第3話:その水溜まりの深さは
大学を5年かけて卒業し、なんとか福岡の中小企業に就職できた。
営業会社で毎日テレアポを続ける日々で、ほとんど毎日誰かに怒られているが、収入だけは安定している。入社して1年半ほど経ったが、6人いた同期は既に4人が退職しており、残っているのは僕と同期の長谷部だけである。
といっても、長谷部はあと数日で退職するし、実を言うと僕も今月いっぱいだ。翌月から僕は知り合いのツテで清掃業者として働くことになっている。お金もなく、大した経験もない僕だったが、何の因果か出身地が同じの社長に拾ってもらうことになったのだ。しかし、僕のやりたいことは既に決まっていた。僕は文章を書くことでお金を稼ぎたい。出来ればひっそりと。そしてどうせなら、憧れだった東京の地で暮らしてみるのも悪くはないかもしれない、そう強く思い始めていた。
実際に東京に住むまでは多くの時間がかかってしまったが、僕は今、東京で暮らすことが出来ている。
ここに至るまで、僕は僕なりに、色んな経験を重ねてきたつもりだ。
人はいかにして“何者”かになるんだろう。ずっと疑問だったし、この正解が見つかることは多分この先もない。ただ、きっと何者かになる必要性もそんなにないのかもしれない。
どんなことをしても、何かを作ったり、表現しても結局自分は自分のままなのである。当たり前のことかもしれないが、こんなことに気付くのにさえ、また多くの時間を費やしてしまった。
僕がこれまでしてきたことは、きっと小さな出来事で雫一滴ほどの容量しかないのかもしれないが、そんな雫でも積み重なればいずれ大地を削り、水溜りになる。
その深さを、少しずつ深くしていきたい。その過程で何か生み出すことが出来たなら、それが僕の人生についてくるおまけみたいなものだろう。
少なくとも、今はそう思ってる。
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