第4話

 チャイムとノックで目を覚ました。ベッドから起きて手足の感覚を調べてみたら違和感は減っている。それはいいけど眠い。ごちゃごちゃ考えすぎた。

 てくてく歩いてドアを開けると濃い青のブレザーに赤いリボンをつけた制服姿の舞さんが立っていた。香水なのかシャンプーなのかいい匂いがする。


 そういやアパートで舞さんの制服見るの久しぶりだな。高校入った頃は一緒に学校行ったこともあったけどいつの間にかなくなったもんなって違う違う。今重要なのは舞さんがココにいる理由だ。


「……おはよう。学校行けそう?」


 うーん、何か引っかかるような言い方だ。色々言いたいことがあるけど俺の体調に遠慮して言えないとか。


「まだ体が変だし今日はやめとく」


 何か言いたげな顔が俺の目に映る。ウソはついてないから大丈夫、のはず。

いやいや何が大丈夫なんだ、俺は今日体調が悪いから学校を休む。うん、おかしなことは何もない。


「そんな顔しなくてもいいんだよ。俺が夜出歩いてたのがまずかったんだよね? 舞さんが気にすることないって」


 俺が狙われたのか偶然なのか理由があるのかは分からないけどこれは間違ってはいないはずだ。


「でも……」


 よし効いてる。


「大家さん今家にいる?」

「……いるよ。どうして?」

「何かあったらあの人に聞こうと思ってて。だから舞さんは安心して学校行きなよ」

「本当に平気?」


 今度は昨日のような難しい顔をして聞いてきた。


「昨日よりは」

「……じゃあ、何かあったら教えてね。先生には私から言っておくから」

「うん」


 そのまま舞さんが見えなくなるまで見送る。

 その後冷蔵庫のパンを食べながら俺は次にやることを決めていた。大家さんに光彩と舞さんの変な所を聞き出す。親の知り合いであるこの人には色々と助けられているけどそれとこれは話が別、家にいることも分かっているから後は行くだけだ。


「学校は休むことにしたのね」

「はい。パンありがとうございました」

「いいのよ、それくらい」


 そして今は大家さんの家のリビングにいる。彼女は机を挟んで俺の前に座っていて、俺と身長が同じくらいだから舞さんや部長に比べて目線が合いやすい。


「あの子、どんな顔してた?」

「色々言いたそうな顔してました」


 この人はおおらかというか適当というか、そんな感じの人だ。昨日も舞さんみたいに難しい顔をしていなかった。だから大家さんの方が詳しい話を聞き出しやすいのではというのがココに来た理由だ。


「だと思った」


 深呼吸1つ。俺は世間話をしに来たんじゃない。


「聞いていいですか」

「どうぞ」

「舞さん、俺に隠してることありますよね?」


 大家さんも、とは言えなかった。声が上ずってるのが自分でもわかる。


「どうして?」

「俺のこと気にしすぎだと思ったからです。今日だって学校行けるかって聞きに来ましたからね」


 大家さんは黙ったまま俺の顔を見ている。このまま続けていいということだろう。話を続けることにした。


「ほっといてもいいレベルならそこまでしますか? それとも俺の顔をわざわざ見に来る理由があるんですか。舞さん昨日から変なんですよ。こっちの顔を見て何か言いたそうだったり難しい顔したり何かありますって言ってるようなもんじゃないですか」

「あの子のこと、信じられない?」

「信じたいから聞いてるんです。そういうのずるいですよ」


 自分の言葉で気がついた。俺は彼女を信じ切れていない。

 昨日から気になっていた、どうしてあんな顔ばかりしていたのだろうと。記憶の中の舞さんはもっとこう、たくさん表情を見せていた。


 確かに性格も言動も明るく元気って感じじゃないしおしゃべりでもない。だからといって暗い顔ばかりの人でもなかった。俺がそうさせていたのだろうか。

 舞さんを信じてないのが伝わってしまったからあんな顔をしていたのか。けど信じるったって何を根拠に信じればいい?


 そもそも2年前大家さんに紹介されて仲良くしてねと言われたのが知り合うきっかけだった。それ以前の舞さんがどんな人なのかはよく知らない。あの人は昔のことをあまり話したがらないようだった。だから俺も深く聞いたことはない。

 光彩については昨日知ったばかりでいつから光彩が使えるのか。光彩とは何なのか。何も知らない。昨日あったこともそう。話せない理由でもあったのだろうか? 

だとしたらそれは何?


「実はね……」

「やっぱりいいです」

 あ、何か言うつもりだった?

「いいの?」


 それっぽいな。けど追及はやめとこう。話せない理由があるとしたらそれを聞かなきゃいけないのはまず舞さんからだ。


「はい、自分で聞きます」

「そっか。久弥君がそう決めたならそれでいいと思う。私も助かるわ」

「助かる、ですか?」


 この反応は予想外だ。大家さんは笑顔になりながら話を続ける。


「あの子にね、自分が話すまで待ってほしいって言われてるの。久弥君は知らないだろうけどあの子怒ると怖いのよねー」


 だとしたら舞さんの様子がおかしいことについてはここまでにしておこう。他にも聞きたいことはあるんだ。


「その代わり光彩のこと聞いていいですか?」

「もちろん」


 光彩自体を隠してるわけじゃないってことか。なら隠したいのは昨日のことだけ?


「でもね、私もよく知らない」


 お手上げのポーズをしている。スタートダッシュでこけた気分だ。


「分かってるのはあれが空気のように存在すること、人間の体内にもね。それとコントロールできる人間がいるってことかな。久弥君の体も体内の光彩がなくなったのが原因だと思ってるの」


 コントロールできる。光彩がなくなったのが原因。


「誰かに狙われたってことですか?」


 昨日からの疑問を口にしてみた。


「可能性はあるわ」


 あるわのレベルか。


「光彩が奪われると立ちくらみやめまい、頭痛や吐き気のような症状が表れるけど、このくらいじゃ誰もおかしいなんて思わないよね?」 

「ですね」


 俺だってそのぐらいならわざわざ大家さんに聞きに来たりしない。


「光彩の資料とか記録ってないんですか?」

「見える人には見えるってだけでね、見えても大半の人は気のせいで済ますレベルなの。存在を映像や数字で証明することもできないのよ」


 だとしたら俺は何なのだろう。昨日よりは軽くなっているけど体がワンテンポ遅いのは続いている。今朝もアパートの階段でもこけかけた。


「久弥君の場合は特別、体内の光彩には個人差があってね。光彩の量が多い人だと意識をなくすこともあるのよ」


 俺はそっちのケースってことか。


「体についてはっきりとしたことは何も言えないの。ごめんなさい」


 どうしよう。頭を下げられてしまった。

 別に問い詰める気にはなかったのにそんな風になってしまっている。話題を変えないとってだめだ。まだ聞きたいことがある。けどどうやって聞けばいい?

 そうだ、言い方を変えればいいんだ。


「俺やばいですか?」


 これならおかしくないはず。


「1週間寝込んだのが最も重症なケース。そこから判断すれば大したことはないと思うわ。違和感は減ってるんでしょう?」

「分かりますか?」

「そんな顔してるわ」


 納得は出来た。同時に疑問も浮かぶ。舞さんのあの顔の理由だ。


「じゃあ、舞さんは何を気にしていると思いますか?」

「責任を感じてるんじゃない? 昨日だってどうしようどうしようって大変だったのよ」

「あの舞さんが?」

「その舞さんが。あの子どんな子だと思ってるの?」

「落ち着いてる人だなぁって」

「そう見せてるだけよ。そうだ、こっちも聞いていい?」

「どうぞ」

「昨日の外出理由は?」


 そっちかぁ。うーん。


「言わなきゃだめですか?」

「保護者代理としては聞いておきたいなー」

「笑いません?」

「笑わない」

「炭酸が飲みたくなったから……」


 最後まで言えなかった。

 確かに笑わなかったよ。笑わなかった。けどものすごくあきれたような顔をされた。訂正、ようなじゃなく完璧にあきれてた。だから言いたくなかったんだよ。

 部屋に戻ってベッドに座ったはいいもののどうも落ち着かない。ゴロゴロと寝転がる気にもなれずゲームをやる気も起きない。


 行くか、学校。今みたいな状態は嫌だ。舞さんとちゃんと話をしたい。内容?そんなのは後から考えればいい。

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