第3話 魔王は機微を読む(1)
「ふん! 偉そうに。口だけではなんとも言えますわよ! 悔しかったら、力を示してみなさいな!」
シャムゼーラがそう傲岸不遜に言って、胸をそらす。
「ええ、そうですね。では、まず、手始めにシャムゼーラさんを救って差し上げましょうか」
聖は玉座から立ち上がると、シャムゼーラの下に歩み寄り、視線を合わせる。
「え?」
「――シャムゼーラさん。もう無理してそんな演技をしなくてもいいんですよ。無駄にストレスを抱えてもいいことは何もありません」
聖はそう言うと、シャムゼーラの肩にそっと手を置いた。
地球にいた頃の聖ならば、セクハラ扱いされかねないなので、そのような行為は控えていただろう。
しかし、どうやらこの世界では、大げさに芝居がかった振る舞いの方が好まれそうなので、敢えてそのような行動に出たのだ。
「お、お前は何世迷言をほざいているのです。ワタクシは『傲慢』のシャムゼーラ! この性格は生まれつきですわ。ごめんあそばせ」
シャムゼーラは一歩後ろに退き聖から距離を取ると、ドレスの裾を摘まんで、優雅に一礼する。
「嘘ですね」
聖は間髪入れずに距離を詰め、そう断言する。
根拠は彼女の挙動の中にいくらでもあった。
聖の言葉に、刹那、増えた瞬きの回数。
右上に動いた瞳。
わずかに早口になったこと。
ともあれ、シャムゼーラは分かりやすすぎる。
「どうしてそんな自信満々に言い切れるんですの? ま、まさか、これが、魔王の権能」
シャムゼーラが恐れに声をかすれさせて言う。
「魔王の権能は関係ありませんよ。私はしがない部長でしたが、それでもたくさんの部下を見てきましたから、それくらいのことはわかるんです。というか、その程度分からなければ管理職などできません。人を束ねて動かすには、まず人を知らねば始まりませんから」
「……参りましたわ。魔王様には、全てお見通しですのね。今までの非礼をお詫び致します。お、おっしゃる通り、ワタクシは、本来、魔将が務まるような器ではありません。こ、今回の召喚も本当は苦し紛れだったのです」
シャムゼーラは深く頭を下げると、糸が切れたように床にへたり込む。
「苦し紛れ?」
「ワタクシの父――先代の魔神官長は前の魔長でした。暫定的な魔族の統括者でしたが、武力的には魔将の中でも最弱。故に実態的には何の権限もなく、好き勝手に振る舞う他の魔族をまとめあげる力はありませんでした。そこで、父は魔王を召喚しようと儀式の準備を始めたのですが、戦局が厳しく最前線に駆り出され、あえなく敗死致しました。ワタクシは、実力不足にも関わらず、なし崩し的に父の後を継がされ、他の魔族に侮られないためには『傲慢』として振る舞わざるを得ませんでした」
「確かに不必要な低姿勢は対人交渉において不利となりますが……『傲慢』までいくといささかやりすぎではありませんか? 傲慢に振る舞って、相手の反感を買い、心を無駄に頑なにしても良いことはないと思いますが」
「そうおっしゃられましても、これは魔族の伝統なのです。魔族は個体の力を尊びます。そして、強大な力を持つ者には、強大な欲望が伴うはずという教えなのです。当時の魔王様の言葉が残っております。『魔に七徳あり。《傲慢》孤高にして塵芥を寄せ付けず。《憤怒》その身の破壊の力をいや増す。《怠惰》なれば拙速なし。《嫉妬》多ければ無双に至る。《暴食》なれば力いや増すは道理。《強欲》飽き足らざれば、世界を制すまで止まず。《色欲》極むる者は、生の根本を握る』と。魔族にはそれぞれの徳目に応じた七人の魔将がおり、他の魔将が既に六徳を押さえていたので、消去法的にワタクシは残っていた『傲慢』であるかのように振る舞ったのですが……」
「その七徳を持っていれば強大な力を持つというのは真実なのですか? ちなみにシャムゼーラさんは『傲慢』に振る舞うことによって強くなれましたか?」
「少なくともワタクシは魔力の向上を感じておりません。そもそも、ヒトに比べれば、魔族は生まれつき個体の力の差が激しいので、魔将と呼ばれるような力を得られるかどうかは生まれつきの才能に依る――と、才能のないワタクシなどは思ってしまいますが」
『傲慢』とは程遠い、殊勝な顔でシャムゼーラは語る。
「うーむ、シャムゼーラさんの話を聞くに、やはり、眉唾ものですねえ。伝統は尊重したいところですが、どれも組織的には害になりそうな性格が美徳となっているのが何とも……。大体、欲望をその七つに限る必要はあるのですか? そうですね。例えば、『健康欲』とか、『正義欲』とか、欲望にはいろんな種類がありますよ」
「そういったヒトが好みそうな徳目は、魔族に好まれないかもしれません。詳細は残っていないのですが、そもそもそういった『二つ名』を先に名乗り始めたのはヒト族の方だそうです。かつて、ヒト共の英雄が、配下の士気高揚のために、『節制』、『分別』、『純潔』『寛容』、『慈愛』、『勤勉』、『忠義』等々の二つ名を名乗り始め、それに対抗するように、当時の魔将たちも二つ名をつけるようになったと聞いています。いつからか、魔族としての才がある者は、先に申し上げた七つの美徳のどれかを備えると言われるようになりました」
シャムゼーラは困ったように眉を八の字にして説明する。
(ふむふむ。対抗文化というやつですね)
自分たちのアイデンティティを明らかにするために、対立する勢力と真逆のカルチャーを形成する。往々にしてあることだ。
実際、当初は多少なりとも効果があったのかもしれないが、いつのまにか形式主義に陥ったのだろう。
無意味な肩書の量産は、非生産的な組織によくあるパターンだ。
とはいえ――。
「なるほど、伝統となるとやっかいですね。急に魔族の文化を否定しても、無用な混乱を招きかねません――わかりました。では、他の方がいらっしゃる時は今まで通りで構いませんから、せめて、私と二人っきりの時には、素直なシャムゼーラさんを見せてくださいね」
聖はそう言って、渾身のアルカイックスマイルを浮かべ、シャムゼーラに手を差し出した。
一つ素顔をさらけ出せる居場所があるだけで、心は救われたりする。
「魔王様! ありがとうございます!」
シャムゼーラが瞳を潤ませて、聖の手を取る。
「いえいえ、部下が働きやすい環境を作ることも上司の務めですから――と、いけません。シャムゼーラさんの意思も確認せず、勝手に部下扱いするなど。私をこの世界に呼んだからには、一緒に働いて頂けるということでよろしいですか? できれば、シャムゼーラさんには私の秘書――側近のようなことをして頂きたいと思っているのですが」
再び玉座に腰かけた聖はそう問いかける。
「魔王様、ワタクシごときの意思など斟酌される必要はございません。ただ、『私のために働け』とお命じくださればそれでいいのです。魔王とは絶対的な存在なのですから」
「いえ、それではだめなのです。私は管理職――幹部クラスには、自らの意思で組織に貢献してくれる人材を求めています」
現場の一兵卒ならば、盲目的に命令に従ってくれる人間の方がむしろ都合が良かったりするのだが、幹部級の人材が思考停止しているような組織には発展性がない。
「なるほど、そのような深いお考えがあったのですね。……。もちろん、ワタクシの答えは一つしかありませんわ。ワタクシ、『傲慢』のシャムゼーラは、喜んで魔王様の覇業に奉仕致します。たとえこの身を聖火に焼かれましても」
「それは良かった。私は管理職ですから、その下で働いてくれる方々がいなければただの木偶の坊になってしまいます。どうやら、シャムゼーラさんのおかげで、そのような悲しい事態は避けられそうです」
聖は本心から安堵の息を漏らす。
部下のいない管理職など、無謀な夢を語るフリーターとなんら変わらないのだから。
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