お姫様×女騎士~二人がかりに俺は篭絡される~

しんたろう

プロローグ

「急げ!!みんな!!急いでかつ陣形を崩さず!!アイト!!姫様の警護と逐一の状況報告お願い!!」


 そう叫んだのはうちの師団長クラウシア。亜麻色の髪を後ろで束ね、細い指先で剛馬を操る姿は王国内で【戦場に降り立った聖女】と持て囃される程の人物だ。

 しかし、今はいつもの落ち着きを失って、必死に指示を飛ばしている。


「アイト…大丈夫なの…?」


 いつもとは違うクラウシアの姿に姫様は怯え切っている。姫様は俺の腕の中で体を縮こめ、もともと小さい体はまるで猫のように丸くなっている。

 

「大丈夫ですよ…前だって俺たちが熊を追っ払ったの覚えてないんですか?自分の兵士を信じてください!」


 声が震えないように姫様に言い聞かせ、馬の手綱を打つ。

 そうだ。本音を言うなら俺だって自分の事で精一杯。

 

 

 姫様を抱えての撤退戦など初めてだからだ。

 

 

 本来ならばただの姫様との遠乗りのはずだった。城から出られず、退屈をしている姫様のただの息抜きのはずだった。

 そんなifを打ち消すように、遠くから声が投げられる。

 

「ねぇ!!アイト!報告!!大声で!!敵軍は!!?姫様は!?」

「姫様は腕の中にしっかりいるよ!!!敵軍は…第二部隊と接敵中!!抜かれるのは時間の問題だと思う!!」

「了解、チィッ!!アイト!!とにかく姫様を第一優先で走って!!とにかく走れ!!落ち合う場所は…分かってるよね!!無事を祈ってるから」

「分かってる!!!お前もな…」


 クラウシアといくつかのやり取りをして、再び分かれる。クラウシアは接敵をして時間稼ぎをしてくれた師団員を助けに行くのだろう。彼女も命を懸けている。

 

「おい!!聞いたか!!みんな!!落ち合う場所はあの場所だ!!個々の生存を祈る!!!」


 そう言って、周りの団員に檄を飛ばす。

 

 落ち合う場所は『あの場所』。あの場所とは王城の前である。この言葉の意味は『師団としての統制を取ろうとしても無駄だから、自分自身で自分の命を守り、ガムシャラに我らが城に帰る』

 事実上の敗北宣言だ。

 

 そして、その言葉を聞いて、ある師団員は連れ立ってわき道にそれたり、ある師団員は行軍速度を上げて一人で行ってしまったり。

 一人、二人と自分が正しいと思う命の守り方を実践していく。

 

 その瞬間、多くの蹄の音が後ろで鳴り響く。

 バカッバカラッと地面を踏み鳴らし近付いてくる。

 

「ミーゼル皇国第一皇女イデア・ミーゼル!!!!!見つけました!!副師団長のアイト・イアルも一緒です!!」


 後方から聞き覚えの無い男の声が聞こえる。

 

「副長!!」「アイト様!!」


 左右からは不安そうな俺の部下の声。当然俺は副師団長として指示を出さなければいけない。思いつく作戦は一つ。怖くって、手が震えるがそれ以外の選択肢は思い浮かばない。

 

「ああ…俺の番か…」


 自分に言い聞かせるように考えを復唱する。そして胸に収まるほどの姫様の背中を見る。――そうだ怖がっている場合なんかではない。

 一度深呼吸をして姫様に話しかけ、手を添える。

 

「姫様、手綱を持ってください。」

「…え?」

「馬の乗り方…何度も練習しましたよね?俺は少し用事ができたので行かなくちゃなりません。ここからは一人で馬を走らせてください」


 甘えたな姫様。いつも俺の馬に一緒に乗って、笑っていた姫様。願わくは、王城まで俺が手綱を握ってエスコートしたかったが仕方がない。

 

「やだ…馬になんか乗れないもん…」

「姫様…わがまま言わないで。俺は知ってますよ、姫様が何回も何回も乗馬の訓練をしたこと」

「やだもん…アイトと一緒に絶対お城に帰るもん…絶対だもん…一緒だもん」


 姫様が俺の魔法衣の端を掴み、放そうとしない。目にはいっぱいの涙をため込み、顔を真っ赤にしている。

 だから、俺は一つの嘘をつくことにした。

 

「姫様…俺、姫様がかっこよく馬を操るとこ見たかったんですよね」

「……」

「見せてくれたら、俺もかっこよく後ろにいる奴ら…全員蹴散らして、お城に戻ること約束しますよ」

「…ホント?」

「本当ですよ。今まで俺が一度でも嘘をついたことがありますか?」

「……プリン、勝手に食べに行ってた。私に内緒で…」

「あはは…それは謝ります。他には?」

「……無い」

「そうです。俺は絶対に負けません。だから、先にお城に戻ってご飯の準備でもしておいてもらえますか?」

「……ん、分かった」

「それじゃあ、姫様…御無事で」


 そういった瞬間俺は馬を飛び降りる。

 

「アイト!!?」「アイト様ぁあ!?」「アイトォオ!!」


 愛馬が主君の不在に気付き嘶き、とどまろうとする。

 

「止まるな!!速くいけぇえええ!!!」


 その言葉に愛馬は再び走り出す。俺の姿を見て一緒に戦おうとしてくれる師団員もいるが。

 

「お前らも行っていい、一人でも多く姫様を守れ…俺の事は死んだと思ってくれ」


 そういって単身戦場に降り立つ。

 敵兵はアーデル帝国の精兵たち。

 眼前はその真っ黒な帝国の鎧で埋め尽くされている。 

 

 いくら俺が一般兵士よりいくらか強いとは言え…この数には勝ちようも無い。

 しかも、あいつとあそこの奴と…あ、あそこにも。姿絵で見たことあるような武勇の持ち手がちらほらと見える。

 

「皇女イデア、数人の手勢と共に逃亡!!!敵兵はアイト・イアル単騎!!」

「速やかに無力化後、皇女を追うぞぉおおお!!!」

 

 敵兵の声に手が震える、命が惜しい。


「参ったなぁ…でも…」


 唇を引き結び、歯を食いしばる。

 命を捨てる場所だと心で言い聞かせて、警鐘を鳴らす体の震えを押さえつける。

 

「姫様のために…恐れるな…俺。…よし、行くぞぉおお!!我こそは王国第一師団副師団長!!アイトなるぞおぉおおお!!この隘路!俺の屍無しに越えられると思うなぁああああ!!!!」


 咆哮ともに敵軍へ一歩前進をする。

 

 二歩目!!三歩目!!心を熱く、頭は冷静に。恐れを押さえつけろ。とにかく時間を稼げ。俺一人でこいつら全員を引き付けろ。


 指先に力を込め、呪文を唱える。

 

「炎精の声よ、その形を我の前に示したまえ!!声火発弾フレイム・スティンメ


 小さな火弾が五本の指先から飛び出す。アーデル兵当然の如く火弾を避けるが、その足並みは隊列を僅かに崩す。

 

声火発弾フレイム・スティンメ!!声火発弾フレイム・スティンメ!!」


 ガムシャラに火弾を吐き出し続ける。

 稼げ、時間を稼ぐんだ。相手は数を頼りに油断が見える。その油断をできる限りここで吐き出していってもらおう。

 

「んぐぁあああ!!小癪なああ!!左右から切りかかるぞ!!」


 そして読み通り、前線で盾になっている尖兵が剣を携え走りこむ。

 一人は右から袈裟切り。もう一人は左から逆胴。

 

 ――だが!!!すかさず俺も剣を抜き体を右に構える。

 

「つぅ!!うらぁああああ!!!」


 キィイイン!!と右の尖兵の剣を弾き、剣閃を左に誘導してやる。

 

「うぉ!!危ないではないか!!何をしている!!」

「す…すまん!!だ…だが!!」


 二人の連携にヒビが入る。この瞬間二人の命を奪うのは容易いが、それはしない。命を奪うことにより、敵が警戒を深めるのを避けるためだ。

 それに、こいつらと鍔迫り合っていれば後ろの奴らも援護を出し辛いだろう。

 

「おらあ!!かかってこい!!!副師団長アイトの首級はここだぞ!!声火発弾フレイム・スティンメ


 馬鹿の一つ覚えのように同じ魔法を唱え続ける。いつもは魔法力の消費を気にしてこんな連発しない様な魔法だが、今日はこれでいい。

 今日は魔法力が尽きるまで打ち続け、そのまま討ち死にをするつもりだからだ。

 

氷床の澱アイスタグネイション!!!」


 不意に黒い鎧の海の間を縫って、銀色の魔法が飛び出してくる。

 

「くそ!!おらあああああ!グゥウウ!?っつぅうう!!」


 剣を振るい何とか対応するが、残滓が足に降りかかり、靴を凍らせる。湧き上がる敵陣。

 

「足に被弾を確認!!機動力を活かして皆で攻め切るぞ!!」

「「うぅうおおおおおおおおおお!!!!!!!」」


 敵兵はここぞとばかりに喝を飛ばす。

 くそ、こんにゃろう…。こいつら、俺が一対一なら。そんな考えも過るが今は必要が無い。切り替えろ。

 

「この命…姫様のために…」


 落ち着きを取り戻し、剣を両手に構える。



 ……



 ………



 何人を戦闘不能にしただろうか?

 あと何人が残っているだろうか?

 俺の命はどれほどの時間になっただろうか?

 

 目もかすみ、気合で剣を振っているだけ。魔法力は当に尽きている。先ほどまではまだ魔法を打てるというフリをして立ち回っていたが、それすらもバレて万事休す。

 

「…ふぅ…はぁ…はぁ…はぁ…」


 だが、まだ気持ちは潰えていない。目は敵兵を睨み、口は不敵に笑う。

 

「だらぁあああ!!くらぁあああ!!!」


 肺から声を絞り出すように、剣を振る。

 

「敵はもう虫の息だ!!みんなでかかれえええ!!」

「横からだ!!魔法を使えるものは後ろから援護!!一気呵成だああ!!!」


 ドグゥウンン!!!

 腹に一発重い空気弾が入る。

 

「ゲホォッ!!グホォッ!!」

 

 吐き出す息に血が混ざる。それに隙を見たかのように、図体のでかい兵士が突進してくる。

 

「クソオォオ!!だらぁ!!だらぁ!!」


 目は霞み前が見えない。

 そんな状態で剣を振り回すが、ヒュンヒュンと空を斬るのみ。牽制にもならない。

 

「グヘヘエエ!!アイトォオオ!!討ち取ったりいぃいい!!」


 ドォオオオオン!!!


 体に重い衝撃が走る。

 踏ん張る足が宙に浮き、上と下が分からなくなる。

 

 ぐしゃりという音と共に、頬に土の感触。手足の血の気が急激に冷えて行くのを感じる。寒い…こんなにも動いているのに寒い。血を出しすぎたか。

 

 姫様…今頃は平原に抜けられたころだろうか。クラウシアさんは無事だろうか。俺の部下たちは…俺の馬は…心を通わせたみんなは逃げ切れただろうか。

 頭に浮かぶ姫様の笑顔。体に再び血が走るのを感じる。

 

「へへ…なんだ俺…まだ動けるじゃないか」


 ボロボロの剣を杖に足に力を入れる。そして、笑うのだ。とにかく不敵に笑う。

 

「なんだあいつ!!わ…笑ってやがる!!」

「化け物だ!!!もう立てるような体じゃねえのに!!」

「アイト・イアルは化け物だ!!」


 動揺が軍全体に広がっていく。

 そうだ、警戒しろ。とにかく俺を警戒しろ。

 何とか足に力が入って立っているだけ。だが、そんな俺を警戒しろ。石橋を叩いて叩いて叩ききれ。

 

「どうする…もしかしたら、はったりかもしれないぜ。お前ちょっと行って来いよ」

「バカヤロー!!あの【戦場の天才アイト・イアル】が奥の手が無いわけないだろ」

「そうだ!!いくんなら!お前が行け!!俺は魔法を打ち続ける作戦に賛成だ」

「で…でも、もう何人の魔法士の魔法力がつきかけているんだぞ!!これ以上は!!」


 そうだ…それでいい。とにかく創造しろ。張り子のトラを。

 もう俺にできることは立つことのみ。俺の横など通りたい放題だ。

 

「い、いや…動いてこないところを見ると」

「ば、ばか!!それが作戦なんだって!!いったら絶対やられるぞ。俺の勘がそう言ってるんだ!!」


 ざわざわと敵兵は騒ぎ立てる。

 ああ、姫様…俺、役に立ちましたかね。もう役割は終えたかな?躰が地面に転がろうとする。

 

 その時だ。

 

「我がアーデル帝国の精兵たちよ!!何を動揺している!!!前を向け!!!敵は単身なるぞ!!」

 

 黒き鎧の海を割って前に飛び出してきたのは一人の女性。

 漆黒の軍服に軍帽を纏い、真っ黒な長髪をたなびかせ、颯爽と歩きだしてくる。

 

「将軍!?」

「ユイシャ将軍!!!」

「将軍!?なんでこんな所に!!」


 先ほどの動揺とは違ったどよめきが生まれる。

 恐らく、この女性に向けての声がほぼすべてを占めているだろう。

 その女性はつかつかと俺に向かって歩き出し、ぴたりと俺の前で静止する。

 

「貴様が副師団長アイト・イアルか?」


 言葉を発した瞬間に分かる。こいつも強者だ。立ち振る舞い、言葉の出し方、俺に与える威圧感が半端じゃない。

 唇を噛み、飛びかける意識を痛みで引き締める。

 

「ふふ…そうとも、俺がアイトだ。それで…ゲホォ…おっと、わりいな…それで、お前は?」

「私は帝国軍将軍のユイシャ・スティングだ」


 なるほど、超大物だ。仮にこいつを討ち取れば俺は特進。クラウシア師団長の立場が入れ替わるほどの功績を得ることができる。

 しかし、今は虫の息の俺。そんなことはできるはずも無い。

 

「そうか…お前があの…」

「…ッ!?知ってもらっているとは光栄だ!アイトよ!」


 俺の言葉に僅かに動揺を見せるユイシャ。なんだ?良く分からんが、そんな動揺を利用できるほどの元気もない。

 

「それで…?お前が俺の死神かよ。ずいぶんと…可愛らしい死神じゃないか」

 

 ユイシャを挑発するように言葉を投げる。へりくだって死ぬのは武人の恥だ。最後まで、心は敵を睨んで。

 しかし返ってきた言葉は意外なものだった。


「か…かわいい!?っき…貴様誰にでもそのような言葉を言ってるのか!?」

「…は?」

「き、貴様は誰かれ構わずそんなことを言っているのかと聞いている!!!」


 顔を真っ赤にして怒っている。軍帽の唾を持ち目深にかぶり直し、俺と目を合わせない様に俯く。

 …え!?そこまで怒る?


「い…いや…、別にそんなに言うわけじゃないたまたまお前だったからだ…」

「わ…わたしだったから!?そ…そうかそうか…それなら良いか…。まあ良いアイト、単刀直入に話させてもらおう」


 ユイシャの雰囲気が変わる。

 

「……」


 無言ですらりと刀を抜く。抜き身の刀は鏡のように俺の姿を映す。なんだ…ボロボロじゃねえか。

 今から俺はこの刀で斬られるというわけだ。

 冷たい切っ先が喉元に当てられる。

 

「単刀直入に言おう…アイト取引をしよう。」

「…取引?」

「そうだ、お前はミーゼル皇国第一皇女イデア・ミーゼルを救いたいのだろう?」

「…当たり前だ」

「なら簡単だ。私はこのまま、お前の大事なお姫様を追わないでやる。」


 一瞬、何を言っているのか分からなくなる。

 姫様を…追わない?

 

「な…何を言ってるんですかユイシャ将軍!!」

「そうですよ!!このまま追いかけて!!捕まえれば…」


 後ろにいる帝国兵たちも諫言を叫ぶ。そりゃそうだ。もし敵国の姫を捕まえたとあらば、金は毟り放題。名誉も、地位も、金も何でも手に入る。

 しかし、ユイシャはそんな兵へ一喝。

 

「だまれええええ!!!!」

「!!?」「!?」


 この場がしんと静まり返る。

 場を彼女が支配する。そんな中俺が口を開く。

 

「ユイシャ…お前本気か?姫様を追わないでくれるのか?」

「ああ、そうだ。約束する。ただ、その代わりに要求したいものがある」

「…そうか、姫様の無事を約束してくれるというなら、この俺が差し出せるものなら何でも差し出そう」


 ユイシャがニヤリと不敵に笑う。

 握る刀を振り上げる。

 


 

「そうか、ならお前の命をくれ」



 その言葉を聞いた時、俺は心底安心してしまう。

 元より捨てる命、これで姫様が助かるならこんなにも安い取引は無い。

 ゴミが金へと化けた。

 

「そうか、勝手に持ってけ。この命……」


 そう言って俺の意識は堕ちた。

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