第51話 カウントダウン:ゼロ②
※本日2話目の投稿です。
鈴片家で父に「そろそろだ」と言われた真治はベランダに出た。
空を見上げた。
爆発する隕石を見た。
「ははっ」
目頭が熱くなって、笑っていた。
―――
相沢佳花がカーテンを開くと、まもなく隕石が爆発した。
唖然とする佳花。
何が起きているんだろう、と考えるまでもなく結論が出ていた。
昨日、もう一昨日だろうか。秀人が来た。
まるで一週間後にも世界が続いているようなことを話していた。
よく分からないすごい飛行機に乗って去っていった。
根拠はそれだけ。確たるものは何もない。
けれど秀人が空にいると分かった。
「がんばれまっつー!」
―――
鈴片健治は走っていた。
空がちかちかと光ったのを横目で見る。
ああ、秀がやったんだ。
たったそれだけの感想を抱いて山に駆け入る。
咲希を探すために。
―――
「「隕石のばかやろ―っ!?」」
岩井咲希と松葉小百合は砂粒を空に向かって投げた。
その瞬間に隕石が赤く燃え上がった。
二人はぎょっとして後ずさる。
奇跡のようにシンクロした動作ののち、二人は顔を見合わせた。
まさかゆりちゃん? いやいやいやいや。
咲希が小百合を指差し、小百合が激しく首を横に振った。
あんな砂粒が隕石に届くはずもない。
二人して呆然と空を見上げる。
隕石はまだ空に残っている。
二人がじたばたしている間にもどんどん地球に向かって迫っている。
爆発しようがしまいが、地球に破滅が迫っていることは変わらない。
けれど、咲希も小百合も笑いをこらえるのに必死だった。
何がおかしいのかよく分からない。
けれどおかしいことが起きているのは間違いない。
おかしすぎて涙が出てくる。
「ねえゆりちゃん。変なこと言っていい」
「奇遇ですね咲希。わたしも変なこと考えてました」
「秀、いるよね」
「あいつ、いますよね」
咲希たちの前から姿を消すわけだ。
隕石を壊しに行くのに、このタイミングで二人と一緒にいられるはずがない。
確信があった。
あそこで隕石と戦っているのは秀人だ。
ひとしきり笑った二人は大きく息を吸い込んだ。
「やっちまえ秀―――!! 隕石なんかばらばらにしちゃえー!」
「ぶっこわせ馬鹿兄貴―――!! そんなのボッコボコにして帰ってこい!」
―――
「――っ!」
そして、松葉秀人は目を覚ます。
予定外の衝撃を受けて一瞬意識を失っていたらしい。
声が聞こえたような気がしたが通信は繋がっていない。勘違いだったのだろうか。
目の前には巨大な隕石が燦然と輝いている。
本来ならもう半分程度の大きさになっているはずの隕石が。
『オイ、なんだこれは!』
隕石の表面を切り砕き砲撃を有効にするための近接部隊を率いるヤンが通信を飛ばしていた。
一撃で隕石が砕け散っていないのはいい。もともと隕石の体積が大きすぎるため数回に分けて破壊する予定だった。
けれど、初回の攻撃を行ってほぼ大きさが変わっていないのはおかしい。最悪の想定でも四分の一くらいは削れているはずだった。
隕石が予想よりはるかに頑強だったせいか、想定の数倍の衝撃が跳ね返ってきた。追撃しようと近寄った秀人はそのあおりを受けたのだ。
『スキャンしています! 結果、出ました。目標、隕石……異なる性質を持った複数の層に分かれており、一度の砲撃で吹き飛ばすのは困難です!』
新たにスキャンした結果の画像が届く。
まるで芯がないキャベツのような画像だった。
IMBの予測では巨大な質量を通常兵器に耐性がある表層が包んでいるような姿だった。
だから表層さえ剥いでしまえばあとは火力を追求した攻撃で破壊できる。
そのはずだった。
『目標、およそ三十層構造。おそらく破壊しつくすためには、あと十五回前後の攻撃が必要となると……思われます……』
通信の声が次第にか細くなっていく。
当初の予定では三、四回も攻撃すれば隕石は粉々になるはずだった。破片が地球に到達しても大気圏で燃え尽きて地表には到達しない見込みだった。
そのはずが予定の五倍の耐久力があると判明した。
もはや人為的な、悪意ある構造とすら思える。
多くのパイロット、オペレーターの心を折るには十分だった。
月面基地から隕石を攻撃できるようになってすぐ隕石破壊作戦を開始した。
十回くらいは攻撃できる。万が一の可能性に備えて冗談交じりに一度は十回出撃パターンの訓練をした。
現実は冗談の五割増しでひどかった。
『おいシュウ……』
「…………な」
『シュウ?』
IMBの全員が動きを止めたことに危機を覚えたヤンは秀人と通信を繋いだ。
秀人ならこの状況でも動けるだろうと判断してのことだった。
しかし、その回線から流れてきたのは消え入りそうな声だった。
おい、と声をかけようとして、かけなかった。
「ざけんなざけんなふざけんな!」
怒りに満ち満ちた罵声が聞こえたからだ。
ヤンはそっと通信を月面基地を含めた全体に接続し、翻訳システムを起動した。
基地の人間には英語の方が通りがいい。
『おいシュウ、どうした』
「どうしたもこうしたもない! なんだあのでかぶつは!」
『ご立腹だな』
「これが怒らずにいられるか、こちとら地球に幼馴染残してんだぞ! 一人にゃ意味深に友達と思ったことなかったとか言って、一人には告白すらできてねえんだぞ!」
咲希への告白はIMBへ行く前にもできたが、しなかった。
戻ってきたら言う方がモチベーションになると思ったからだ。
健治に友達と思っていないと言ったのも同じ。秀人は健治をずっと弟みたいなものだと思っていた。だから面倒を見るが、友達とは思っていなかった。
隕石を壊し終わったらそのことを伝えて、改めて友達になってくれと言いたかった。
「なのにこの隕石野郎、ただでっけえ石ころの分際で調子に乗りやがって!」
『ハッ』
ヤンは笑った。
他のIMBメンバーは呆気にとられている。
目の前にあるのは隕石だ。でっかい石ころと言って間違ってはいない。ただ地球を滅ぼせるくらいでっかいだけ。
IMBメンバー全員がやけくそ交じりの笑みを浮かべる。
秀人をIMBに引っ張り込んだ東は、日本語の叫びを聞いて爆笑したい衝動をこらえて真面目くさった声で指示を出す。
「こちとらやってみたいこと大量に置いてきてんだ、邪魔するならバラバラにしてやる!」
『そうね、多少工数が増えたところでやることは変わんないわ。ちょっと技術部、怨霊のリミッター切って』
宇宙空間で怨霊が唸りを上げる。動きやすくするための制御装置を振り切っておどろおどろしく輝く。秀人が長年溜め続けた鬱憤を燃やし、引き絞られた弓のようにきしむ。
『総員、やっちまいなさい!』
『おう!』
指示権限を無視した東の号令に、すべてのパイロットが返信した。
―――
その日、地球に流星が降り注いだ。
世界の誰もが空を見た。
巨大な隕石が、徐々に近づいてくるはずの隕石が、少しずつ小さくなっていく光景を目にした。
日本における払暁のころ、ひときわ大きな光が走った。
それをきっかけに雨のような流星が走る。
満天の星空は数あれど、満天の流星を見たものはこれまできっと誰もいない。
真治は粛然と眺めていた。
佳花は涙目で笑いながら一晩中空を見た。
咲希と小百合は二人で声を上げた。
歩は声が出なくなっても叫び続けていたが、隕石が消え去った瞬間に失神して柵の向こうへ飛び出した。
健治は一晩中いきなり目の前に転がって来た歩を拾い、さすがに放っておけず担いで山を下りた。
全世界へ、IMBから隕石を破壊したと発表された。
世界中が湧きたった。
しかしIMBは浮かれていなかった。
パイロットがひとり、行方不明になったからである。
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