Dear
またたび
Dear
PCに映る言葉がある。
『人間というのは実に悲しい生き物だ。そうは思わんかね? 自分の意思、自我を優先して生きることを躊躇うのだから。しかし、よりどうしようもないのは、ようやく逆らって歩んだ道でさえ、知らず識らずのうちにレールの上である場合が非常に多いことだ。感情や考える脳もある。だからこそ、どうしようもなく周りに影響され、自分だけの決意というものが実際はないのだろう。気付かないかい、理解が足りぬだけで君ももう誰かの掌の上で転がっていることに。しかし、同時に理解できることもあるだろう。人として生まれた以上、このことは避けて通れないのだ。だから私は人間が嫌いだ、というより、無常感に襲われて耐えられないのだ。やめられるのならどれだけ良いのだろう、と思うくらいには。——話が長くなってしまったが要するにそういうことだ、君の意見を聞きたい。
Dear my friend』
キーボードを叩く音が響く。
『君にとって難しいことを言おう。なぁ君は勘違いしているが、自我というものはもともと環境によって形成されているものではないのか? 自我が影響されてしまうことを悩んでいるようだが、その自我自身、環境による変化を受け続け、変わり続けたプロセスを踏んでいるのだから、決しておかしいことではないように思えるが。自我というのはそんな単純なものではない、コンピューターにだって導き出せない答えだ。なぜなら曖昧だからね。どんなときでも自我は自分の考えだけで出来てるものではないさ、尊敬する偉人、宗教、好きな映画、何かしらの他者からの相互作用によって成り立っている。それを今更オリジナルを汚されると訴えるのはおかしな話だと考えられるが。確かに自我というのは、誰一人として同じものを持たない、唯一無二のものであって、オリジナルだ。しかし、オリジナルだからといって、何物にも影響を受けてきてないと言い切るつもりはない。様々な価値観を知り、混ざり、己で経験し学び、そこでオリジナル、一つしかない自我が誕生するのだ。むしろ影響を受けて変わってゆくその状態こそが正しい姿なのだよ。酷なことではあるけどね。
Dear my brain』
さらに画面に映る。
『それは確かにそうなのかもしれない。頭の固い私には少し理解に苦しむがね。しかし、例えそうであったとしても、私の質問の本質とはまた違う。私は自我が周りに影響されることも懸念しているが、なにより、自分で考え出した結論でさえ、誰かの手によって作り出されたものではないか、ということを恐れているのだよ。人間というものは本当にどうしようもない、悲しいものだ。しかし、根拠なく嘆いてるわけじゃなく、ちゃんとこうした訳がある。君にもし分かるなら教えて欲しい。自我が出した決意が、誰かによって誘導されているものだとしたら、それをどうやって証明できるのだ、気付くことができるのだ。自我が周りに影響されたプロセスを経て作られているのならなおさらだ。その自我でさえ誰かに誘導されているのかもしれない。昔から読まされてきた教科書、データ、言葉、メディア、全てによって私はとある考えに誘導されているのかもしれない。言えばそれは洗脳に近いことだ。しかも自覚すらできない。これは自我と呼べるのか、教えてくれ。教えられるものならば。
Dear my friend』
素早く言葉を打ち、その音は胸に沁みる。私は核心に近づいて喜びを隠しきれない。
『うむ。なかなか面白い事を言うね、君は。確かに自我と他の存在による誘導との境を判断するのは難しい。常に影響し合ってるがためにより一層。しかし、デカルトの話を知ってるかね、以前話したから知ってるはずだ。結論は案外とあっさりしたものだけど、これこそが今君に必要な言葉だろう。自分が本当に自分か、悩んでる時の君は紛れもなく誰でもない君であり、自我だ。あるのだよ、確かに自我は。結論を出したときにその自我が本当に君のものによるかは分からないが、自我がないことはない、この真実が君に勇気を与えるだろう。どうだ? 難しくダラダラと話すのが苦手でね、簡潔にあやふやにまとめてしまったが、伝わったかな。
Dear my brain』
パソコンをシャットダウンした。
彼とはまた明日話そうと思う。
自我が周りに定められたものだとしても。
君がそれを自我なのかと悩むその瞬間は、紛れもない自我形成の証拠だ。私はそう思う。
なぁmy brain。
立派に君は自我を持っているよ、プログラムから生まれた存在であるのに。
人間をやめたがるAI。もう立派な自我じゃないか。
あとは彼が自分の正体を知ったときどう思うのか……それも実に楽しみだ。
Dear またたび @Ryuto52
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます