第52話 カウントダウン:-3
隕石が落下するはずだった日から三日が経った。
前島歩は病院にいた。
今日、ようやく目を覚ました。
超えちゃいけない限界をちょっと超えてぎりぎり戻ってこれたが、衰弱が著しく寝込んでいた。
目が覚めてしばらくは声が出なかった。喉が裂けるように痛む。無理すれば話せるが、自分のものとはとても思えないしゃがれた声だった。
全身包帯だらけである。骨折はないが、筋肉という筋肉がズタボロだった。山の斜面を転がり落ちたとのことで裂傷や打撲も数多い。
二度寝して目が覚めたら病院はバタバタとせわしない。人が足りないのはもちろん、世間が動き始めてトラブルが頻発しているらしい。
そのうち収まるだろうと思っていたのだが、今は特にひどい。普段は聞かない看護師の怒鳴り声まで聞こえる。
何かあったのだろうか。
「歩くん、体は大丈夫」
「過去イチひどいです」
「だろうね」
聞き耳を立てていると、病室に真治がやって来た。
真治は一昨日から看護師に復帰したらしい。
同僚に首根っこ掴まれて引っ張ってこられたのだとか。
辞表を出したと言う真治に、同僚の看護師は「ンなもん俺が投げ返したから受理されてねえよ」と言い放ったらしい。
「なんか騒がしいですけど、何かあったんですか」
「隕石を壊したパイロットの一人が行方不明って話、知ってる?」
歩はこくりと頷いた。
インフラ関係の人たちは各国でも最後の最後まで働いていたらしく、電気はすぐに復旧した。
そしてIMBは世界に対してこう通達した。
「最後に残った大きな隕石を破壊したパイロットが行方不明になった。地球上に不時着しているはずなので、見つけたら即刻連絡するように」
瞬く間に通達は世界に広がった。見つけたら懸賞金が出るという話まで流れている。
公開された特徴は性別と身長、着ている服くらいだった。
名前や顔写真を公開しないのは、うかつに個人情報を公開できないのと、自力で連絡を取ると思われているかららしい。
自分で動けない歩の耳にも入るのだから相当な騒ぎだろう。
「そのパイロットが見つかって、IMBに連絡してたんだよ。IMBの人が迎えに来るまで面倒見る手はずなのにそのパイロットが消えて大わらわってわけ」
「なるほど」
理解した。世界を救ったパイロットの一人が見つかったというのは喜ばしいことだ。
病院としてもそんな人を逃がすわけにはいかないだろう。きちんとIMBに引き渡さなければ国際的な非難を浴びることすらありうる。
「というわけで、俺もゆっくりしていられない。またあとで来るよ」
「そのまえに」
「うん?」
「話、できましたか」
今朝、聞きそびれていたこと。
がらがら声の問いかけに真治はこたえる。
「できたよ」
歩は笑った。
「そっか。健治さんと仲直りできたんだ」
真治の顔は明るかった。きっと良い結果になったはずだ。
そのうち健治にも話を聞いてみよう。
真治が病室をあとにすると遠くの喧騒が聞こえるだけ。これからどうしようか、とりあえず寝ようとした歩だったが、眠れなかった。
ベッドの下から人が現れたからである。
歩は静かにパニックになった。
その人は身長が高い。筋肉質で大柄だ。こんな不審人物が現れたら誰でも怖い。
その人が背を向けているうちにナースコールしようとした手が掴まれた。恐ろしく機敏である。
「悪い、すぐ出てくからナースコールはやめてくれ」
心臓が止まるかと思うほど驚いたが、その人の行動には悪意がなかった。ズタボロの手は痛まないほどやさしく掴まれている。
「あの、あなたは」
「真治さんが言ってたパイロット。逃げようとしたんだけど、見つかりそうでやむなく君が眠っているうちにベッドの下へ隠れさせてもらった」
「はあ」
「お礼にこれをあげよう」
「これは?」
「隕石の欠片。なんかに使えるんじゃないか。そうでなくても置物くらいにはなるだろ。拾ってきたは良いんだが、よく考えたら邪魔なんだよな」
手渡されたのは青みがかった金属光沢のある石だった。隕石らしい。
先日見た時には空を覆うほど大きかったのに今ではこぶし大の大きさしかない。
歩がしげしげ眺めているうちにその人は姿を消していた。
目がさえてきた。
これからどうしようかと考える。
両親はまた歩の前に姿を見せるだろうか。もう会うことはないだろうか。
どちらでもいい。
考えてみれば両親はこれまで十分に歩の世話を焼いてくれた。
できれば一度会ってお礼くらいは言いたいが、無理にとは言うまい。
「死ぬ気でやれば山登りくらいできることは分かったし、いざとなれば探して会いに行けばいいや」
差し当たって調べるべきは入院費をどうやって用立てるか。
生活保護とか公共福祉の制度があるはずだ。今すぐ使えるか分からないが、調べておいて損はないだろう。
怪我が治ったらリハビリもしよう。
これからは自分の力で生きていけるように。
隕石に人の意思をエネルギーに変える力があると公表されて、歩が持つ隕石を見つけた人がひっくり返るのはしばらく先のことである。
―――
真治が勤めている病院に秀人が入院した。
秀人の父からそう聞いて、健治は花を用意して見舞いにきた。
今朝まで行方不明のパイロットが秀人だと思ってもいなかった。
健治が知る限り秀人は一番強い人間だ。行方不明や死亡といった単語が全く秀人と結びついていなかった。
今朝、父に秀人が行方不明だと聞いた時の衝撃たるや。
その直後に秀人の父から見つかったと聞いた時の衝撃たるや。
とりあえずお見舞いに行こうと考えるまでに少し時間がかかった。
「友達と思ったことなかった」と言われたのは記憶に新しい。
帰ってきたら問い詰めてやる、と意気込んでいたのにいざとなると緊張する。
秀人は大した怪我もなく元気そうだと秀人の両親から聞いた。
話をするなら今が最速のタイミング。
咲希の時には勝手な思い込みをして失敗した。
真治と話して時間を置くほど気まずくなると分かった。
行くなら今だ。
どうしても言っておきたい言葉がある。
一言だ。秀人が疲れていてもそれを伝えるくらいいいだろう。
病院に慣れてきたが、今もまだ中に入ることに抵抗がある。
よし、と気合を入れた。
正面玄関で突っ立っていたら邪魔だ。秀人の両親から病室は聞いている。院内に入れば病室まですぐ。
健治が一歩踏み出すと同時に、出口側のドアから人影が飛び出してきた。自動ドアが開きっぱなしになっていなければドアにぶつかっていただろう。
「あ、健治か」
「秀!?」
人影はぴたりと止まった。
健治は見舞いの花を落としそうになる。
病室にたどり着く前に遭遇するとは思ってもいなかった。
健治が困惑していると秀人は院内に視線を向け、舌打ちしそうな顔をする。
「見舞いだったら悪い、話はまた今度だ」
返事も待たず秀人は駆け出した。
その背はぐんぐん遠ざかる。
ぼんやりしていた健治はとっさに叫んだ。
これだけは絶対伝えておこうと思ってたことを。
「僕は秀を友達だと思ってる!」
これまで健治は秀人に頼り切りだった。
それは認める。思い返してみれば助け合うどころか助けられてばっかりで、これまで頼り切っていた事実に愕然とした。
確かに友達とは言えないかもしれない。周りから見たら頼れる兄と頼れない弟がいいところだろう。
だけど、誰かの意見なんて知ったことじゃない。友達なんて誰かに決めてもらうものじゃない。
これから対等になってみせる。自分の力で歩いて、時には頼って、時には頼られる人間になってやる。
これはそんな宣言。
また遊ぼうぜ、という気持ちを込めた言葉。
秀人は何も言わず腕を空に向かって突き上げた。
表情は見えないが、どんな顔をしているか分かる。
健治は見舞いの花をぶんぶん振って秀人を見送った。
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