巡り廻りの夜行列車

時音

第1話

 人にはそれぞれ思い出しくない過去というものがある。それは恥ずかしさだったり、後悔だったりと理由は様々であるが、持っていない人間はいないだろう。

 人とは生き恥を晒す生き物だ。自分の恥を数えればいくら積みあがるかは考えたくもない。


 ガタンゴトン。ガタンゴトン。

 電車の象徴とも言える音で意識を取り戻す。どうやら帰宅途中に寝てしまっていたようだ。欠伸を一度してから目を開ける。寝過ごしていないといいのだが。

 そんな心配は全くの的外れだった。目を開けたらそこはいつも通りの電車ではなく、見慣れぬ列車の中だったからだ。

「夢……じゃない。」

 これが夢であるならば、いつか見た明晰夢というものだろうか。そんなことを考えながら思いっきり頬をつねってみる。痛みは確かに発生し、これが現実であるということを確定させた。

 周囲を観察してみても乗客は誰一人としていない。窓から見える風景はどこか見覚えがあるような気がしたが、どこだったかは思い出せなかった。

「……これ、どこに向かってるんだろう。」

 現在地と時間を把握しようとスマホを取り出して操作を始める。時刻は十九時頃。帰りの電車に乗ったのは、確か十七時頃。実に二時間の長旅ということになる。尤も、本来ならば三十分程度で自宅の最寄り駅まで帰れるはずだったのだが。

 そして地図アプリを開き、現在地を表示させる。すると、数秒単位で自身がいる場所が大きくずれた。あるときは東京、あるときはアメリカなど、GPSの故障か電波障害としか思えない状況だ。

「こういうのってアニメや漫画なら大体面倒ごとに巻き込まれてる感じなんだよね……現実にあるとは思いたくもないけど。」

 化け物や妖怪、異能力者など、そういった存在が実在したとして、僕をこの列車に幽閉している。なんてこんな状況じゃなければ法螺話もいいところだ。

 念のため、知人との連絡を図ってみるも電波は圏外。近頃5Gに変わると言われている移動通信システムも勿論アウト。この列車の中はまるで無人島のようにまで思える。そうこうしていると、アナウンスが聞こえてきた。

「次はー、終点ー。終点―。お客様は必ず次でお降りくださいませー。」

 気の抜けた男性の声だ。おそらく操縦席にいるのだろう。ここが何号車かは分からないけれど、日本の列車ならば多くても20号車もない。更に今居る車両はどうやら最後尾のようだ。片方の扉は無人の操縦室につながっている。これならば方向を間違えずに車掌の下までたどり着けそうだ。終点を過ぎてまで列車に乗るわけにはいかない。タイムリミットは推定2から3分ってところだろうか。

 とにかく走り始めた。扉を開けては次の車両に。また走って扉を開けて走って扉を開けて。

 十回ほど繰り返しただろうか。でも次こそは先頭車両かもしれない。足は止まらなかった。学校の荷物が邪魔で仕方なかったけれど流石に手放すわけにもいかず、息を切らしながら先に進む。

 ……おかしい。もう確実に二十回同じ動作を繰り返した。最早これではただの長距離走だ。思考と呼吸を整えるため、一度その場にへたり込む。一つ分かったことはこの列車に自分以外の乗客がいないこと。列車自体はシンプルな構造であり、人車両に対面式のシートが置かれている。しかし幾度扉を開けても先頭車両が視界に入ることはなく、景色は代わり映えしない。シャトルランを行っているような気分だった。

 息を整えている間に列車は減速し、停止した。左側の扉が開き、先ほどと同じような調子でアナウンスが流れる。

「終点ー。終点―。お客様、お忘れ物の無いようにお降りください。」

 とりあえず出なければならないという使命感で外に出る。駅からならば先頭車両の場所も確認できるだろう。そう考え視線を先頭車両に向ける。

 視線の先に列車はなかった。……あり得ない。あれほど長かった電車が一瞬で消えるなんて魔法や幻覚のようなものだ。けれどこれは確かな現実で、嫌な冷や汗をかく自分がいて、閑古鳥が鳴くような静かな駅に一人取り残されたという現実だけがそこに残った。

「そ、そうだ運行ダイヤ! きっと帰りの列車があるはず!」

 急いで運航ダイヤを確認する。十九時の所を見てもダイヤは空白。いや、十九時だけじゃない。全てのダイヤが空白だった。 

 冷汗は加速し、思考が真っ白になる。帰る手段がない。こんな見知らぬ土地で自分はどうすればいいかなんて、一般人である自分には分かるはずのないことっだった。

「見知らぬ土地……そういえば、ここはなんて場所なんだろうか」

 もしかしたら知っているかもしれない。地名だけは把握しているかもしれない。駅名の無い駅なんて存在しない。今までの常識は通用しなくても、終点と呼称され、列車が到着した時点でここは駅だ。ホームのどこかに必ず駅名は書いてある。

 推理通りだった。列車から降りた時やダイアを見た時は焦りと走った時の疲れで気が付かなかったがプレート自体は隠されていたものではなかった。

プレートに駆け寄って文字を見る。そこには『●●町』と書かれていた。

「●●町……」

 ●●町は確か自分が中学生の頃に住んでいた所の隣町だったはずだ。確か何度か家族と訪れていたことがあったはず。●●町なら多少の地理は知っている。今住んでいるところまでは確か二時間くらい電車でかかるはずだが、帰れないことはない。

 出口を探し、なんとか階段を見つける。階段を進んだ先にあるであろう改札を思い出し、通れない可能性を考慮したが駅員に事情を話せば通してもらえるだろう。

 階段を上がると、そこには自分の予想とは反し、改札も駅員も存在しなかった。いや、階段を上がった途端、自分が先ほどまでいた駅が消失した。先の列車を見たからか少しの動揺は感じたものの、今は面倒なく外に出れたことを有難がっている自分がいる。

 周りは人どおりの多い商店街だった。確か母と一緒に過去に来たことがあるはずだと記憶を手繰り寄せる。ここの商店街で何か特別な店があるわけでもなく、ただ遠出することを楽しみに過去の自分は足を進ませていたことを思い出す。

「懐かしいな……」

 ふいに言葉が漏れてしまった。所謂超常現象というものに遭遇し、やっとのことで日常から離れているものの安心を得れる場所に出たのだ。安堵もしたくなる。

 しかしこれからどうしようか。依然としてスマホの地図は頼りにならず、駅を探したいものの商店街はもう既に人がいなくなっている。

 とにかく歩けば交番や人が見つかるだろうと思い、適当に足を進める。

「あれ! 久しぶりー!」

 突如として後ろから声をかけられた。聞き覚えのある女子の声だ。知人と出会えると思っていなかったが僥倖だ。後ろを振り返ってまずは挨拶をするとしよう。

 振り返るとそこにはどこかの高校の制服を着こなした眼鏡をかけた女子が立っていた……のだが、名前が思い出せない。思い出そうとするとちょっとした頭痛が走る。ただ、確実に知り合い……いや、仲が良かったはずなんだ。顔や仕草でそう確信できる。それなのにどうして名前だけが思い出せないんだろうか。

「う、うん。久しぶり」

「どうしたのこんなとこで? 久しぶりの帰省?」

「まあ、そんなところ。所でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

 どうにかして駅を聞き出せれば帰ることは容易いはずだ。幸いにもまだまだ財布にお金はある。

「実はさ、そろそろ駅に行かなきゃならないんだけど、スマホの調子が悪くてさ。良かったら駅がどこか教えてくれない?」

 本当の経緯を説明したくても、信じてくれないのは眼に見えている。差し支えのない言葉を選んだが何とかなるだろうか。

「あー、もしかしてニュースも見れてない感じ?」

「ニュース? 何かあったの?」

「確か××駅の電車でテロが起こって、今は電車使えないよ」

「はあ!? テロ!?」

 ××駅といえば自宅の最寄り駅だ。テロにあったのが本当なら電車が止まっていることはなんら不思議ではない。いやテロが最寄り駅で起こっていることは不思議としか形容できないが。あんな田舎の駅でテロして何があるっていうんだ。

 ……待てよ? そんなことを考えるよりも前に考えなきゃいけないことがある。今日の夜だ。幸いにも明日から土日で二連休。帰らなくても母親に怒られるだけだからそこは問題ない。問題なのは、どこで寝泊まりするかだ。流石にテロも警察の手にかかれば二日もあれば収束するだろう。

「はぁ……。これからどうしよう。」

 つい出てしまったため息のような嘆きを彼女は聞き逃さなかったようだ。少々悩んでたようだけれど、その後自分に自慢げに一つの提案をしてくる。

「もし困ってるならさ、とりあえず私の家に来る? ほら、昔遊びに来てたじゃん」

 そう言われればそんな気もしないでもなかった。この人の名前は思い出せないが、きっと表札を見れば名前も思い出す。家族がふとした拍子に呼ぶこともあるだろう。

 名前も思い出せない人の家に行くのは気が引けるが、彼女とは面識があり、そして今の状況を鑑みたらここで断るわけにはいかない。

「迷惑じゃなければ、お願いします。」

「迷惑なんかじゃないよー! 久しぶりにゲームとかしよう! 今お母さんに連絡入れるね!」

 そして数分後、彼女につれられ自分は名前も思い出せない知人の家に上がり込むことになった。


 

 

 

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