリ分かるんだけど……。

 ってか、あんたが爺ちゃんだったら、わたしをこんな騒ぎに巻き込んだ張本人だってことかい⁉

 って、ぐずぐず考えてるうちに、また取調室に連れて来られたってわけ。また怖い顔した刑事さんに睨まれて、あれこれ怒鳴られたりするのね……。

 そしたら、ちゃっかり隣に座って来た坊やが言った。

「作戦を考えたんだ。どう思われてもいいから、とにかく僕たちが調べ出したことを全部話すの。ただ幽霊のことは黙ってて。信用されなくなっちゃうから」

 もう、どうしていいか分かんないし。不気味なものを見るような目には慣れてるから、その線で行きます。

 破れかぶれだもん!

 で、主に坊やが横でしゃべることをオウム返しに刑事に話した。

 死んだばかりの会長に二人の隠し子がいたこと。一人が、わたしの死んだ父さん。もう一人が国際ヤクザの里崎で、この事件黒幕。鴻島一族と会社と銀行を裏から操って、大掛かりなマネーロンダリングを請け負っていたこと。でも会長がそれに気づいて止めさせようとしたんで、一族全員を殺してしまった。そんな時の準備として、ずっと前からわたしを含めた一族のとんでもなく詳しい調査をしていた。今は、生き残った経理部長と社長の娘が手を組んで鴻島印刷を引き継ぎ、マネロンを続けようとしている――。

 案の定、目の前の刑事はぽかんと口を開けてわたしの話を――っていうか、坊やの説明に聞き入るばかりだった。

 もちろん、気味悪そうにわたしを見つめている。でも、話したことのいくつかは刑事たちが調べたことと一致していたんだと思う。わたしが話し終えるまで、じっと聞き続けてくれた。

 話し終えると、大竹刑事が言った。

「というと、連鎖的な殺人はその里崎っていう三男が仕組んだというのか?」

 会長が言った。

「なんらかのトリックを使ったんじゃ。あいつは、昔から人を騙すことには抜群に頭が切れた。でなければ、時間と大金をかけて一族の行動を調査したりはせんだろう」

 ああ……それって、どう説明したらいいんだろう?

「トリックを使ったんです」

 としか言えなかった。

 大竹刑事が私を睨みつける。

「どんな? 状況は今も詳細に調べられているが、起こった事実は疑いようがない。それを覆したり、他の人間の関与をにおわせる証拠は一切見つかっていない」

「あの人すっごく頭がいいんです! だから、わたしも罠に嵌められたんです!」

 って、何の説明にもなってないじゃん……。

「君の話は面白いが……なぜそんなに事情に詳しい? 君の話が確かなら、今まで鴻島一族の血が流れていることすら知らなかったのだろう? 実は君の母親からも同じ証言が取れているんだが、君にはそれを隠し続けてきたと断言している」

 ああ、やっぱりそうだったんだ……。今まで黙ってた母さんも、辛かったのかな……。

「母さん、もう帰ったんですか?」

「3時間ほど前にな。君を心配していた。しばらく休んだら、また様子を見に来たいと言っていたが……だが、どうして君はそこまでの事情を知っているんだ?」

 困ったわたしは、坊やを見た。

 坊やも、困ってる。

「あの……わたし、霊感が強くて……時々いろんな事がぱっと見えちゃうんですよね……」

 うわ、言い逃れにしても苦し過ぎ。案の定、バカにされてる。

「信じろ、ってか……? これは話すべきではないかもしれんが……捜査本部の一部では、そもそも君が本当に襲われたのかどうかも疑っている。怪我一つしていなかったんだからね。襲われてバッグを奪われたと訴えておけば、専務を殺しても罠だと言い逃れができる。凶器のバットに指紋が付いていても、襲われた時に握らされたと言える」

「そんなことしません! 大体、そんなことする理由がないもの。鴻島なんて、今まで知らなかったんだし」

「だが、なぜか今は詳しく知っている。一族が絶えれば、君に財産が転がり込む可能性は高い。妾の血筋の自分をのけ者にして来た一族に復讐したかったのかもしれない」

「だって、他の人たちは順番に殺し合ったんでしょう? そんなこと、誰にも予測できるはずがないじゃない。それなのに、わたしが前もって襲われた振りをして準備してたなんて……」

「その通り、誰にも予測できない殺人だ。だから、里崎というと男も君が言うようなトリックは仕掛けることができない。とてつもなく不自然で、確率的にはあり得ないような連続殺人だが、起きたことを否定する材料はない。証拠が揃っている以上、法律は証拠に沿って状況を判断して行く。霊感なんかが入る余地はないんだ。マネーロンダリングだと? いったい、どこからそんな与太話を思いついたんだか……」

 おやじがつぶやく。

「やっぱり信用されてないんだ……」

 おばさんが腹立たしそうに言った。

「何よ、せっかく調べ出してやったのに。ほんと、警察って全然役に立たないんだから」

 で、爺ちゃんが結論を出した。

「幽霊たちが調べ出したと教えるんじゃ」

 やだよ、そんなの。

 坊やも首を傾げる。

「でも、余計信用されなくなるんじゃないの……?」

「パソコンで証拠のデータを見せられるんじゃろう?」

「クラウド上に置いてあるから、できるけど」

「調べたものは、全部揃ってるのか?」

「うん、集めてある」

「何がなんでも、それを刑事に見せろ。この刑事の目を見てみろ。気持ちでは純夏に同情しているが、証拠との板挟みになっておる。迷ってるんじゃ。ならば、証拠さえ確かなら、こっちの言うことも聞く。幽霊さえ、認めるかもしれん」

「そうだね。純夏さん、パソコンを借りて!」

 やるしかない。

「証拠を見せます。パソコンを貸してください」

 大竹刑事は冷たい。

「だめだ。被疑者には貸せない」

「それがないと見せられません。クラウド上……とかいうところにあるんです」

「君が用意したのか? いつ? 我々に捕らえられていたのに、いつそんなことが調べ出せた?」

 大竹刑事は悲しげな浮かべている。わたしの頭がおかしくなったと思ってるの? ならいいわよ。わたしにだって、考えがあるから。全部ぶっちゃけてやるわよ!

「用意したのは幽霊たちです。わたし、今、四人の幽霊と一緒にいるんです。彼らがみんな調べてくれました」

 大竹刑事はまた、ぽっかりと口を開いた。しばらくしてつぶやく。

「妙な娘だとは思っていたけどな……幽霊を持ち出すとは……。君はそこまで警察を馬鹿にしているのか⁉」 

 腹立ち紛れに言っちゃったけど、怒らせたみたい……。

 と、おばさんが素早く動いた。刑事がテーブルに置いた手帳に頭を突っ込んで行く。テーブルに顔をめり込ませたまま、おばさんが言った。

「復唱して。たちばなさえこ。電話番号090168……」

 私はやけくそでその言葉を繰り返した。

「たちばなさえこ。電話番号090168……」

 大竹刑事の顔が一瞬で青くなった。

「な、なんでそれを……」

 大竹刑事は慌てて振り返った。入り口のそばに小さなテーブルが置かれ、鈴木という刑事が記録を取っている。それを気にしたらしい。

 目が合うと、鈴木刑事がつぶやく。

「橘って……あのスナックの? 携帯ってことは、もしかしてママの番号ですか?」

「バ、バカ! つまらないことを言うんじゃない!」

 おばさんが言った。

「日付が書いてあって、ハートマークも付いてるね。これって、エッチの記録かな?」

「日付が書いてあって、ハートマークも付いてます。これって、何の印ですか?」

 大竹ちゃん、顎が外れたようにぽっかりと口を開いた。

 もうどうなってもいいや。トドメ、刺しちゃおうっと。

「ね、だから幽霊がいるんです、この部屋に。四人も。そのうちの一人は、書類の中に頭突っ込むと、書いてあることが読めちゃうんですよね。見た目、かなりグロだけど。で、今、刑事さんの手帳を読んで、教えてくれたんです。なんか、個人的なこともいっぱい書いてあるみたいだけど。信じてくれないなら、もっと読んじゃいますよ」

「そんなバカな……どんなトリックを使ったんだ……?」

「読んでいいですか?」

「あ、いや、いい……いや、だめだ!」

「信じてもらえます、わたしのこと? パソコン、貸してほしいんですけど?」

 大竹刑事はまた振り返って、鈴木刑事に命じた。

「そのパソコン、しばらく使わせてやれ」

 鈴木刑事はにやにやしながらわたしの前にパソコンを置いた。で、大竹刑事に言う。

「ママと付き合ってるんですか? うらやましいな……」

「バカ言うんじゃない!」

 わたしはパソコンを少しずらして坊やの前に向けた。坊やがキーを打ち込む。もちろん実際にキーを押せるわけじゃないけど、そうしないと操作してる気になれないって言ってた。どんどん画面が変わって行く。

 鈴木刑事が身を引きながら、それでも画面から目を離せずにつぶやく。

「ええ……? ええ……⁉ なにこれ……なんで勝手に動いてんの……? まさか、ホントに幽霊……?」

 坊やが言った。

「必要なソフトをダウンロードするから」

 私は言った。

「必要なソフトをダウンロードしますから」

 大竹刑事も立ち上がって、横にやって来た。わたしは何もしていないのにパソコンの画面が変わって行くのを不思議そうに見つめる。

「どうしてこんなことが……?」

「だから今、幽霊が操作してるんです。こんな機械をいじれる子もいるんです」

 二人の刑事は声も出せず。青い顔をして立ち尽くしていた。

 坊やが言った。

「ダウンロードできたから、サーバに繋げるから」

 で、画面にパスワードの要求が出てきた。

 坊やが鼻歌を歌いながらキーを打ち込む。

『WILLARD』

 表示がでた。

『パスワードが違います』

 坊やがうめく。

「うわ、パスワードを変えやがった……いつの間に……」

 はい?

 ここまでやって、証拠を出せないの?

 うっそぉ……また振り出しに戻っちゃうじゃん……。

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