episode.6




 俺はふと意識を取り戻すとそこは病室だった。



「夢じゃなっかたんだ……」



 昨日はいつ寝たのか覚えていない。

 泣き疲れて、そのまま眠りについたんだと思う。


 未来に来てから一日が経った。

 崖から落ちたとはいえ身体には問題が無いと分かったので入院は一日で終わり、退院となった。叔父の言った通り、入院に関しては全て何とかしてくれたようだ。

 叔父さんには本当に頭が上がらない。

 病院を後にした俺は、昨日叔父が言ってくれた通り母の実家、今は叔父の店である『相田商店』に迎う事にした。




 その道中、町並みを眺めて歩いた。


「やっぱりここは何も変わらないんだな……」


 そんな事を俺は呟いた。

 昨晩、自分が寝る前に俺は状況の整理を行った。

 

 結論から先に述べると、ここはパラレルワールドの世界だ。そして、この世界には自分は生まれていない。


 ここは俺の母さん(相田七海)が十四歳の時に死んでしまい、それによって俺は産まれていない世界という事だ。そして、ここは俺が過去で過ごした時間が存在し、それが続いているという事。立て続けて言うなら、母の死はおそらく俺が関係している。


 詳しい話はこの後、叔父に確認するつもりだが、昨日八月十三日が母の命日で十四歳の母は裏山で事故にあって亡くなったという。


 俺がタイムスリップしてこの現代に来たのがそっくり二十六年後のこの世界という事だとしたら、裏山に俺を探しに来た母はその時事故にあって死んだという可能性が高い。

 現に俺がタイムスリップする前に母の声を聞いていたし、きっとあの時、俺を探しに来てくれていたのだ。


 そして、ここからは俺の願望だ。


 母を救いたいという願い……。実際にそれが可能なのかという事。


 これに関しては俺がもう一度タイムスリップして過去に戻らなくてはならないという事が再前提となるが、今はそれは深く考えないようにしよう。


 ハッキリ言って、可能だと思っている。


 現に、俺は行きと帰りで二回タイムスリップを経験している。

 最初、自分の本来の世界での母は四十歳の時に事故にあって死んでいる。それは俺を産んでからだ。


 実際に自分は存在してるし、そこから持ってきた『母のお守り』も残っている。

 以前俺は過去にタイムスリップした時に一つの疑問を持っていた。

 この世界で俺がどうあがいても、人の死を変える事は不可能なんじゃないかという事。

 俺が母の死因を教えたところで、母はきっと同じ日同じ時間に死んでしまうんじゃないかという事を。


 だが、これは違っていた。


 それは今いるこの世界が証明している。

俺の影響で母は四十歳ではなく、十四歳と言う若い年齢で死んでしまった。


 これらの経緯を踏まえると、必ず母が生き続けられる世界も存在するという事。

 俺が導き出したのはそこまで。後はどうやって過去に戻るのかだ。

 もし過去にタイムスリップする方法が分かったとして、それに対し今度はちゃんと考えて過去へ戻らなければいけない。



 考えるべき事は三つある。


 一つ目は、前とは違く、過去に自分が存在してた時間があるっという事。

1985年七月三十一日〜八月十二日の間には確実に自分が存在していたという事だ。これによって以前の段階では完全に削除していた『ドッペルゲンガー説』が生まれてくる。

 これに関しては憶測の話でしかないが、俺が二人いるという認識が産まれてしまうのは危険性が高い。

 噂通りに片方の存在が消えてしまう、ないしは俺という存在がなっくなってしまうという線がある以上、これは防がなくてはいけない。


 二つ目は、母がどの時間で事故にあってしまったのかだ。

 俺がタイムスリップしてしまったのは八月十二日の夜。母の声を聞いたすぐだった。

 これによって俺が崖に落ちる最中もしくは落ちた後に俺はこの世界に飛ばされたんだと思う。その間は母は確実に行きていた事になる。

 自分ももしかしたら過去に存在しているのかもしれないが、崖から落ちた後は直ぐに意識を失ったので、もし同時間に俺が二人存在したとしても認知するのは難しいと思う。


 三つ目、これが一番の問題だ。

 現に俺は二回タイムスリップを経験している。この両方ともにわかった事は二十六年という年だけそっくり移動していて時間のズレはほぼないという事だ。

 ズレに関しては意識をどちらとも飛ばしているので完全に無いと言えば違うのかもしれない。だが恐らくはそのはずだ。このタイムスリップは年だけ飛び越えるというものなのだろう。

 後はどちら共にタイムスリップは二十六年の移動という事だ。正直これが一番の問題だ。


 もしも次タイムスリップできたとして、それがまた二十六年後だとしたらそれはもう手遅れである。二十六年後の今頃はすでに母は死んでしまっているのだから。


 だから俺はこの条件を踏まえ、まだ可能性のある選択肢を導き出した。



「俺は一年後の八月十二日の夜、二十七年後にタイムスリップする」



 この考えでは二つの条件はクリアしている。後は都合よく二十七年後にタイムスリップする事が出来るのかだ。

 これが叶ったのならそれは御都合主義過ぎると言われても仕方がないと思う。だが、そんな事どうでもいい。今までだって都合よくタイムスリップしたり色んなミラクルを叶えてきた。今はそんなミラクルに頼らざるおえない状況であるのだ。


 勿論、もしも一年後、タイムスリップ出来たとして、そこが二十六年前の母が死んだ後の過去だとしても、俺はちゃんと考えていた。

 それなら俺は1985年のあの日に戻れるまで過去で待ってればいい。



 俺は母さんを救うためなら時間なんて捨ててやる。そう決意していた。




 そう考えているうちに、目的地である叔父の家『相田商店』に到着した。

 今の時刻は昼の十四時。お店にはちらほらとまだ客の姿が見えていたが、ノボリを下ろしているところを見るにもう直ぐで昼休憩に入ろうとしている所ではあった。

 俺はそんな中、お店の扉を開くと、厨房に立っていた叔父は俺の姿に気づいて声を掛けた。


「良かった、ちゃんと来てくれたか」


 そう言った叔父の表情はどこか安心した様だった。

 俺もそんあ厨房に立つ叔父を見て、そのいつも見ていた叔父の姿に少し安心した。


「はい。昨日はすみませんでした。何から何までしてもらったのにお礼も言わず……」

「良いんだ。俺がしたかっただけだから。それより飯食ったか? そっこ座んな。今ラーメン作ってやるから」


 そう言ってカウンターの席に俺は腰を下ろした。

 数分後に俺の前には味噌ラーメンと餃子が置かれた。

 叔父が提供してくれたラーメンに手を付けると、俺は過去で祖父に食べさせてもらったラーメンの味を思い出した。


「やっぱり、同じだ……」


 叔父から出してもらったラーメンと餃子を一口づつ噛み締めながらに食べていると、何故か笑みと共に涙が溢れてくるのを感じた。


「ははっ……、こんなの真似できねーよ……」


 俺は祖父に自分が作ったラーメンを食べさせた時、叔父の作るラーメンを真似して出していたが、改めて比べてみると叔父のラーメンも祖父のラーメンも俺の作るラーメンなんか比にならなくらい美味しくて、それ以上に温かかった。


 俺は目に涙を溜めながら一心不乱にラーメンをすすり、餃子をほうばった。そんな俺の姿を何も言わず、優しく見守ってくれていた叔父。その様子は過去に来た最初の時、祖母と食べたあの朝食の光景を思いだす。


 あぁ……、また会いたいよ……。




「ご馳走様でした」

「おう、どうだ、美味しかったか?」


 そう尋ねてきた叔父に、俺は目に溜めた涙を袖で拭い、笑顔で答えた。


「うん。爺ちゃんと同じ味がしたよ」


 そう言うと叔父は少し驚いた表情をした後、「そっか」と笑ってみせた。


「積もる話もあるだろうから、といあえず居間に上がってくれ」


 そう言って、店の奥にある居間に俺を通してくれた。

 そこには誰もいなく、見渡すと以前俺が住んでいた時と何も変わらない空間がそこにあった。


 一点俺の目を引いたのは仏壇である。

 その仏壇には祖父と祖母、そして十四歳の姿で写った母の遺影が飾られていた。

 俺は何も言わず、仏壇の前へと向かい手を合わせた。それはお別れを言うためでも、再会の意味を表すものでもなく、「きっとまた会いに行くから」と伝えるためのものだった。



 一頻り終えるとポケットの中に入れていた、『肩たたき券』と『母のお守り』をそっと仏壇へと備えたのだった。


「最初に言っておきたいんだが、昨日話してくれた事なんだけど、帰ってから色々考えたよ……」


 唐突に切り出した叔父の言葉に緊張がはしった。

 

 いくら俺が考えた手段で過去に戻るとしても、一年間をこの世界(自分の存在しない世界)で過ごさなくてはいけない。それにはどうしても叔父の力が必要になってくる。ここで拒絶されてしまえば、俺は途方にくれてしまう。そう思い俺は緊張から強張った。

 すると、叔父は言い淀む訳でもなく、すんなりと言葉を発した。



「信じる事にするよ」




「……」



 俺はあっけに取られた。

 ぶっちゃけかなりの確率で信じてもっらえないと思ってた。

 拒絶されるのは怖かったけど何んとしてでも理解してもらおうと考えていた。


「まぁ、俺も昨日は凄い動揺したし、わけからんってなったよ。今でも正直、半信半疑な所はあるんだけどさ、でも君の……、いや、悟の顔を見てると、なんか他人に思えないっていうか、俺も小さくてあまり覚えてないけど、悟には何処と無く姉さんの面影があるような気がしてさ……、なんかほっとけないんだよな」


 そう言って、叔父は笑った。

 

 どんな状況でも、どんな環境でも、どんな世界でも、一つ確かにある、その『家族の絆』っていうのは本当に存在する物なんだと、俺はここ数日で嫌という程思い知らさせた気がする。


「まあ、親父もお袋も悟の事、大事に思ってたみたいだし、ここで俺が見捨てちまったら天国の二人にもどやされそうな気がするんだ。だから安心しろ。悟は責任もって俺が面倒見てやるから」


 叔父はそう言うと俺の頭をワシワシと無造作に撫でたのだった。

 俺はそんな叔父の言葉に堪らなく泣きじゃくった。



「ありがとう、叔父さん……。本当にありがとう」



 そうなん度も繰り返しに言う俺に叔父は「ああ」と何度も答えた。

 そんな叔父も目元が少し赤らんでいた。




 少し落ち着きを取り戻すと、今度は俺から話を始めた。


「それでね、健三叔父さん。俺、また過去に帰りたいんだ」


 叔父は俺の言葉に驚く事はなく、聞いてきた。


「そう言ってくるとは思ってたよ。でも、戻り方は分かってるのか?」

「それはまだ分かってない……けど、現に俺は二回タイムスリップを経験してる。だから必ずその方法はあるはずなんだ」


 そう言うと俺は自分がまとめた考えを叔父に全て説明した。




「つまりは、来年の八月十二日の夜に過去に戻って、姉さんを助ける。そして姉さんの生きている世界に戻すって事だな」

「そう。まあ欲を言えば母さんの生き続けられる世界にしたいって事が一番理想なんだけどね」

「そうか。そう言う事なら俺が手伝わない理由は無いな。全力で悟が過去に帰れる様にサポートしてやる!」

「……健三叔父さん。ありがとう……。何から何まで……」

「何言ってんだ、水臭え。甥っ子が困ってるのに助けない叔父が何処にいるってんだよ」


 俺はその言葉にまた泣きそうになったが、その瞬間、叔父に殴られた。


「高校二年のくせしてビービー泣いてんじゃねーよ。そんな教育、違う世界の俺が教えたか?」


 本当にこの人には頭が上がらない。


「じゃあ、これからはこの家で来年の八月十二日が来るまでに過去に戻る方法を探す事が悟の役目って事だな」

「それもそうなんだけど、それとお店も手伝わせてくれないかな? 元いた世界でも過去の爺ちゃんの店でも手伝ってたから」

「本当か! それは凄い助かる! じゃあお願いするわ」


 俺たちはそんな事を話し、今後どうするかを決めたのだった。




 しばらく叔父さんと過去の話や俺の元いた世界での話に華をさかせていると、玄関の方から、「「ただいまー」」と、女性の声と幼い子供の声が聞こえてきた。

 その二人が茶の間に顔を出すと、俺も良く知った人物がそこに現れた。


「悟、紹介するよ。これが俺の妻の美由紀と娘の美咲だ。まぁ、お前の世界ではもう会ってるみたいだから紹介もなにも無いとは思うんだけどな」


 そう言った叔父さんの後に今度は美由紀さんが口を開いた。


「君が悟くんね。昨日、主人から色々聞いたわ。私には少し難しい話だったけど、主人が信じるなら私も悟くんを信じるから。これからよろしくね」


 どの世界でも本当にこの夫婦は優しい。

 その変わらない優しさに俺は深くお辞儀をした。


「本当にありがとうございます。これからよろしくお願いします」


 すると、叔母の後ろにいた美咲(三歳)は俺の顔をじっと見つめると、その小さく細い腕で俺の右足に抱き付いてきた。




「……。さっちゃん……、おかえり……、おかえりー」




 そう言いながら泣きじゃくる美咲。


 叔父と叔母はその姿を見て、何が起こったのか分からないと言う顔をしていた。

 俺もいきなりの事態過ぎて、一瞬訳が分からなくなったが、今美咲が言った『さっちゃん』と言う呼び方は、俺の元いた世界で美咲に呼ばれていた名前だった。そして、「おかえり」と言う言葉……。




「美咲……、もしかして俺の事……、覚えているの……か……」




 そう尋ねると、美咲はさっきまでの泣き声よりも強く泣き、「さっちゃん、さっちゃん……」と俺の名前を呼び続けた。

 この世界で俺は美咲と会うのは初めてだ。ここでの美咲は確かに俺を知らないはず。だけど、彼女が俺を呼ぶその様子は、どう考えても偶然の事ではないと俺は思った。

 そんな泣きじゃくる彼女を俺は強く抱きしめた。



「ああ。俺だよ……。さっちゃんだ……。ただいま。帰ってきたよ」



 そう言って、俺は美咲と泣きながら抱きしめあった。

 その様子を見ていた叔父と叔母は、信じられない光景を見ているという様な顔をしていた。

 自分の娘が誰かにあそこまで懐いている姿にも驚いているようだったが、それ以上に俺と言う存在を知っているというその娘の姿に驚いているみたいだった。


 しばらくして美咲が泣き疲れて眠りに着くと、この出来事について叔父と叔母と俺で話し合った。


「美咲は、俺の元いた世界では産まれた時からずっと一緒にいて、妹みたいに思っていました。そんな美咲も多分、俺を兄の様に思ってくれてたんだと思います。その美咲は俺を『さっちゃん』と呼んでいました。正直、こっちの世界の美咲がどうして俺の事を知っているのか、覚えているのかはわかりません。でも、こっちの世界の美咲も、俺のいた世界の美咲も変わらず美咲であることには違いありません」


 そう俺が強く言うと、叔母は何か思い詰めた様子で言った。


「そう言えば、ついこの間二週間前くらいかしら、急に美咲が『さちゃんはどこ? さっちゃんがいない』って泣いてた事があったの。私、幼稚園の友達くらいかな、って思ってたけど、悟くんの事だったのね……」


 二週間前といえば俺が丁度タイムスリップして過去へ飛ばされた時期だ。

 タイムスリップは年での入れ替わりで、時間だけは流れ続けているのだとしたら、俺が居なかった空白の間の事なのだろう。でも、それだったとしてもこの世界には内海悟という人物が存在しない訳で、ここに居る美咲は俺を知っているはずが無いのだが……。


「まあ、何にしろこんな奇跡見せられたら、もう疑う事もないわな。俺が悟を引き取ったのは正しかったて事。これだけわかれば今日は十分だ」


 少し重苦しくなった空気を一変して陽気な雰囲気に変えてくれた叔父。

 最近の俺は一人で色々と考え過ぎていたかもしれない。もう少し肩の力を抜いて皆んなに頼っても良いんだ、とそう思った。

 ここにいるのは世界が変わっても、紛れも無い家族なんだから……。




 色々話がまとまった所で、叔父は夜の部に向けてお店へと向かった。

 俺はというと、居間で叔父から貰った母の私物を色々調べていた。ここに何か手がかりがないものかと。

 台所では夕飯の支度をしている叔母、そして俺の横ではまだ眠り続ける美咲。

 しばらくして晩御飯を作り終えた叔母が茶の間にやってきて、美咲を起こすと三人で晩御飯を囲んだ。この形は俺の元いた世界でもよくあった光景だった。

 昼寝から目を覚ました美咲は、「さっちゃんいるー」と俺の事はまだ覚えている様子で安心した。

 彼女には色々と聞きたい事があるが、三歳という事もあり、上手く会話が出来なかった。


「悟くん、明日は何する予定なの?」

「そうですね。明日は一度病院に行って、俺を見つけて救急車を呼んでくれた人に挨拶がてら色々聞きに行こうと思ってました」

「それなら、何か菓子折りでも持って行かないとダメね」


 そういうと、叔母は財布から一万円札を取りだし俺へ渡してきた。

 急な出来事で、俺は焦って差し出されたお金を叔母へと突き返した。


「こういうのはちゃんとしないとダメよ。悟くんはもうウチの子なんだから、こういう事はしっかりさせなくちゃ」


 そう言って無理やりに俺にお金を渡してきた。


「余った分は悟くんのお小遣いね。一文無しじゃ色々と不便んでしょ」


 どこまでも、良くしてもらって俺は本当に頭が上がらない。

 俺がこの世界で過ごすのはたった一年間ではある。だけど、この一年間を過去に帰ることと同じくらい、この家族に恩を返すために尽くしたい。そう思った。




 その晩は夕食を食べた後、美咲と一緒に風呂に入った。

 風呂から上がると、店を閉めた叔父が茶の間で晩御飯を食べながら晩酌していた。


「おう、美咲を風呂に入れてくれたみたいだな。ありがとな。美咲は人見知りだから、やっぱ悟の事、ちゃんと分かってるみたいだな」

「まあ、元の世界にいた時も美咲を風呂に入れてたから、そこは大丈夫なんだけど、やっぱり美咲に聞いても何で俺の事を知ってるのかは分からなかったよ……」

「まあ、まだ三歳だもんな。それは仕方ないだろ。それより姉さんの遺品から何か分かったか?」


 そう尋ねる叔父に対し、俺は肩を落として首を横に振った。


「そっか……。あ、美由紀から聞いたけど、明日病院に行くんだってな。俺も行くよ。保護者として」

「え⁉︎ でも叔父さん明日仕事あるでしょ?」

「甥っ子が助けてもらったんだ。保護者である俺がお礼を言わない訳には行かないだろ」

「そ、そっか……。ありがとう」

「おう」


 そう言った叔父に少しでも感謝を伝えたくて、ビールをお酌してあげた。すると叔父は嬉しそうに俺が酌したビールを勢い良く飲み干した。


「そう言えば叔父さん、聞きたいことがあるんだけど」


 俺がそういうと、「なんだ?」と、俺の方を向いた。


「母さんが死んだ時の事を教えて欲しいんだ。どんな些細な事でも良いから覚えている事、聞いたこと教えてくれないかな?」

「そうか、姉さんがどのタイミングで亡くなったかってのが、姉さんを助ける為に重要なんだもんな。そういえば確か……」


 そう言うと叔父さんは徐ろに立ち上がり、仏壇の引き出しから一冊のノートを取り出すと、それを俺に手渡した。


「これ、お袋が付けてた家計簿なんだが、何冊も付けてた家計簿のうち、これだけは捨てないでずっと取っておいてたんだよ」


 俺は叔父からその家計簿を手渡され、今一度表紙を確認した。

 そこには『家計簿 1985年七月〜八月』と記載されていた。


「これは……」


 その年と月は俺が過去にタイムスリップした時のものであった。それと同時に母の命日も入っている。

 俺がそのノートを開くと、そこに書かれていたのは紛れも無い只の家計簿だった。

 こと細かにその日に使った食費や雑費などが書かれて、当時の相田商店の売り上げも記載されていた。

 ページをめくっていくと、八月十二日で家計簿の記入が終わっていた。


「有力な情報は何もなさそうだな……」


 そう思っていると、ノート後ろのページが何かカラカラになってページ同士がくっ付いているのを見つけた。

 俺はそれを破らない様に慎重に開いていくと、ぺりぺりと音を立てながらそのページは現れた。

 中身を確認すると、見開き一ページに文章がぎっしりと書かれてあった。




『1985年、八月十五日(晴れ)


 我が娘、相田七海の葬儀が開かれました。

 大勢の参列者の方に見守られ我が娘は天国へと旅立ちました。


 親よりも早く行ってしまうなんて親不孝者なんて思う方もいたかもしれません。

 元気で活発な娘ではありましたが、家族の事をいつも一番に考えてくれて、そんな我が最愛の娘を家族が責める事は一切ありません。


 責められるのは私たちの方です。


 あの日、娘と孫が喧嘩している姿を止められなかった私達が拝められるべきなのです。飛び出した孫を追いかけたのが私だったら、孫を探すため、後を追った娘と一緒に自分達も出て行っていたら、もしかしたら娘は死なずにすんだんじゃ無いかと後悔の念に押しつぶされそうにいます。


 娘が見つかったのは十三日の朝。

 崖下で倒れている娘を通りかかった方に救急車で運んでもらい、私達が病室に駆けつけた時には既に息を引き取っていました。


 医師からはもう少し早く娘さんを発見できていたらと言われ、無力な私は今も後悔しています。


 それと同じくして孫である、悟も姿を消してしまいました。


 七海がいなくなってしまった事で、もしかしたら孫の悟も消えてしまったのかと思うと、私たちは大切な家族を同時に二人も亡くしてしまったと悲しみでどうにかなってしまいそうです。


 悟は周りの人達には理解してもらえない存在で、私達しか知りません。

 もしかしたら夢の存在だったのかと思う日もありましたが、確かにここに居たんです。

 まごう事なき私達の孫の存在はここにあったんです。

 誰もその姿が分からなくても、私達は悟という存在を決して無かったものにはしません。


 私達の大切な孫だから……。



 ナナ、本当にダメな母親でごめんなさい。

 あなたが大人になって行くその時まで守ってあげられなくてごめんなさい。

 先に天国にいって不安に思っているかもしれないけど、弟の健三が立派になるまで少し待ってて下さい。必ず直ぐに会いにいくから。その時まで、見守っていて。



 悟ちゃん、何もしてあげられない無力なお婆ちゃんでごめんね。

 私が不甲斐ないばっかりに悟の未来まで奪ってしまいました。

どうやっても償うことは叶わないのかもしれないけど、責めてこれだけは言わせて。

 悟は私達の孫よ。

 それは誰になんて言われようと、どんな状況であっても私達の孫なんだからね。




 もしもね、もしも、消えたんじゃなくて未来に帰ったのだとしたら、これだけは守って欲しいの。




 私達の事をどうか忘れないで……』






 所々滲んで読みずらくなっているその文字を一つ一つ噛みしめるように読んだ。

 祖母がどう言う気持ちでこの文章を書いたのか、それは所々震える手で書かれた文字と涙で滲んだ後を見てわかる。


 読んでいる最中、俺はノートを支えるその腕が次第に強く力が入っている事を感じた。胸の中の熱い何かが込み上げてきたけど、必至にそれを抑えて俺はそのノートを閉じたのだった。


「どうかしたのか?」


 俺の様子に心配して聞いてきた叔父に俺はそのノートを手渡した。

 手渡されたノートを叔父が読み進めると、「これは……」とか細い声で呟くと同時に涙を流した。



「これはさ、婆ちゃんが残してくれた『メッセージ』なんだ。限りなく低い確率だけどそれに頼らざる終えないほどになってまで、伝えたかったメッセージなんだ。もしかしたら未来に行った俺がこれを読んでくれるんじゃ無いかって……。そんな藁にも縋る思いできっとこのメッセージを俺に託してくれたんじゃないかって、俺はそう思ったよ……」


「……あぁ。ああ、そうだな……」



 叔父は涙をボロボロとこぼしながら俺の言葉に何度もうなづき、そう答えた。

 俺は立ち上がり居間にある窓から夜空を見上げた。その日は雲一つなくとても綺麗な夜空が見えていた。

 こんなに澄んだ綺麗な空ならきっと婆ちゃんにも届くだろう。そう思うと、



「届いたよ、婆ちゃん。絶対に過去に戻ってまた会いにいくから。母さんと二人でまた家に帰ってくるからさ。だからもう少しだけ待っててよ」



 と、心の中で強く想いを伝えたのだった。

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