エイプリルフール

狛咲らき

A false friend is worse than an open enemy.

 木々の隙間から射し込む日の光を浴びながら、青い服を着た男は森を歩いていた。


 イギリスは森林が少ないというが、どうやらこの森は例外らしい。青服の男も既にかれこれ2時間は歩き回っていた。

 見渡すかぎり樹木しかなく、どれだけ進んでもその景色は変わらない。たまに何かしらの動物の鳴き声が聞こえてくるものの姿は見えず、またあれは何の鳴き声なのだろうかと会話を弾ませるような相手もいない。だから青服の男はこの2時間ずっとひとりで黙々とこの森を歩いていたのだった。


 だがこの代わり映えのない風景は唐突な変化を生じた。


 視界が開け、青服の男は1軒の建物を見つけた。見たところその建物はコテージのようだった。特筆すべきようなものはなく、強いて挙げるならば平屋で、一般的なコテージと比べるとやや大きいことくらいの普通のコテージである。周辺には木が1本も生えていないが、それは青服の男がこの森を抜けたわけではない。周りの木々から避けられているかのように、これが森の中にぽつんと建っているだけのことだ。しかしこの樹木ばかりの空間から突如として現れたことで、誰かがどこかの土地から一部を切り取ってこの場所に貼り付けたような、異様な雰囲気を醸し出していた。


 ふと青服の男はコテージの近くに人影があることに気付いた。


「やあ」


 その人影に声をかけてみる。


「こんにちは」


 相手も気付いたようで、青服の男に会釈を交わした。

 相手は赤い服を着た男だった。体格や肌の色が青服の男とそっくりだ。


「ここに住んでいるのかい?」


 青服の男は尋ねた。


「いや、道に迷ってしまってね。どうしようかと途方に暮れていた時にこの建物を見つけたんだ。君はここに来たことが?」


「残念ながら、私もここに来るのは初めてなんだ」


「そうか……。実はとても疲れていてね。お邪魔させてもらえないかと期待しながら、家主を待っていたんだ」


 そう言って赤服の男はコテージに目を向けた。


「そんなに疲れているなら少しだけ中に入ってもいいんじゃないか?」


 数十秒もコテージを眺め続けている赤服の男を見て、青服の男はそう提案してみる。

 すると赤服の男はコテージから視線を外し、青服の男を見て言った。


「私もそんな気がしていたんだ。ここで生活してる人なんていないだろうし、ずっと待ち続けることになるんじゃないかとね」


 ふたりはコテージの扉を開けて中を覗いてみた。部屋間をあまり壁で仕切られていないタイプのもので、そのせいか室内は広々としており、外観以上に広いように見える。ふたりの見える範囲だけでも、玄関近くにリビング、キッチン、その奥に書斎があった。またリビングにはこの森でもちゃんと映るのか、大きなテレビもあるようだった。


「家主はかなりの金持ちとみた」


 青服の男が言った。


「中に足を入れにくいね」


 赤服の男も同意する。


「じゃあここで君は待ち続けるのかい?」


「君は、ということは君も入るのか? どうして?」


 青服の男はこの問いかけに対しすぐに答えた。


「私も迷ってしまって帰れないんだ」


 ほう、と赤服の男は呟いて、


「入らないなら止めはしなかったけどさ。それにしても迷子がふたりか。笑えないね」


「違いない」





 ふたりはコテージに入った。


 リビングやキッチンのように外から見えた部屋以外には寝室とバスルームがあった。寝室は書斎の本棚に隠れて、またバスルームは流石に壁で仕切られていたからよく見えなかったようだ。そしてリビングにはテレビの他に四角いフレームの壁掛け時計があって、それがちょうど9時30分を示していた。


「やっぱり家主は金持ちだね」


 この建物はコテージというより、家に近かった。リビングでゆっくりくつろげそうな黒くて大きなソファや、キッチンの棚のオシャレな食器の数々、寝室の衣類が入ったクローゼット。こういう細かいところで誰かが暮らしている、あるいは暮らしていたことが分かる。おまけにテーブルの上や床などには埃が溜まっていない。少なくとも最近まで誰かがこの家にいたことは明らかだ。


「流石に別荘かな。家主以外にここを掃除する人がよく来てるのかもしれないけれど」


「誰かが来るならここで待てばこの森を抜けられるな」


 そう言いながらも、ふたりはコテージの探索を続けた。


 それから少しして、ひとりがリビングの隅でとあるものを見つけた。壁と似たような色をしていてまるでそこにあってはならない、隠すべきものであるかのようにそこに存在していたため、発見が遅れてしまった。


 それはロッカーだった。ロッカーといってもそれ自体はあまり高くはなく、ふたりの胸くらいしかない。しかしその下に台のようなものがあるため、ふたりの目線と並ぶくらいの高さとなっていた。


 その扉をゆっくりと開いてみると——。


「……これは恐ろしいな」


「きっとこの辺りの鹿でも狩るのだろうね」


 中には1丁のライフル銃があった。茶色で重厚感のあるそれは、数ある猟銃の中でも威力がかなり高い部類であることで知られる。人の場合、手足に命中しただけでも命に関わる代物だ。またロッカーは複数収納できる程度には内部に広さがあり、それがかえってこの細長い銃身の存在感を強めることとなっていた。


「念のために覚えておいた方がいいね」


「ああ、私もそう思うよ」


 ロッカーを閉じたふたりはそこから離れて、今度は別行動を取ることにした。


 赤服の男はキッチンに向かい、そこにある棚の1つを開けた。食料庫らしく、中には1週間分程度の缶詰と何種類かの紅茶の茶葉があった。


 青服の男はそれを見ながら書斎へ向かった。書斎には書斎らしくたくさんの本があった。たくさんありすぎて2、3架ある大きな本棚にもその全てが入りきらず、本棚の前の机に数冊並べてあるくらいだ。

 手を伸ばして机の本を1冊取って表紙を見てみると、そこには『ライラ・カルミアの怪物研究記録』というタイトルが書かれてあった。どこかの出版社から発行されているらしく、綺麗な装丁が施されていた。

 青服の男はぱらぱらとページをめくり始めたが、とある怪物のイラストが書かれてあるページを見てすぐに止めた。



 身近にいる怪物 4 「エイプリルフール」


 この怪物には、私も実際に遭遇したことがあるため、自らの経験を踏まえつつ述べることとする。

 エイプリルフールは4月1日のみに現れるとされる怪物で、単独で活動し、毎年各個体同じ場所に出現するとされる。

 人とそっくりな見た目をしており、おまけに知能が非常に高く、我々と会話することが可能である。そのため一見すると怪物には見えないのだが、そうして油断した相手を襲うというのが奴らの狩りの方法だ。

 また、その際奴らは人間の振りを辞め、本来の姿に戻る。その姿は大きな熊のようでありながら腕が2メートル以上もあり、なんとも不気味である(※右下図)。そうして、目の前の人間が突然得体の知れぬ存在へと変わり、驚いて固まっている獲物を捕食するのだ。さらにはその長い腕によって、逃げようとする者も容易に捕らえることができるため、エイプリルフールに襲われて生き延びれた者は私を除いてもほとんどおらず、なんとか逃げ延びれた者も皆その代償に身体のどこかを失う羽目になっている。私もこの時に左腕を失くした。


 しかしこのエイプリルフールにはいくつかの弱点がある。

 ひとつは、奴らは嘘しか話せないことだ。挨拶のように真偽のない言葉や、単にこの怪物の知らないことからくる疑問といった真偽が分からない言葉は別として、この怪物から放たれる言葉は基本的に全て嘘である。実際、私が出くわした個体は目の前の表を向いたコインに対し「このコインは裏だ」と言ってしまったり、ふたつあるリンゴを見て「イチゴが3つある」などと答えていた。

 ただし調べてみたところ、その個体はかなり幼かったらしく、普通のエイプリルフールにはそう簡単に通用しないそうだ。

 とはいえ本当のことを話せないことは変わらないので、もし見知らぬ人に突然話しかけられて、その人が簡単な質問でもはぐらかそうとしてきたならば、エイプリルフールだと警戒しても良いだろう。


 もうひとつの弱点は、エイプリルフールが人の姿になれるのは午前の間だけであるということだ。正午を回った時点でエイプリルフールはどんな状況であっても強制的に本来の姿に戻ってしまう。突然変身してしまうため、結果として何も知らない相手を驚かせて動きを止められるかもしれないが、それが腕の届かない距離だと折角の獲物を逃がす羽目になる。

 だからもしエイプリルフールと思われる相手と遭遇した場合、不用意に近づかなけば命だけは助かるかもしれない。とはいえ奴らも騙すことに特化した怪物だ。僅かでも逃げられる可能性を減らすことに尽力するだろう。常に警戒を怠らず行動しなくてはならない。


 このように、エイプリルフールは致命的な弱点を持っている。しかし、たとえ我々が奴らの弱点を知っていようが、目の前にいる人間がエイプリルフールだと見破ることは困難だろう。奴らは我々と同じ見た目で、同じ言葉を話せるのだ。長くとも数時間程度会話しただけで、目の前にいる人が人を喰らう化け物だと分かるはずがない。

 それだけでなく、奴らは個体によって嘘のつき方が異なるため、これといった判別方法が存在しないのも、その正体に気付けない要因となっていよう。

 奴らはイギリス中に潜んでおり、また明確な個体数が分からない。故に奴らに狙われたくないのならば、4月1日は昼頃まで自宅から1歩も出ないことが最も安全な方法だろう。

 

 ここで一例として、エイプリルフールに遭遇した私の体験を記す。先に述べた通り、私が出くわした個体はまだ幼かった。しかしだからといって力が弱いわけではない。その時点でも人間のそれを軽々超えており、私も武器を所持していなければ今こうして記録を綴るに至らなかったことは明白である。

 さて、まず私が奴と遭遇した状況についてだが、そこは森の中にあったコテージで——。



「——何を読んでいるんだい?」


 背後から声がして、青服の男は咄嗟に本を閉じた。


 振り返ってみると目の前に赤服の男がいた。視線の先は青服の男が今手に持っている本だ。

 青服の男は研究記録の表紙を見せ、聞いてみた。


「君は怪物は存在すると思うか?」


「いないね」


 赤服の男は即答した。


「どうしてそう断言できるんだ?」


「……怪物は妄想の産物だからね。いるはずがない。逆に君はどう思う?」


 青服の男は少し考えてから、


「私も同意見だ」


 そう答えた。





「勝手にそんなことをして大丈夫なのか?」


 書斎を離れリビングに戻り、今しがたDVDをプレイヤー内蔵のテレビで再生しようとしている赤服の男に青服の男は問いかけた。数十秒前、赤服の男はリビングに着くや否やリモコンを手に取ってテレビの電源を点けた。ピッピッと何度もチャンネルを変えた後、近くにあった「録画」と書かれた紙が貼られたDVDの収納ケースを開け、そして現在に至るという状況だ。


「ここは君の家じゃないと言ってなかったかい?」


「なあに、帰ってきたら謝るさ。それにしても、まさかここでフットボールを観れるとは思わなかったな」


 赤服の男はカチッ、とプレイヤーの再生ボタンを押した。少しして画面は今放送中のバラエティ番組から一転、今にもフットボールが始まりそうな、熱い会場が映し出された。観客の視点から撮影されてあり、フィールドには黒いユニフォーム、白いユニフォームを着た人が数人見え、画面上部にはもうすぐ試合をするであろう彼らのチーム名が表示されている。


「どちらも知らないチームだなあ。この試合も観たことがない」


 赤服の男はそう言いながらテレビの前のソファにドスンと腰掛けた。それから右手でソファを叩いて、未だ立ったままの青服の男に隣に座るように伝える。


「君はこのゲームの結果は知ってるかい?」


 青服の男が座ったのを確認してから赤服の男は尋ねた。


「いや、知らないな。チームの方も」


「同じだね。じゃあどっちのチームが勝つと思う? ちなみに私は白のユニフォームの方かな」


「私も直感的に白が勝つと思ったよ。でも」


 今観るべきではないだろう、そう言いかけて、


『さあ、キックオフです!』


 ピーッという笛の音とアナウンサーの声で赤服の男は画面に集中し始めた。結局青服の男は最後までは言わなかった。


 フットボールの試合中、ふたりは一切の言葉を発せず観続けた。


 試合は白熱した展開を見せた。果敢に攻め込む白チームを、黒チームは堅い守りで受け止める。そして黒チームの方も味方にパスをしながらボールを運んでいく。

 攻守が目まぐるしく入れ替わりながらも、前半終了直前、遂に黒チームが今試合初の点を獲得した。


「このゲーム、面白いな」


 ハーフタイムに入り、青服の男は口を開いた。


「興奮するね」


 赤服の男も肯定する。


「君はまだ白が勝つと思うか?」


 青服の男は試合が始まる前の赤服の男と同じ質問を投げかけた。

 点数は1対0で黒チームがリード。とはいえまだ逆転の余地は大いにある。


「もちろん勝つと思うよ。君もそうじゃないのかい?」


「ああ」


「……そういえば、さっきの研究記録にはどんな怪物が載ってたんだ?」


 唐突に赤服の男は書斎での会話の続きを始めた。


「どうして今になって聞くんだ?」


「ただの好奇心だよ。他意はないさ」


「……君はエイプリルフールという怪物を知っているか?」


「いや、知らないなあ」


 それを聞いて青服の男は書斎に戻って、先程読んでいた研究記録を持って来てそのページを開いて見せた。


 赤服の男は静かに読み始めた。視線が右上、右下、左上、左下と動いている。


「これを読んで君は何を思ったんだい?」


 ページを読み終えた赤服の男は、本を閉じて言った。


「君こそどう思ったんだ?」


「私か? そうだなあ」


 聞き返された赤服の男はしばらく目を瞑ってから、


「やっぱり妄想の産物だったよ。4月1日だけしか確認できないなんてありえないじゃないか」


「確かに、君の言うとおりだ」


「大方、どこかの小説や映画のキャラクターがモデルなんだろう。本当に都合のいい本だ」


「同感だ」


 赤服の男の言葉に青服の男は何度も同意する。

 すると、


「なんだか気が合うね。私達は同じ森に迷った者同士だが、同時に良き友ともなれそうだ」


 赤服の男は青服の男の目を見ながらそう言ったのだった。





 ハーフタイムが終わり、後半戦が始まった。


 最初は前半戦と変わらずふたりは無言で観戦していたが、パスを繋いで遂に白チームの選手のひとりがシュートを決めた瞬間、赤服の男は青服の男の方を見て「これは勝てるね」と声を掛けた。青服の男も「ああ、いけるな」と返すと、これがきっかけとなってふたりはその試合について話すようになった。


「攻めろ攻めろ」


「ボールを取らせるな」


「あ、そのパスは悪手じゃないか?」


「黒から奪い返せ」


 だが白チームは黒チームの攻撃を止められず、再び1点差の状況になってしまった。


「まずいな」


「まだ分からないさ」


 けれども白チームは攻めきることが出来ないまま試合終了。2対1で黒チームの勝利に終わった。


「残念だったなあ」


「白が勝つと思ってたんだけどね」


 ふたりは試合が終わった後もテレビを見続けた。画面には、汗を吹き出しながらもこれ以上とない笑顔を見せている黒チームの選手達が映っている。


「あ、そういえばこれは前に録画されていたものだったね」


「おや、忘れていたのかい?」


 やがてDVDの再生が終わり、画面が真っ黒になった。


「はあ、とても疲れたよ」


 赤服の男は呟いた。全身の力を抜いているのかソファの背もたれに背中を預け、手足がだらんとしている。


「最初から疲れていたんじゃなかったのか?」


「そうだとも。でもフットボールのDVDがあるなら何も考えずに見始めてしまうものさ」


「そういうものなのか?」


「そういうものなんだよ」


 不意に赤服の男は壁時計を見て立ち上がった。


「未だ家主が帰ってきていないが……そろそろランチにするかい?」





 ランチの準備に取り掛かかっている間もふたりは会話を続けた。準備といっても、缶詰の蓋を開けて皿に盛り付けるか、食器を並べるくらいだが。


「どうしてここに来たんだ?」


 青服の男が尋ねた。


「散歩していたら迷ってしまったんだ。たまには自然を感じながら歩くのもいいだろうと思ってこの森に来たんだけど、こんなに深いとは思わなかったよ」


「ふむ、私と同じだな」


「君とは共通点が多いね。本当に良い関係になれそうだ」


 赤服の男はキッチンの食器棚から銀色のフォークとスプーンをふたり分取り出して、ソファの前のテーブルに持ってきた。


「こんなところを家主に見られたら銃でドカンだね」


「いやあ恐ろしい。ちゃんと謝らなければ」


 陶器のティーカップに紅茶を注ぎながら青服の男は答えた。


 数分後、ランチの用意が整った。メニューはサバとスープだ。


 人の家に勝手に上がり込んでいるとは思えないくらい、ふたりはこのコテージでの時間を満喫していた。


「こうしてみると、家主からしてみれば我々の方が恐ろしいね」


 スープをテーブルに置きながら赤服の男は言った。


 青服の男も「そうだな」と頷く。


「私達ふたりはどう見ても不審者だ。我々を見るや否や、あのライフル銃で撃ってくるかもしれない」


「そうなったら、君はどうする?」


「そうなったら? 私は……」


 投げかけられた赤服の男の問いかけに青服の男は即答できなかった。

 数十秒程の沈黙。その果てにようやく口を開いた。


「君が先に撃たれたら、そのときは私も一緒に死のう。私は運動できないから、そもそも逃げることなんてできないと思うしね」


 だが、と青服の男は一旦言葉を切ってから、


「最初に私が狙われたなら、死力を尽くしてでも君を逃がそう」


「なんだって?」


 赤服の男は青服の男を見つめた。

 そんな赤服の男を青服の男もまた見つめ返す。


「どちらにせよ、そうなってしまえば私は助からないんだ。ならば私以外を助けよう、と考えるのは不自然かな? それに君は私の友人だ。これ以上に理由が必要かい?」


 青服の男の言葉に赤服の男は俯く。


「……私は幼少の頃、酷いいじめに遭ったんだ」


 それからぽつり、ぽつりと言葉を漏らし始めた。


「そのときのトラウマが今も残っていて、友人を作りたくてもそのせいでなかなか人と話せないんだ」


 青服の男は「そうなのか?」と赤服の男と出会ってから今までのことを振り返ってみた。


「君とは同じ迷子仲間だからだろうね。今までと違った。ここまでまともに会話できたのは君が初めてだよ」


 ぱっと顔を上げて、そしてしっかりと青服の男と目を合わせながら、赤服の男は続けて言った。


「君のような友人にもっと早く会いたかった。ありがとう」


 テレビから楽し気な声が聞こえてくる。


 フットボールの試合を観終わった今は、録画ではない、リアルタイムで放送している番組がそこに映し出されていた。


「ふむ、ならば食事をしながら、今からでもお互いのことをもっとよく知ろうじゃないか」


 そう言うと青服の男はティーカップを手にした。


「我が友が無事にこの森から出られることを祈って」


 赤服の男も同様にティーカップを持って続いた。


「我が友と共に帰れることを祈って」


 乾杯、とふたりはグラスのように軽く合わせた。


 その直後、壁の時計が12時ちょうどを指した。


 テレビの番組が変わり、軽快な音楽とともに画面一杯に番組名が表示される。やがて音楽が止み、ぱっとひとりのアナウンサーらしき女性が現れた。

 女性はカメラに向かって微笑みながら話し始めた。


『こんにちは! お昼になりました。情報番組ワールドクロースアップのお時間です——』





『——〇〇さんが行方不明になってからちょうど1年が経ちました。未だ〇〇さん発見に繋がる手掛かりは見つかっておりません』


 まだ太陽も昇っていない時間、散乱しているゴミが見えないほど暗い空間に、淡々と話す女性の声が響く。その声の発生源はこの空間で唯一光を放つ大きなテレビだ。画面には真剣な表情の女性と、ひとりの男性の顔写真が映されていた。


「ああ、我が友よ……」


 黒い大きなソファに座ってテレビを観ていた男は顔写真を見てそう呟いた。


 あの日、あの森の、あのコテージで出会った男。


 その瞬間、あの日の出来事が男の脳裏を去来する。


「やめろ」という叫び、ドンという銃声、少し時間が空いて再び銃声、そして扉が開く音。


 男は左手で自身の右肩を撫でた。その先はない。


「いや、あの声は私か。順番は忘れたが、それは間違いない」


 そして今度はゆっくりと目を閉じ、あの日の食事を思い出してみる。


「……不味く、質素な食事だった」


 男はテレビを消した。室内は闇となって静寂に包まれる。

 男はソファから立ち上がり、玄関の方へ向かった。早々に目が慣れたのか、うっすらと見えるドアノブへまっすぐに左手を伸ばして扉を開けた。


「今日は中にいよう」


 外は星ひとつ見えない曇り空だった。月明りがないからか周囲は真っ暗で、未だに室内にいるようである。だが風でさわさわと揺れる木の葉の音や、時折遠くでかすかに聞こえる動物の鳴き声がここが外である証左となっていた。


 ——騙したな、嘘吐きめ!


 静かな森に反して、男の頭の中で彼の怒声が何度も木霊する。

 あの日の中で最も男の脳に焼き付いている声だ。


「ああ、なんて」


 この暗黒の世界で彼を見る者は誰もいない。


 今にも雨が降り出しそうな曇天の空に向かって男は叫んだ。


「なんて苦しいことなのだろうか!」


 夜の木々の間を通って遠くの方までその叫びが響き渡る。


 しかしその声に反応したのは純粋な心を持った動物達だけであった。

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エイプリルフール 狛咲らき @Komasaki_Laki

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