ある男の独白

志央生

ある男の独白

 すべてが無くなってから、私は自らの失敗に気がついた。手元に残ったのは負債の山だけで、無情にも取り立ては日々激化する一方である。

 そもそも、私がこんな惨めな人生になったのは、あの女との出会いがすべての始まりだった。女は「佳菜子」と言い、腰元は細くも締まりの良い体をしており、私はすぐに彼女の虜になってしまった。

 いまにして思えば、それもあの女の策略にまんまと嵌められていたのだと理解できる。それでも、そのときの私は彼女に完全にほの字であったし、誰に何を言われても耳を貸さなかったであろう。 良くも悪くも彼女との関係は私を満たし、溺れさせるには十分であった。彼女の欲しがるものは与え、その見返りを貰う。どちらにも利益があり、利害が一致した関係であったはずだ。

 だが、いつからか私は彼女の優しさに頼るようになっていた。最初は会社で起きる小さな出来事を愚痴るだけだった。それが次第に意見を求めるようになり、彼女の言葉を信じて疑わなくなっていたのだ。

「いっそのこと、新しい事業を始めてみるのはどうかしら」

 不意に彼女が口にした言葉。これが私をいまに至らす引き金だった。

 このとき、私は完全に彼女無くしてはいられない状態であり、彼女の一挙手一投足を気にするようになっていたのだ。

「あぁ、すばらしいアイデアだ。さっそく、やろう」

 もはや考える意思すら捨て、彼女が望む形に会社の事業方針を変えた。誰もが私を止め、何度もリスクを提示するものもいただろう。だが、私は誰の声にも耳を傾けず、ひとり突き進み、刃向かうものは容赦なく切り捨てた。

 気がつけば私に意見するものは消えた。ただ、同時に経営は悪化の道を辿り始めたのだ。

 そこから落ちるまでに時間はかからなかった。次々と社員はやめて人手不足に陥り、取引先にも経営悪化の事実が露見し契約を打ち切られた。

 ここまでくれば、あとは金を借りるしかない。会社を建て直すために借り、担保にいくつものを支払った。

 そんな状況においても、私は彼女にすがることで心を保ち、挽回のチャンスがあることを何度も自分に言い聞かせるようになっていた。彼女も私の耳元で「きっとなんとかなる」と、言ってくれていたのだ。だから、私はその言葉を信じ、金策に走り回り、やっとのことで資金を用意したのだ。 だが、私はすべてを失うことになった。

 信じていた彼女は、私が集めた資金を持ち去りそのまま姿を消したのだ。それからは言うまでもないだろう。やっと目を覚まし、私はあの女にだまされていたことを悟った。

 沸々と湧き上がる怒りと、手元に残った負債の山に狂乱し、ひとり部屋で暴れた。それが終わると、無情な現実が顔をのぞかせ私に問うのだ。目を背けようにも、誰も許してくれず、刻々と時間は刻まれていく。

 そうして、私は海に来た。絶壁に打ち付ける波はしぶきをあげて轟音を立てる。天候は生ぬるい風が吹いているだけ。足元は悪く、少しでも踏み外せば、バランスを崩して落ちてしまうかもしれない。ただ、それは私が望んで立っている場所でもあった。

 自分の中で踏ん切りがつかず、何か理由を探し誰かに罪を押しつけたかった。だが、思い返したところで、すべての非は私にあり、責める相手などいなかった。

 結局、決断を自分の決断を下すことはできなかった。もう一度、波打つ轟音が聞こえたとき、私は小さくため息を吐いて、踵を返した。

 そこに一陣の風が吹き抜け、私の体を押した。


                                    了 

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