第17話 出前配達17件

 世間の高校と時を同じくして、鋼道学園(こうどうがくえん)も夏休みに入った。


 とはいえ、土魚により両親を亡くした少年少女の為の全寮制学園なので、普段とほぼ変わらない数の生徒が校内に見られた。そんな学園のお昼時、道矢はムスっとした顔でキッチンのテーブルに座っていた。なぜなら


「おい鳴瀬、場外ホームラン軒一箱持ってくけどいいよな」

「おにぎりそこにあんの全部くれ、はあ? 十個まで? いいじゃねーか全部貰ってくからな」

「なるっち、食パン二袋とハム二パック頂戴。え~、ランチ? また次の機会にね」


 といった具合に、買い出しを任された別コースの生徒達が備蓄された食品をねだりに来るからだ。


 そんな訳でお手製ランチは今日も人気が無い。

「くそう、またこれ先生達の晩御飯になんのか。俺は先生達のおふくろさんじゃないんだが……」


 春雨と凍み豆腐のスープ、大豆とベーコンの和え物を前に呟く道矢。

 育ち盛りの高校生には味気無い道矢の料理は、教員達、特に中高年の教員達には人気があった。


 そこへトスマホが鳴る。

 画面を見ると文乃からだった。

 通話に出ると、

「研究室にランチを持って来なさい、わかったわね。ふん」

 とぶっきらぼうに言われた。


――――例の“道矢ブチ切れ文乃ぼこられ事件”から三週間、道矢に対する文乃の態度はしょっぱいものだった。

 道矢が自分の心を滅多切りにした事をまったく憶えて無いのはわかったし、食べ物を粗末にすると現れるもう一つの人格の話も巳茅から聞き、納得まではいかないにせよ、ある程度許容出来た。

 更には食べ物を粗末にした自分を恥じ、ブチ切れぼこられ事件の事は綺麗さっぱり流そうと美味らの前で宣言までした。が、高いプライドがそれを邪魔するのだろう、つい素っ気無い態度で道矢に接してしまうのだった。


 知らぬが仏、道矢にすれば何故そんな態度を取られるのかまったくわからず、文乃に小さな不満を燻らせていた。


「お昼休みが終わったら行きます」


 なるべくそんな不満が伝わらない様返事をして通話を切る。


「まったく何だってんだか……しかし美味先輩と総長が何か文句言ってるの聞こえたけど……まあいいか」


 テイクアウト用のプラスティック容器にスープと和え物を詰める道矢。

 

 美味と総長は大食らいなので二人合わせて六パック、それに文乃の分一パック、計七パックを用意する。


「よし、と」


 額を手の甲で拭った道矢が笑みを浮かべる、そこへ戸が開いた。


「腹減ったぞ~」


 ヘソ丸見えでシャツを両手で扇ぎながら、夏用体操着姿の巳茅が入って来た。

 道矢がEEガンを収めたホルスターを一瞥する。


「おー、午前の訓練終わったか。お疲れさん」

「ふぃぃ~、涼しい~、エアコンは一日にしてならず。全ての道はエアコンに通ず。まさにミレニアムエアコン号だよ」


 座った椅子の背もたれに顎を乗せ、ショートツインテールをなびかせ心地よさそうに目を閉じる巳茅。


「ランチは春雨スープに大豆とベーコンの和え物、うっまいぞぉ」

「それはいらない! ベヤングがいい」


 ぴしゃりと言い返された道矢の顔が能面の様になる。


「ちぇ! いいよ、お前はそこでベヤングでも食ってろ。そしてインスタントまみれの烙印押された醜い口になっていろ」


 不貞腐れた道矢がプラスティック製のカゴに先程のテイクアウト用パックを並べ始める。


「はあ~何それ、爺さん婆さん好みのお兄ちゃんランチ、食べたい人いるんだ」

「お前が〝ぶっ殺したい、ぶっ殺したい〟言ってた例の二人、それと文乃先輩の分だよ」


 巳茅の顔が強張る。が、それはすぐ消えた。


「あ~、あの食い意地張ったバカ魚共か。しかしお兄ちゃんの料理気に入るなんて肉食べんの放棄したんかね? バカ魚の味覚はやっぱ理解出来んわ。うししし」


 そう言って口に手を当て笑う。


 寿司の一件以来心境に変化があったのか、クソ魚からバカ魚に呼び名が変わっていた。

 どちらにしても酷い呼び名ではあるが。



つづく

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