羊が一匹 ~ローバさんの恋~

たえこ

第1話 

羊です。


今日も牧場主さんに怒られました。


「頼むよ。オオカミのお千代ともっと仲良くやってくれよ」

「仲良くしてますよ、牧場主さん」

「お前、お千代が近づくと猛ダッシュで逃げるじゃないか」

「お千代さんが牧場主さんに、そんなこと言ったんですか?メリーさん、また、見たままに報告したんだ・・・」


羊飼いのメリーさんは、私の行動をオオカミのお千代さんに報告します。その報告は、いつも悪いことばかりです。


「お千代が言ったからって、お前を呼び出したんじゃない。俺は、お千代が『シープちゃん』と言って近づいたら、逃げたのをちゃあんと見たんだぞ」


牧場主さんは、そう言ってニヤリと笑いました。


「牧場主さん」


私は大きく息を吸いました。


「あのー・・・牧場主さん。思い出してください。あの日は、青井山幼稚園からたくさん子どもたちが来ていました。お千代さんは朝礼で『今日は、人間にわれわれ動物の生活を知ってもらういい機会です。子どもたちがいる間は、おしゃべりをしないで、自分の役割を考えて行動してください』と言いました。私が『自分の役割って何ですか』と質問したら、牧場主さんは『羊として、人間が期待する行動をすることだ』とおっしゃいました」


「あ。そうだった・・・、かな?」


牧場主さんの目が左右に動きました。こういうときは、思い当たる節があるときか、反論ができないときです。あの日のご発言を思い出したようです。


「人間が羊に期待する行動とは何か。山田さんに聞きました」


飼育員の山田さんは、私たち動物の良き相談相手です。


「山田さんは、『羊はオオカミを見ると逃げる』と言いました。だから、子どもたちが牧場に来た時に、オオカミを怖がる羊という役割を演じました。子どもたちは『オオカミって強いんだね』って喜んでましたよ」

「そ、そっか・・・」

「お千代さんが近づいて逃げたのは、その日だけです。毎日、猛ダッシュで逃げてたら、私、やせちゃいます」

「だよな。お前、この牧場に来てから、全然、やせないもんな」


牧場主さんが笑いました。


「そういうことか。いやな、お千代がさ、『シープちゃんが自分を避けている』って言うんだよ。で、メリーも『シープちゃんは、お千代さんを見ると逃げる』って言ったからさ、本当にお前がお千代を避けてるのか、確認しただけだよ」


牧場主さんは、タバコをゆっくり吸うと、ふうっと、大きな白い煙を出しました。


「まあ、仲良くやってくれよ。羊がオオカミを恐れるのは本能だから、それを変えろと俺は言ってるんじゃないよ。必要以上に避けるのはやめてほしいんだ。お千代は、毎日、この牧場の入場者数を増やすために、いろいろと考えてくれているんだからさ」


牧場主さんは、いつも、お千代さんをほめます。他の動物より、お千代さんをほめます。私は少し、悲しくなりました。


「あ、そうだ!シープ、お前!」


突然、大声をあげた牧場主さんが、タバコを灰皿にゴシゴシと押し付けました。


「今日、ローバの昼飯、横取りしたんだってな。こらっ!いくら、食いしん坊のお前でも、他の動物の食べ物を取るのは良くないぞ!」


「また、お千代さんの報告ですか・・・。あーあ」


私は、牧場主さんの前で大きなため息をつきました。

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