潮風と島
carbon13
はじまり
第1話 描述
潮風が私の髪を通り過ぎていく。これ以上髪を痛めると外見の設定から大きく乱れるのでマネージャーから警告を受けたはずだが、未だこの場所から立ち去れないでいた。あまりにも長くいたから私の便宜上の友人も困惑しているだろう。彼ら(あるいは彼女ら)にはトイレに行ってくると言ったので、すぐ帰ってくると思っているのか、もしくは私の設定から考えてふらっとどこかへ行ってしまったのだと解釈しているかもしれなかった。私の実際の性格と設定があまり大差ないように思えたのはこのような感傷に誘われた時に都合のいい口実を与えたのかもしれない。
この場所、つまりは"高校"の屋上は唯一学内でカメラの存在しない場所なのでつい長居してしまう。というのも私達の生活にはプライバシーというものが存在せず、トイレや風呂にもあるいは私達同士の情事にも第三者の目が介在する。むしろそれを見るための目的があるため私達同士の情事というのは推奨されることではあり、トイレや風呂というのも見せつけるチャンスの1つなのだ。だから設定に抗えない私達は繰り返し見どころを作ろうとするし、今私がいるようなカメラの映さない場所にもわざわざ行こうとしない。私がここにいるのは私がそういうあるキャラクター性を持った役割を与えられているからであって、自由意志自体はあまり関係のあるのものとして存在しない。
第三者の目が介在しない場所は島にいくつかあるが、高校では1つしかなかった。ここは「私」のお気に入りである。潮風は好ましく、静けさは喜ばしかった。
およそ2ヶ月は前のこと。父の葬儀を終えた私に国民放送局からの通知がきた。避けられない、逃げられない、これは至上命題だ。誰が選ばれるのかはその直前までわからないことだった。その無遠慮さから通知は「青紙」と呼ばれていた。青紙の内容は国民放送局が放送する「私達の島」の登場人物を選ぶものだ。一説によれば「私達の島」を見ない人間ほど対象に選ばれるらしかった。この年になるまでその番組を見なかった私としては、噂の信憑性が増したことにある種の納得を抱かせた。番組のことを人からの話でしか知らなかった私には、それはとても縁遠いことにも思えた。友人にそれを話すと名誉だと言われたり、あなたが女子高生なんて笑えるね、と言われたり散々であったが、誰もそれを貶めたりしなかった。ある友人はお前のことを毎日欠かさず見るよ、と言ってくれた。とにかく私は島での生活に選ばれたのだ。キャラクター設定とこの肉体を与えられて今に至る。
私の設定はこうだ。「佐原凛」16歳。呼び名いろいろあって、凛とかさーちゃんとか。寡黙でクールビューティ。古典小説から引用した難しい言葉を使って他の子達を困らせたりする。特に昔の小説が好きな文学少女、特別に読むための本が毎週この島にやってくる。共に島にやってきた友人である一之瀬舞に淡い恋心を抱いているが、感情を行動や表情に表出させることができないため、その自分の性質に苦しんでいる。恋愛感情は友人から見えない場所での概ね性的な行為という形で現れる。彼女──いや私はそれを制御できなくっている。大好物はアンパンと柴漬け。寮の夕食では決まって柴漬けを食べなければいけない。そのような理由からアンパンは昼食となる可能性が高い。初めて読んだ長編小説は白鯨でその次が海底2万マイル。こう見えてかわいいものが大好き、海底2万マイルもディズニーの影響で原作を読みたくなったのだった。これは幼少期の記憶として私の中では想起される。一之瀬舞とは幼少期からの仲。前述のさーちゃん、という呼び名は子供の頃の呼び名がまだ治らないままになったということだ。私は一之瀬舞のことを舞ちゃん、と呼ぶ。
私はそのような設定を与えられ、遵守するよう形而的な手段で動機づけられている。それがもっとも快楽となるように、演技という枠を超えてそれが自然になるように。私はそれに最後まで抵抗していたが、哀れ私は快楽を敏感に感じ取っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます