第21話
バレーボールほどの大きさの光彩が蛍光灯の明かりみたいについたり消えたりする。完全に姿を消すことはできないけど、自分で意識するだけである程度見えるレベルをいじれるようになってきた。光彩のせいで周りが見えなくなる状況は解消しつつある。
「久君?」
舞さんの声で光彩に意識が向き過ぎて歩くのが遅くなっていたことに気付いた。文芸部で2番目の女子高生に襲われた日から俺と舞さんは2人で登校している。今いるのは校舎まで後50メートルって所で、この辺から邪魔になりだすから助かるな。
「光彩に何かあったの?」
斜め上見ながら歩いてた訳だしそりゃ気付くか。
「自分でも見えるレベルを調整できるようになったみたいで、色々試してたんだ」
「今日から?」
「うん、今気付いた」
「どのくらい?」
「光彩が透けるくらいは」
舞さんが右手で光彩のカードを作り、自分の携帯にかぶせた上で俺に見せた。周りの人間の目をごまかすため携帯にかぶせたんだな。
「携帯見える?」
俺がどこまでできるか試したいんだ。自分でも気になるしちょうどいいや。
光彩が薄く見えるよう意識するとカードが透け舞さんの携帯が見え始めた。
「ちゃんとカードが透けて見える」
「ホントに?」
舞さんの声は確認と言うよりも喜びの感情が出ているように感じた。顔を見ると笑顔で自分の推測が正しかったんだと実感する。
「良かったね。これなら学校でも困らないよ」
他人事なのに本当に嬉しそうでどうコメントしていいか困ってしまった。
「……うん」
とりあえず辺りさわりのない返事をして校舎に入る。
「放課後は図書室ね」
「分かった」
教室に入った所で別れ、瀬島に挨拶する頃には舞さんは萩野さんと話をしていた。それから5分もたたずにホームルームが始まる。
「最近、頭痛で保健室に行く生徒が多いから体調管理には気を付けるように」
担任からそんな言葉が出た。これは良くないことだろう。
わざわざ言う位だから頭痛で保健室に行った生徒は大勢いるということになる。もちろんすべての頭痛の原因が光彩だとは思っていない。でも校内の光彩の影響が本格的に出始めたんじゃないかと想像するには充分な出来事だ。
けど俺1人の推測だけじゃ根拠として弱い。そう考え舞さんの意見を聞いてみようと1時間目終了後の休み時間に声を掛けた。
「舞さ……」
「いいよ」
早い。舞さんも俺に質問されるだろうと予想していたんだろうな。
「行くね」
「どーぞ」
舞さんが萩野さんに一言言うのを待ってから俺達は教室を出て文化系の部室が集まる廊下まで移動した。教室や廊下には相変わらず色々な形をした光彩が浮いていたけど特別おかしな様子はない。見慣れてしまった光景だ。
「頭痛の生徒が増えたから体調管理に気をつけろって言ってたことだよね」
「うん。舞さんはどう思う?」
「ひどい頭痛に悩まされる人もいるから光彩が原因でもおかしくないよ」
舞さんの意見を聞いた後に俺達は教室へ戻った。斎藤亜里沙に話しかけるのを怖がっていられなくなったことは分かる。問題はどう聞き出すかだ。
2時間目の授業中に萩野さんがチョークで黒板に文字を書く音を聞きながら、どう斎藤亜里沙に話しかけ光彩について聞き出そうか考えていると周りがざわめき始めた。
何かあったのだろうかと顔を上げると頭を押さえてうずくまった萩野さんに舞さんが駆け寄っている。しばらくすると舞さんは萩野さんを椅子に座らせ、教師と話をした後で教室から出て行った。きっと保健室に行ったんだ。
俺の予想は当たったけど予想外のことも起きた。教室に戻って来た舞さんは担架を抱えていた。萩野さんは自力で保健室まで歩けなくなっている。そう考えた俺は舞さんに話しかけた。
「手伝うよ」
「ありがとう」
「俺もやる」
俺が舞さんにどういう理由で話しかけたのか察したらしく瀬島も来てくれた。
「助かる」
「気にするな」
瀬島に礼を言い、舞さんが付き添いながら萩野さんを乗せた担架を瀬島と2人で運ぶ。その間に彼女に何があったのか舞さんに聞くことにした。
「萩野さんはどうしたの?」
「急に頭痛がして立てなくなってって」
やっぱり頭痛か。
萩野さんについて俺はクラスの女の子で1番背が高く、舞さんの友達でバイトをやっていて部活に入っていない位しか知らない。けどそれはあくまで俺の話で彼女は舞さんの友達だ。
事実舞さんは浮かない顔をしている。ただの頭痛だとしても急に頭を押さえてうずくまり、自力で保健室まで行けなくなったとしたら心配なのは当然だよな。
「着いたぞ」
瀬島がいる以上光彩の話をする訳にはいかないこともあり、そんなことを考えている内に保健室に着いた。舞さんが扉を開けるとすぐに保険医がやって来て、萩野さんをベッドまで運んだ。
萩野さんを運び終え、落ち着くのを待ってから気になることを保険医に質問した。
「こういうことってよくあるんですか?」
「自力で歩けないなんて初めてよ。この子みたいな子が増えたら休校も考えなきゃいけなくなる」
その言葉を聞き逃すことはできない。
現時点で俺や舞さんができたことは光彩の女子高生を撃退しただけだ。何故俺が狙われたかもよく分からないままだし光彩の女子高生があの2人だけとも限らない。少しでも手がかりになるものが欲しかった。
「お前はもういいのか?」
保健室から教室に戻るため廊下を歩いていると瀬島にそんなことを聞かれた。
「……何が?」
瀬島は自分の頭に指を指している。
「頭痛だよ、頭痛」
ああ。
「俺はもう平気」
「なら、瀬島さんも直ぐに治るんじゃないか?」
「かもね」
瀬島は俺みたいに光彩を見ることはできないし存在も知らない。こんな風に曖昧な返事をするしかないよな。
昼休みに昼食をさっさと片付けて図書室のまでやって来た。俺の前には舞さん、後ろには部長がいる。
「開けるね」
舞さんがそう言ってから扉を開けた。彼女の後に続いて図書室へ入ると斎藤亜里沙はこの前と同じ机の椅子に座っている。
「頼んだよ久ちゃん」
「うん」
2人と別れて斎藤亜里沙の席に向かう。図書室には今俺達を含めて10人程いる。光彩の女子高生は2人とも人が大勢いる所では現れなかった。その点からここで襲われる可能性は低いと考えられる。
ビビる必要はないと改めて覚悟を決めていたら斎藤亜里沙と目が合ってしまった。こっちを見るだけで向こうから何かしてくる気配は無いし髪の毛の色が光の加減で変わるなんてことも無い。
「何か用かしら?」
やっぱり変な迫力があるな。
「……聞きたいことがあるんだ」
よし、言えた。
「そう」
ずっとこっちを見ている。何か言いたいのか?
「座らないの?」
移動する必要は無いということらしい。なら座った上でこっちから話を切り出すだけだ。
「昨日は悪かったわね」
そう思っていると向こうから口を開いてきた。
昨日。昨日? 部室でのこと?
「イライラしていたのよ」
これは会話を繋げるチャンスだ。少なくとも現在は話が通じる。昔のことを持ち出したのなら昔話には食いつくはず、記憶が無くなくても切っ掛け程度の会話ならごまかせる。
「昔の画像なんてよく見つけたね」
「私は貴方と同じ小学校にいたの。知ってたかしら?」
やっぱり来たな。
「うん」
「同じクラスだったことも?」
同じだったのか。全然思い出せない。それどころかクラスの人間の顔と名前が誰も思い出せない。本当に記憶が無くなってるのかもな。昔話はここまでにしよう。話す切っ掛け作りはもうできた。
「憶えてるよ」
ウソをつくことに悪い気はしたけど昔のことより目の前の現実だ。俺はこの人と昔話をしたい訳じゃない。
「それが画像を見つけた理由? 部長から聞いたんだけどこの辺には中学から住んでいるんだよね。その時懐かしくなったとか?」
「そんな所よ」
小学生の頃が懐かしくなって色々調べていたら俺が写った画像を見つけたとかそんな感じかな? なら納得だ。
「斎藤さんって学校で頭痛になったことある?」
「唐突ね。それが用?」
「うん」
見た感じ驚きや動揺している様子は無い。顔だけじゃ何を考えているか分からないタイプなんだな。
「貴方はなったみたいね」
先週、保健室へ行く途中で合った時のことだな。
「俺なんかまだいいよ。今日なんて担架で運ばれた人もいたんだから」
「貴方のクラスの人よね? 私のクラスでも話題になっていたわ」
なら話は早い。
「これも部長に聞いたんだけど教室で倒れたことがあるんだって? その時って頭痛とかあった?」
「それも聞いていたのね。私の時は頭痛なんて無かったわ」
俺と斎藤さんの間を舞さんのカードが飛ぶ。斎藤さんが本当に光彩が見えていないか調べるためにやったことであらかじめ決めていたことだ。
「ああ、自分もまた頭痛になって担架で運ばれるんじゃないかって不安になった
の?」
反応は無い。
「そんなとこ。参考になったよ」
相変わらず彼女の声や顔からは感情が感じられない。顔に出ないタイプだとしても出な過ぎる。
その後も雑談をしたけれど光彩や頭痛について参考になりそうな話は出てこなかった。
「どうだった?」
校門を出た所で部長に聞かれる。どうだったとは斎藤さんのことだ。
「変わった人だとは思うけど、それだけかな。昨日のこともイライラしてたからだって謝られた」
「そっかー……昔の話とかした?」
「少しだけなら。でも斎藤さんだって憶えてない人間と思い出話はしたくないと思う。光彩については分からないままだけどね」
「久ちゃんとは話すってだけで充分だよ。あのでかい光彩が片付いてから出いいからまた話し相手になってくれると部長としては嬉しいんだけどね。約束通り今度ジュースおごるよ」
「楽しみにしてる」
校門で部長と別れ、舞さんと帰っているとこんなことを聞かれた。
「記憶が無いのって不安にならない?」
「日常生活は普通に送れるし平気だよ」
舞さんは心配性だなー。
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