episode.8
次の日からというもの、鈴華は毎日の様に俺の家へとやってきた。
彼女も夏休み真っ最中という事もあり、用事がない時は俺と二人で裏山に調査をしに行くことが日課となっていたのだ。
そんな毎日を繰り返し、気付けば夏休みも終盤へと差し掛かっていた。
その時までに何度か裏山へは足を運んでいたが、未だこれといった成果は得られていなかった。
「鈴華、俺の為に本当にごめんな……。せっかくの高二の夏休みなのに……」
「何言ってんのよ。私がしたくてやってることよ。それに……、なんか青春っぽくない? 高二の男女二人が皆んなには秘密の調査をしてるってのも」
そう言って、無邪気に笑う鈴華。
「ありがとう鈴華。でも、やっぱり一度お礼をさせてくれないか? 俺のことばっかりで鈴華に何もさせてあげられてないのはなんか申し訳なくて……。俺も鈴華
の為に何かできないかな?」
そう言った俺の言葉に、鈴華は顔を赤らめた。
「えっと……、そういう事なら……、少し、お願いしたい事があるんだけど……」
数時間後、なぜか俺たちは地元にある高校の図書館へと来ていた。
その高校は俺が違う世界でも通っていた高校だった。
こちらの世界でも鈴華はこの高校に通っていた。
夏休みという事もあり、静まり返る図書室で俺たち二人は長い机に並んで腰掛ける。
「で、お願いって何なんだ?」
俺はまだ鈴華のお願いについて教えてもらっていない。
そう切り出した俺の目の前に、鈴華はドサッといくつもの教材を置いたのだった。
「夏休みの宿題……。まだ一つも終わってないの。手伝って♡」
彼女は上目遣いでねだった。
「一つも終わってないって、もう来週から登校日なんじゃ……」
「だってー、私、勉強苦手なんだもん! やだー、学校行きたくないー」
そう言って駄々をこねる鈴華に俺は少し疑問を感じた。
俺の世界にいた鈴華はそれなりに頭が良く、俺に勉強を教えてくれる程にできたやつだった。だが、この世界の鈴華は全くと言っていいほど、勉強が出来なかった。
「まぁ良いけど。俺もそんなに出来る方じゃないからな」
「うん、それでも私よりはマシだと思う! よろしくお願いします」
そう言って、俺は鈴華に勉強を教えながら夏休みの宿題を手伝った。
今まで教えられる側だった俺が、こうして鈴華に勉強を教えるのはどこか気分が良くて、とても楽しかった。
それから数日は、図書館へと通い宿題を手伝う日々が続いた。
そんな中でも、俺たちはタイムスリップに関する情報がないかと、合間で図書館の本を物色していた。
夏休みの最終日、既に宿題を終わらせた俺たちは、残りの時間を使って、タイムスリップに関しての情報を探していた。
「悟っ! ちょっとこれ見てよ!」
不意に俺を呼んだ鈴華の元へと駆け寄ると、彼女は一冊の本を差し出してきた。
その本は、この町について書かれた書物で、裏山の歴史を語った文章が記されていた。
その本によると、俺たちの呼ぶ裏山は昔、『天登山』と言われ、ここら一体では一番天に近く、高い山だったとされ、神様が宿っているという言い伝えがあった。
その神は時を司るとされていて、それを祀った祠があるとその文献には書かれてあったのだ。
「この祠って……、やっぱり……」
「……やった。見つけた、見つけたね! 手掛かり!」
そう言って俺よりも嬉しそうにはしゃぐ鈴華。
「ちょっと、落ち着けって。まだ戻れるって決まったわけじゃ……」
「それでも、あの祠の事を知れたのは一歩前進だよ! よかった……、本当に良かった! 私ばっかり助けてもらいっぱなしで、結局、肝心の悟の事、まだ何も進展がなかったから……」
彼女は自分の事の様に嬉しそうに、どこかホッとしていた。
そんな彼女の姿をみて、俺は喜びを実感したのだった。
「ありがとな、鈴華……。鈴華のおかげで、先に進めたよ」
「……そんな、ありがとうを言うのは私の方だよ。自分の事があるのに、私の宿題、手伝ってくれたんだもの……。ありがとね、悟」
そう言った彼女の姿に俺の心臓は高く脈打った。
「あれれー? 悟、顔赤いけどどうしちゃったのかなぁー? もしかして、惚れた?」
意地悪に笑う彼女に俺は慌てて答えた。
「ば、馬鹿言うな。俺には元の世界で大切な人がいるんだ」
「……。そう。それって、カノジョ?」
「……べ、別にいいだろ!」
「ふーん。そっか。カノジョか……。……。それってさ……」
そう言いかけた鈴華だったが、その言葉を飲み込み、切り替えるように明るく振る舞って見せた。
「まあ、そんな事よりも、これで終わった気分になっちゃダメよ。ここからが本番なんんだから」
「分かってるよ。でも、鈴華、今日で夏休み終わりじゃんか。まだ手伝ってくれるんのか?」
「当たり前でしょ! 私、こう見えても自分の言ったことは最後までやり抜きたいタイプなの! だから……、これからも悟が過去に戻る方法が分かるまで付き合うから」
「……そっか。ありがとな。鈴華がいてくれると本当に心強いよ」
俺がそう言うと、彼女はまた顔を赤らめるて、そっぽ向いたままに言った。
「明日から学校始まるし、今までとは会う時間も少なくなっちゃうけど、私は私でこの本について先生とかに聞いておくから、悟もお店の手伝いしながらちゃんと調べなさいよね」
「ああ、そうするよ」
そうして俺たちは夏休み最後、静けさを感じる校舎を後にした。
翌日からは鈴華は学校に、俺は店の手伝いを送る日々が続いた。
鈴華は学校帰りに必ず俺の家に訪ねてきて、その日の会ったことを話してくれた。
その内容は過去に戻る方法だけではなく、鈴華の送る日常の事など、たわいもないない話を沢山した。
そんな日常は送るに連れて、次第に俺にとってこの世界で過ごす大切な時間となっていた。
それからは時間が経つのが早く、あっという間に十月となったある日の事。
「大変! 大変だよ! 悟!」
そんな慌ただしく、当たり前の様に俺の家へと入ってくる鈴華。
「どうしたんだよ。そんなに慌てて」
「見つけたの! あの裏山について詳しく知ってる人を!」
そう言ってきた鈴華に話を聞いてみると、高校の地理の先生が、あの裏山に関して詳しく知っている人と知り合いだと言う事。その人は地元の大学で講師をしているとのことだった。しかも、その人と会って話せる様にアポイントを取ってくれたという。
「本当かなのか⁉︎」
「ホント、ホント! 今週の土曜日に大学へ来なさいって!」
そう言った彼女に俺は嬉しさのあまり思わず彼女を抱きしめた。
「ありがとう鈴華! 本当にありがとう!」
「ちょっ、ちょっと! う、嬉しいのは分かるけど、恥ずかしいって! 美咲ちゃんも見てるって!」
俺がこうしてこの世界で過ごしている間にも、鈴華は俺の為に一生懸命、手掛かりを探し続けてくれてたんだと思うと、心の底から堪らなく嬉しさが込み上げてきたのだった。
約束の土曜日が来て、俺と鈴華は裏山の事を知っているという教授に会う為、地元の大学を訪れた。
大学の窓口でその教授について話すと、しばらくしてその教授が出迎えてくれた。
その人は、大体七十歳前後のおじいさんで、その人の部屋に行くまでに大学の案内をしてくれるなど、本当に優しい人だった。
その教授はこの町に関しての歴史を研究していたという。それであの裏山についても知っているとのことだった。
そんな教授の部屋に到着した俺たちは早速、裏山に関しての情報を切り出した。
教授からはあの本に書かれていることが事実である事、裏山の歴史、そしてあの山に祀られている神様の事を話してくれた。
そんな話をした後に、教授はある一冊のクリアファイルを俺たちに差し出したのだった。
ページを開くとそこには新聞の切抜きがいくつも挟まっていた。
どの新聞も時代がバラバラで、古いのだと七十年前のものまである。
これについて教授に尋ねると、これはあの裏山で行方不明になった事件の記事だという。
「まさか、これって……」
そう言った俺に、教授は自分の見解を話した。
「世間はこれらの事件を神隠しと呼ぶのだが、私はこの行方不明者達は時間移動したんじゃないかと思っているよ」
その言葉を聞いた俺と鈴華は同時に顔を見合わせた。
俺だけじゃ無かったんだ……。あの裏山でタイムスリップしていたのは俺だけじゃ……。
「そして、興味深い事に、決まって行方不明者が出るその前日は必ず雨が降っててな、行方不明になる当日の夜は星が綺麗に見える夜だったとされているんだ」
俺は驚きのあまり口を押さえた。
思い返してみると、決まってタイムスリップした前日は雨が降ってて、当日は流れ星が見える程に澄んだ空をしていた。
これはもう確定で良いはずだ。これだけ実例が残っているんだから。
俺は嬉しくて隣に座る鈴華に顔を向けると、彼女と目が合い、その瞳は潤んで見えた。
「どうやら、君達の知りたい事が分かったみたいだね」
そう言って教授は微笑んだ。
その後は教授と色んな事を話した後、お礼を言って大学を後にした。
「本当にありがとな、鈴華……。鈴華のおかげで俺、何とか過去へ帰れそうだ……。って、鈴華にお礼するのこれで何回目かな」
二人で歩く帰り道、不意にそう言って微笑んだ俺に、鈴華はどこか寂しそうな表情を見せた。
「そうだよね……。後は時が来るのを待つだけだもんね……。これでタイムスリップの調査も終わりかな……」
悲しそうに告げる彼女に俺はなんて声を掛けようか迷っていると、そんな俺の言葉を待つ事なく、彼女はいつもの調子で口を開いた。
「まぁ、何はともあれこれで一件落着だね! うん、良かったよ……。これで私の役目はこれで終わり! それじゃあ、私はこれで帰るね。じゃあ!」
そう言って彼女は走り去って行ってしまった。
「鈴華……」
最後に名前を呼んだ俺の声は彼女に届かなかった。
次の日、俺はいつもの様に昼間はお店の手伝いをし、夕方、居間で美咲と遊んでいた。
「お邪魔しまーす」
急に玄関からいつもの聞きなれた声がして、俺は急いで声のした方へと向かった。
玄関にいたその人は、いつものもの茶髪にギャル目の奇抜なファッション姿の鈴華ではなく、まるで俺が元いた世界で過ごした、黒髪で清楚な服装をした鈴華がそこにはいた。
「ど、どうしたんだよ、その格好……。それになんで……」
「なんでって、調査は終わったけど、遊びに来ないとは言ってないんだけど。それにこの格好……、変……?」
そう言った彼女は少し恥じらうように顔を赤く染めた。
「変……、じゃないけど……、調子狂うっていうか、何というか……」
「もう、相変わらずハッキリしないわね。似合うなら似合う、変なら変ってちゃんと言ってよ!」
相変わらず、強気に攻めてくる鈴華に、俺は照れながら素直な気持ちで答えた。
「に、似合ってるよ……。凄く……」
「……そう。なら良かった」
彼女はそう言って笑ってみせた。
そんな彼女の姿は俺が好きだった元の世界の鈴華その物だった。
それからというもの、目まぐるしい速度で時は過ぎて行った。
気づけばもう十二月。クリスマスの日となっていた。
あれ以来、特にはタイムスリップに関しての調査はしていない。
それもそのはず、完璧では無いにしろ、あそこまで条件を絞り出せれば後は時を待つだけとなっていたからだ。
正直まだ不安はあった。だが、タイムスリップに関してはそう何度も試してみる事も出来ない。なんせ、俺の野望を達成できるのは来年のあの日あの時間でしか叶えられないのだから。
タイムスリップで俺たちが調べ上げた情報に関しては、既に叔父達にも伝えていた。
その事も祝して、今日は俺がいる最初で最期のクリスマスということもあり、鈴華と叔父叔母、美咲の五人でクリスマスパーティーを執り行うことになったのだった。
その日は叔母の手料理と鈴華が自作したケーキが食卓には並んでいた。
笑いの絶えない幸せな時間を過ごしている時だった。
「さっちゃんにクリスマスプレゼントあげるー」
不意に美咲がそう言って俺へあるものを手渡した。
それは赤いリボンをグルグルと巻き付けられた一冊の本だった。
「これって……」
美咲からのプレゼントのリボンを解くとそれは本ではなく、俺が過去に行くきっかけとなった『未来のあなたへ』というタイトルが書かれた一冊のノートだった。
何でこのノートがここに……。
俺は恐る恐るに久しく見るそのノートを開いた。
そこに書かれていた文章を読み進めて行くと、それは俺が元の未来で読んだ内容と変わらずの物語が書かれていたのだ。
ある所まで読み進めていると、以前、この物語を読んだ時には存在しなかった、物語の続きが追加されている事に気が付いた。
前読んだ時には書かれていなかったその内容は、主人公の少女と未来からきた少年がお祭りに行き、一緒に花火を見るエピソードが追加されていたのだった。
よく読むと、実際にはそんな会話をした覚えがない事まで書かれていたので、どこまでが俺たちとリンクしているのはわからない。だけど、確かにこれは自分達に起きた事を記した話だった。
そしてまた、ある所で物語は途切れていた……。
「悟……、どうかした? 大丈夫……」
ノートを読み終えた俺に心配そうに言葉を掛ける鈴華。
「あぁ……、大丈夫。大丈夫なんだ……」
彼女の問いかけに、思わず自分の思っている事を口にした俺の目からは涙が溢れ出ていた。
「俺、過去に……、過去に帰れるんだ……。帰れるんだ……」
そのノートの最後には、こう記されていたのだった。
『少女と少年、二人はあの裏山で星を見た。その景色は今まで見たことのない程にとても……』
まだ、なんの確信もない。だけどこの物語を読んだ俺は凄く安心してしまったんだ。
本当に帰れるんだろうか。帰っても母を救うことがちゃんとできるのだろうか。
そんなことばかりを考えていた。
そんな俺にこのノートは教えてくれた。
物語はまだ終わらないという事を……。
あのプレゼントから色々あったが、クリスマスパーティーは無事に終わり、俺は鈴華を家まで送る為、二人寒空の下、夜道を歩いていた。
「良かったね……。過去に帰れる事が分かって……」
「ああ。まあ、まだ確信は持てないけど。でも、きっと帰れる……。あの物語の続きを読んで、そう思ったんだ」
「……そっか」
そう悲しく呟いた鈴華の姿に、俺はこれまでに彼女と過ごした日々を思い出していた。
「ありがとな、鈴華。俺一人じゃここまで来れなかったよ……。鈴華がいて、皆んながいて……、俺はここまで来れたんだ。俺がいないこの世界でも、こうして過ごして行けたのは、鈴華のおかげだ。本当にありがとな」
そう言った俺に鈴華は少し涙ぐんだ。
「やめてよ。これで最後みたいに……。あんたはまだ来年の夏まではこっちで過ごすんだからさ」
「そうだな。ごめん……。でも一つの区切りとして言わずにはいられなかったから」
それからお互いに何も言わず、静かな夜道に少し積もる白い雪の上に足跡を残しながらに並んで歩く。
「今日、クリスマスだから……、これ。美咲ちゃんに先越されちゃったけど、プレゼント……」
そう言って彼女が差し出しのは、手のひらサイズ程の可愛くラッピングされた箱だった。
「中、見ていい?」
「う、うん……」
中を開くと、そこに入っていたのは、角度によって七色に輝く綺麗なブレスレットだった。
「……綺麗だ。ありがとう」
そういうと、鈴華は少し照れながらに嬉しそうにしていた。
「実は、俺も用意してたんだ。……これ」
俺は上着のポケットから一つの箱を取り出し、鈴華へと差し出した。
そんな俺の様子を見ていた彼女は少し驚いて見せると、照れながらに「開けてもいい?」と聞いた。そんな彼女に俺も照れながら、「どうぞ」と答え、彼女は包装紙を開き、箱の中に入っていた物を手に取った。
「綺麗……」
それは小さな水晶の中に、小さなクリスマスツリーが入っていて、雪が舞っているように見えるオブジェだ。
彼女はしばらく俺の上げたプレゼントをぼんやりと眺めていると、不意にいつもの調子へと戻り、意地悪げに言ってきた。
「でも、これじゃオールシーズン飾れないなー」
そう不満げに言った彼女。
「良いんだよ。これで……」
そんな彼女に少し悲しげに答えた。
その言葉の意味を感じ取ったのか、彼女は悲しい表情を浮かべた後、何かを切り替えたかのように少し不機嫌に俺へと言葉を掛けた。
「こんなプレゼンントじゃ、私、満足できないんですけど。追加のプレゼントを要求します!」
そう言った彼女は凄く可愛く、いつもの鈴華の姿だった。
そんな彼女を見た俺は少し呆れるも、いつもの鈴華に戻ってくれた嬉しさから、満更でも無い様に答えた。
「じゃあ何をあげたら……」
そう言いかけた時、不意に俺の目の前には鈴華の顔があった。
さっきまで寒さで悴んでいた唇にはほんのりと温かい感覚が感じられた。
次第にその温かい感覚が遠ざかると、俺はようやく事の事態をのみ込んだのだった。
俺から少しずつ距離を取る鈴華の目から一雫の涙が流れた事に俺は気付き、彼女の口元が少し動いた。
「じゃあね、悟……」
そう悲しそうに笑った彼女は、雪の降る夜の道へと消えていった。
その日以来、彼女が俺の家を訪れる事はなかった。
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