第36話 ブラングロッサ平原の戦い(2)

「行くぞ! アンカッサの街を占領する!」


 フラムの号令で、軍団はそのままアンカッサの街に殺到する。


 全く抵抗を受けることなく、崩壊した城壁から中に侵入すると、そこはすでにもぬけの殻だった。


 瞬く間に占領に成功する。


「オーガ騎兵! 鎧をパージして残党を狩れ!」


 ワーウルフの手を借り、重装甲を脱ぎ捨てたオーガは、軽騎兵のような役割を果たす存在へと早変わりする。


 徒歩で逃げ出した者はもちろん、馬で遁走を始めた一団も難なく捕獲に成功した。


 金持ちの中にはグリフォンで空を逃げようとした奴らもいたが、そんなものはフラムの餌に過ぎなかった。


「おい! この中にアレハンドロはいるか!? お前らが『寛容』の二つ名で呼んでる奴だ! 隠し立てするとためになんねえぞ!」


 捕虜たちを前に、フラムがどやしつけるが反応はない。


 魔王はアレハンドロを商都との交渉の窓口として使うつもりだと聞いていた。


「……特別な逃走ルートを用意していたのだと推測する」


「ま、師匠からは『できれば確保しておいてください』って言われてるだけだがよお。大将がケツまくって逃げるっていうのは気に食わねえな」


 未だドラゴン姿のフラムが、口から炎をチロチロさせながら言った。


「……旦那様もこういうケースは想定済み。例の件を」


「おう! 冒険者ギルド長はいるか!?」


「わ、私でございますが」


 一瞬、沈黙があったが、他の捕虜の視線に促されるようにして中年の男がおずおずと声を上げた。


「……魔王様からの親書。這いつくばって受取るがいい」


 プリミラは懐から取り出した手紙をギルド長に差し出した。


「は、はああ――。……。こ、これは!? 寛大にも私たちのアレッサの街での経営権を引き続き認めてくだる、と」


 ギルド長が顔を引きつらせながら、こちらの顔を伺ってくる。


「んだよ。文句あんのか? 余所の大陸では、魔族の支配下にも冒険者ギルドがあるって聞いてるぜ。あんたらのルールを守れば、誰が地域の支配者だろうが関係ないんだろ? 冒険者ギルドは権力者に対して中立だ」


「も、もちろんそうです。その場合は、我々を含め、ギルド所属の冒険者は解放して頂くことになりますが」


「おう。そこに書いてある範囲の領地について、『魔王軍の支配権を認める』と誓約した奴は全員許すぜ」


 魔王はこの大陸を全て自分の領土だと主張している。


 この案を受けるなら、自動的に今ここにいる冒険者たちは他の勢力の敵対者となるため、半ば紐がつけられた状況になった。


「俺は誓約するぜ!」


「私もよ!」


「アタイも誓約する!」


 それでも、ほとんど全ての冒険者が条件を呑んだ。


 呑まなければ、彼らに待っているのは、よくて奴隷生活だ。その先にどういう末路がまっているのかは彼らも想像できるのだろう。


 そもそも、『緊急クエスト』を受けず、戦闘に加わってなかった冒険者たちは、『騎士』や『神徒』の国の方から流れて来た余所者たちであって、地元への愛着も薄い。


 逆に地元の者は先ほどの戦闘で大体が命を落としている。


「じゃあ、まずはオレたちにかかってる討伐依頼は全部解く」


「当然でございます」


 ギルド長が一も二もなく頷く。


「んでよお。今までオレたちの討伐の懸賞金として、あんたらのとこにプールされた金があんだろ? それって、当然、オレらのもんだよな?」


「もちろんです」


 街の金から懸賞金が出てるのであるから、街の支配権がフラムたちに移った以上、これも道理であった。


「……では、ワタシの分も含め、魔王軍にかかっていた懸賞金を全てこの『アレハンドロ』に付けかえる。フラム。それでいい?」


「おう! ヒトで言うところのなんだ? そうそう。『捕獲任務』だ」


 フラムが記憶探るように言う。


「かしこまりました! すぐに街に戻り、クエストを発注致します! 近隣のギルド支部には伝書鳥を出します!」


 ギルド長が部下の職員を率い、急いでアンカッサへの街へと引き返していく。


「おい! 聞いたか、冒険者共! 大金持ちになるチャンスだぞ。オーガ共に手柄を取られたくなきゃ、アレハンドロをひっ捕まえて、オレらのところに連れてこい!」


 フラムが威勢よく煽る。


「うおおおおおおおおおおお!」


「燃えてきたぜええええええええええ!」


「武器を返してくれ! 絶対に捕まえてやる!」


 冒険者たちの目が欲望にぎらつき始めた。


 彼らのほとんどは中級以下の冒険者で、アレハンドロ捕獲の暁に手に入るのは、本来なら一生望むべくもない大金だ。


「お、俺も、誓約する。遅くなっちまったが、いいか?」


 唇を噛みしめてそう申し出たのは、先ほどは提案に応じなかった冒険者だ。


「んだよ。お前はここの出身だろ? オレら――っつうか、プリミラが憎いから、誓約に応じなかったんじゃねえのか?」


「確かに、プリミラは憎い。だが、そもそもアレハンドロの奴がちゃんと領地を守ってくれてりゃ、こんなことにはならなかったんだ! 俺はあいつに復讐する! あいつを捕まえて、俺は故郷の村を復興したい!」


 冒険者は決意に満ちた表情で叫ぶ。


 プリミラはこうも一瞬で心変わりし、なおかつ自身の裏切りを正当化する冒険者たちに不思議な感覚を覚えていた。


 彼らの在り方は魔族のようにエゴイスティックで、魔王の言っていた通り、魔族もヒトも、本質は大差ないのかもしれないと思った。




 *      *    *




「ふう。ボキも運がないなあ……」


 抜けるような冬の快晴を眺めて、アレハンドロはそうぼやいていた。


 地下通路を抜け出して、アンカッサの街の寒村に辿り着いたまでは良かった。


 しかし、畜舎の藁の寝床で目覚めた翌日、その手にはもう縄が打たれていた。


「坊ちゃん。すみません」


「いやあ。もう仕方ないよねえ。ジイヤが裏切るような状況なら、どのみちダメだよ――ちなみに聞くけど、ボキを商都まで運んで身代金を得るっていうのは?」


「その場合、旦那様は面子のためにも、この老いぼれを必ず殺すでしょう。どうか、お許しください。――例の孫へのプレゼントですがね。エリクサーを頂けますか? 重病でして」


「エリクサーかあ。それはさすがにボキのポケットマネーじゃ出せないよお。身柄で払うしかないねえ」


 アレハンドロは、それが執事の優しい嘘だと気が付いていた。


 彼の孫はきっとピンピンしていることだろう。


 『本当はアレハンドロを裏切りたくないけど、孫が大変だから仕方なく』という理由をくれたのだ。『まんまと敵に欺かれた無能で愚かな総督』よりは、『忠臣に裏切られた哀れな坊ちゃん』の方が、まだアレハンドロを傷つけないと思って。


 それだけ気を遣える執事が、自分を裏切る。


 違和感はなかった。


 当然だ。


 金というのはそれだけの力を秘めている。


 腐っても商人の端くれであるアレハンドロは、そのことがよく分かっていた。


「ボキは英雄どころか、誰かの英雄譚を彩る三下だねえ」


 どこか他人事のように、アレハンドロは呟く。


 こうして、記念すべき反攻作戦の初戦は、魔族側の完勝で幕を閉じた。


 歴史家は、後に『アレッサの黒点』と呼ばれるこの戦いの結果について、言葉少なにこう締めくくっている。


『狼が騎士となり、オーガが馬となったその瞬間、ヒトにとっての悪夢が始まった』と。

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