第6話

 あいつはすでに立ち上がっている。


「やるじゃん」


 やり返そうとしているのは俺にも分かるし実際にこいつの手は光り出している。舞さんも片手でカード形の光彩を放ったがすべて弾丸に撃ち落とされてしまった。


「立てそう?」


 言われて気づいた。足に力が入るようになっている。立ち上がろうとした。

 立てるか? だめだ、足がもたれる。転ぶ、思った瞬間、舞さんが肩を貸してくれた。

 足がガクガクいってる。情けない。今の俺は生まれたての動物みたいなものだ。正直足手まといでしかないだろう。


 相変わらず目の前では光彩の弾丸が飛んでいる。舞さんが防いでいるけどその中には変則的な軌道を描くものがあった。それらは急角度でカーブし壁の範囲外から俺達に向かっている。

 舞さんはカードで防いでいるけど手を使う以上限界はあるだろう。俺は自分から舞さんの肩を外して座り込んだ。手足にうまく力が入らなかったせいで床にぶつかった尻が痛いけど気にしてられない。


「どうして……」


 舞さんが驚いた顔をしている。


「今はあっち」


 冷たかったかもしれない。けどこんな風に余裕を持てるのは舞さんのおかげだ。後で何かおごって機嫌を直してもらえばいい。後のことより目の前の現実だ。こんな時俺に何ができる?


「信じてる」


 咄嗟に言葉が出た。俺は舞さんについて何も知らないというのに何を信じてると言うのだろう。自分でも不思議だけど考える暇は無かった。

 舞さんの意識がこっちに向いてしまったのが原因だろう。光弾は俺達の周りを囲んでいた。舞さんだけだったらこうなる前に撃ち落せていた。結局俺は足手まといでしかない。


 不思議な気分だ。舞さん、女子高生、光彩、何もかもがスローに見える。

 俺はまた気を失うのだろうか。昨日は舞さんがいた。今は隣に舞さんがいる。舞さんまで俺みたいになったらどうすればいいのだろう。

 急造のカードで対抗してはいるけど舞さんも限界だ。撃ちもらしの1つが俺へ向かっている。それを防いでも直後に別方向から弾が飛んでくる。カードで打ち落としてもまた別の方向から飛ぶ。


 光るカードと弾が周りでぶつかっては弾ける。同じ光彩同士がぶつかり合うせいか花火みたいに見え、綺麗だなと他人事のように思っている自分がいた。大家さんは俺のことを始めてのケースだと言っていけどこの場合はどうなるだろう。

 舞さんの両手をすり抜け弾丸が飛ぶ。今度は間に合わない。俺と自分の2人を守ろうとしていればこうなるのは当然だ。


 俺は光彩については何も知らないけど舞さんはがんばったと思う。目をつぶろうかと思う反面そこまでのことかとも思う。どっちだろうと俺に出来ることは何もない。


「ごめん」


 そんな声が聞こえた気がした。なぜ謝るのだろうとまるで人事のように考えている自分がいる。肩に舞さんの手の感触がした瞬間スローモーションが終わった。

 体が重い。持久走を本気で走った後みたいだ。


「大丈夫?」


 舞さんの声だ。彼女が今まだよりも早くカードを使って光弾を弾いたことは分かる。だから俺の意識はこうして回るんだ。でも声が出ない。しゃべろうとしているのに何も話せなくなっている。俺の口や俺の体はどうなったんだ?


「久君の中にある私の光彩を戻したの」


 また舞さんの声だ。小声で俺にだけ話すような言い方だ。無事なのはいいけどどうなってるんだ?


「後で説明するね」

「だから味が違うんだー」


 女子高生の声も聞こえる、


「電池ってとこかな」


 電池? 俺が? 舞さんの?


「その言い方、やめて」

「器用なことするねー」


 音がした。あいつ以外いない。誰もいなかった。視線を動かす。右側が移動し光彩を放とうとしている。

 舞さんが片手でカードを投げ、光弾に当たり小さな花火が生まれた直後に視界が光で覆われる。前に使った目くらましに使える光彩の弾丸を使ったんだ。

 視界が戻ると光の張本人は廊下に駆け出していた。逃げる気だ。動く首を保健室のドアに向ける。

 舞さんは保健室を出ようとしているが女子高生はこちらを見定め光弾を用意していた。


「おいでー」


 保健室から5メートルは離れた場所から女子高生は弾丸を撃つ。数は数十、一瞬では数えられない。廊下に出る瞬間を狙っていたんだ。光の集まりが舞さんめがけて飛ぶ。俺は目をちょっとだけつむっちゃったけど舞さんは違った。

 目を開くと廊下を、壁を、天井を利用して光弾を避けている。それだけじゃない。避けつつ女子高生に向かって突き進んでいる。3次元のジグザグ走行だ。


 保健室でやった天井への貼りつきの応用だろうか。天井に一瞬だけ貼りつき壁へ跳ぶ、壁に貼りついたら今度は廊下、廊下の次はこの前とは逆の壁、まるで丸を描くように跳んでいる。 


「うわっ」


 女子高生が驚いているのがここからでもわかる。新しく弾丸を作り始めるけどもう遅い。すでに舞さんは彼女の後ろに着地している。後ろを振り向く前に舞さんは右手でカードを作り、それをそのまま彼女にぶつけた。


 倒れる女子高生を舞さんが支える。何が起きているかは分からないが気を失っているようだ。何とかベッドに近づいて腰かける。舞さんは女子高生を保健室へ運び床に寝かせた。当の女子高生からは何の反応も無い。


「こいつ、大丈夫かな」


 ベッドの側にある椅子に座った舞さんに聞いてみた。


「平気よ。見てれば分かるから」


 突き放した感じに聞こえたのは気のせいだろうか。助けてくれたのは舞さんなのに舞さんより先にこの女子高生の心配をしているような言い方をしてしまった。それがまずかったのかもしれない。

 不思議なもんだ。さっきまで襲われていたのに今はこいつの心配をしてしまっている。見た目に騙された。そもそもこんなことになったのは俺が襲われたのが原因だ。

 こいつは何だ。どうして俺を襲ったんだ。舞さんは何か知っているのか。


「こいつは……」

「あれー」


 女の子、見たことがあるなんてレベルじゃない。


「2人で何してんの?」


 こっちが聞きたいよ。何してんの部長。

 カバンを肩にかけた帰る格好の部長が保健室に入ってきた。

 この状況どうしよう? 光彩って見えないか見えても気のせいで済むんだっけ? ならごまかせばいいのか? えーと、どう話そう?


「任せて」


 舞さんは俺に小声でつぶやくと部長の方を向いた。


「久君の様子を見に来たの。もし帰れそうになかったら車呼ぼうかなって」


 部長は舞さんの足元に倒れている女子高生には目もくれずこっちへやって来た。部長には見えてないのか。


「そっかー。久ちゃん生きてる?」

「生きてるよ」


 立ち上がるには時間がかかりそうだけどね。


「起きたばかりでまだ調子が悪いみたい」

「先生いないの?」

「体育館に行った。部長はどうしたの?」

「うち? 保健室いるって聞いたから一応見とこうと思って」

「悪いね」

「いーよ。けど今度は連絡してよ。あの部屋1人じゃ寂しーんだから」

「了解」

「うん、じゃーね」

「さよなら」


 舞さんに続いて俺も別れの言葉を口にした。


「また明日」


 部長が変な目で俺を見る。あれ? 俺変なこと言ったかな?


「明日休みだよ」


 ああ、そういうことか。そうだったそうだった。


「まだ寝ぼけてんの?」

「かもしんない」

「無理して学校来るからだよ」

「……だね」


 その通りとしか言えない。


「じゃね」


 部長が帰って見えなくなったのを確認してから大きく息を吐いた。よく平然な態度を保てたと思う。部長と話している時、あの女子高生が光ったんだ。カードや弾丸の光彩みたいに光って何か起こるのかと思ったらそのまま消えてしまった。


「帰ったみたいね。ちょっと緊張しちゃった」


 うなずくしかできなかった。

 保健室には今椅子に座った舞さんと俺しかいない。あの女子高生は初めからどこにもいなかったように消えてしまった。部活の音も聞こえない。

 周りを見る。本当に舞さん意外誰もいない。


「これ、現実だよね」

「そうだよ」

「あいつがどうなったのかって分かる?」

「あれは光彩のカタマリ。人の姿になっていただけのね。体内の光彩が減って自分の姿を維持できなくなったの」

「死んだってこと?」

「生きてもいないよ」


 そんなものなのか。正直良く分からない。そうだ。わからないと言えば……。


「昨日何があったかも聞いていい?」


 間があった。やっぱり俺に話せないことでもあるのだろうか。


「里緒さんに聞いたの?」

「聞いたのは光彩が何かってことだけ。昨日何があったかは知らない」

「そう」


 安心したように聞こえたのは俺の気のせいじゃないはず。


「……やっぱり、知りたい?」


 少しの沈黙からの一言目がこれだった。あまり言いたくはないということだろう。聞かないままでいる気はないけど、さっきまでのマンガみたいな光景が頭の大半を占めていて上手く頭が回らない。


「話せるようになってからでいいよ」


 今聞いても頭の中で整理できる自信が無いし体の調子は戻っているから落ち着いてからでいいか。

「ごめんね」


 この場合、何を指して謝ってるんだろう? 大家さんも本当に昨日のことについては何も知らないのか聞いておいた方がいいかな?


「いいよ」


 でも今はさっさと帰ることを優先しよう。ずっと寝ていたのに何かすごい疲れた。

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