第22話

 秀人と東を伴い押っ取り刀で家に帰った。

 IMBへ行くと決めてすぐに両親と連絡を取った。世界が終わるまであと一年しかない。速やかに両親に説明し、訓練に入る必要がある。

 とにかく急ぎで、と言うと両親は時間を作ってくれた。

 両親は説明の初めから終わりまで唖然としていた。

 無理もないだろう。いきなり息子が隕石を殴りに行くと言い出したら頭がどうにかしたのかと思う。専門家を連れてきたとしてもその人が本当に専門家か分からない。全て事実だったとしてもなぜ息子が行くことになるのか。咀嚼するのに時間がかかることばかりだった。

 父は腕を組み眉間にしわを寄せ、母は目をぱちぱちさせながら首をひねっていた。

 数分その状態を続け、父が口を開いた。


「秀、行くのか」

「行く」


 たったそれだけのやり取りがあった。

 父は天井を仰ぎ、母は秀人を見て微笑み、それから二人は東に頭を下げた。


「息子をよろしくお願いします」


 松葉家の両親は比較的スムーズに受け入れたと言える。これまで秀人が数々の事件にかかわってきたせいで耐性ができていた。秀人は危険なことであっても自分でやると決めたら曲げないことも知っていた。

 目の前の女に唆されて危険な場所へ行こうとしているならどんな手を使っても止める。殴り合いで勝てる気はしないので泣いて土下座でもするつもりだった。

 それは杞憂に終わった。秀人は自分の意思で隕石を殴りに行くと決めていた。

 もう両親が何をしたって止まらない。ならば安全を祈るしかない。

 任されました、と真摯に頭を下げた東に連れられ自宅を後にする。

 東の車は特殊な窓をしており、車の中から外は見られなかった。


「秘密主義で悪いけどきみから万が一にでも情報が洩れたら困るからね」


 秀人の両親にも秀人がどこに行ったのか絶対に口外しないよう念を押していた。

 どこからか邪魔が入ることを防ぐためらしい。

 IMBは世界の滅亡を避けるために活動している。それを邪魔するやつがいるのか、と尋ねた。


「いるわよ、いっぱいね。世界が滅びないことを前提に利益を掠め取っていこうとするやつとか、ウチの技術者をさらって地球の外に逃げようとする馬鹿とか。応援って言ってありがたいお話をしてくれる門外漢もいたわ」


 東の顔は苦り切ったものだった。

 積極的に世界を救う邪魔をする者は少ない。

 しかし、もう世界が救われた気になっている者や自分だけでも確実に助かろうと考える者は少なくない。IMBとて物資や資金がなくては活動することができない。そのため研究環境を提供してくれる相手には相応の対応をしなければならない。無償で支援してくれる人は少数派。支援者はそれぞれの意向があり一枚岩には程遠い。

 一番厄介なのはカネもモノも出さないのに口出ししてくる自称専門家や素人だ。問答無用で追い出そうが警備員につまみ出させようが無駄に騒ぎ立ててチームの士気を削いでくる。

 それゆえにIMBは成果を公表することなくひっそりと活動を続けている。

 秀人の両親や秀人自身は機密情報を何も知らないが、関りがあるとバレた時点で平穏な生活を送ることは難しくなる。秀人経由でIMB全体の足を引っ張られる可能性がある。

 校長室で、両親には旅に出るとか適当なことを言ってIMBへ行こうと話す秀人と、止めもしない東に西田が怒った。


「ご両親に何も言わないってのはナシだ。東は未成年を預かるって自覚をちゃんと持て。松葉は合理的に考えたんだろうが、ご両親にあんまり心配かけるものじゃない。それに旅に出たなんて説明すればこまめに連絡が来るだろうよ。かえって誤魔化すのが大変になるぞ」


 世界が終わる瀬戸際で一般論にこだわる必要はないと考えている東でも言葉に詰まった。

 何せ正論だ。感情論でも理屈の上でも正しい。

 学校の監視カメラには東の姿がばっちり映っている。場合によっては未成年者略取誘拐の容疑で通報されるおそれがある。世界滅亡には劣るがそれはそれで恐ろしい。

 旅に出たなら連絡が来るというのも道理だ。きっと今どこにいるのかと尋ねられることもあるだろう。返信が遅れるくらいならともかく対応しないわけにもいかない。

つじつま合わせを行うスタッフを用意はできるが、合理的ではない。

 IMBは必要最低限の人員で回している。闇雲にスタッフを増やしては本末転倒だし、既存のスタッフは余計な仕事を載せられるほど余裕がない。いっそ説明してしまう方が簡単だった。

 両親の承諾を得て向かった先は空港だった。小型の飛行機が一台用意されていた。


「ちょうどタイミングよかったわ」


 担任に会うことが日本での最後の予定だったらしく、予め準備していたらしい。

 秀人に渡航歴はない。当然、パスポートを持っていない。取得しようと思って一時間で手に入るものではない。

 東は「気にしなくていいわ」と言って飛行機に乗り込んだ。秀人も後に続く。もう難しいことを考えるのはやめていた。

 思っていたよりも早くことが進んでいた。それは東の能力と権限が強いことの証明だと前向きにとらえることにした。

 飛行機の窓から外が見えないようになっていた。


「松葉君、スマホ貸して」


 何をするのか察しがついたので大人しく手渡した。東はケーブルを使い秀人のスマホをノートパソコンに接続した。自分の鞄の中からスマホを取り出す。見た目はスタンダードな長方形のものだが、ロゴはどこにもなかった。

 少し待って秀人の端末からケーブルを外し、ロゴなしスマホに接続した。


「このスマホは私が預かります。なんか適当に旅してるみたいに位置情報を流して、旅先について検索した履歴を残すようにておくわ。これはソフトで自動的に行うから、私に閲覧履歴は分からないから安心して。これからはこっちのスマホを使うように」


 東はロゴなしスマホをケーブルから外し、秀人に差し出した。

 おそらくこれから秀人のスマホにするような処置がすでにされているか、もともと問題ないように作られている端末なのだろう。

 試しに触ってみると今まで使っていたスマホと同じように操作できる。この短時間でデータ移行をすませたのかアプリまで同じものが全て入っている。

 データを消されたりするのでないなら問題ない。よく考えたら消されて困るような連絡先(データ)もないな、と思ってちょっとだけ悲しくなる。

 ――いや、相沢の連絡先は暗記してないから。あれは消されたら困る。

 自宅も携帯も暗記している咲希や健治と違って佳花の連絡先は覚えていない。消されて困る連絡先が一つもないという絶望からは逃れることができた。

 確認したところ佳花の連絡先もしっかり入っていた。挙動はもともと使っていたスマホより早いくらいで、何も問題はない。


「ところでこの飛行機はどこに向かっているんですか」

「IMBの訓練場よ。そこで必要最低限の能力と知識を身に着けてもらうわ」


 隕石を殴りに行くことは了承したが詳しい日程を聞いていなかった。

 まずはこれから一か月程度、IMBの施設で訓練しテストを受ける。合格すればIMBの主要施設に行き、そこでさらに本格的な訓練を受けることになる。


「もし不合格だったらどうなるんですか」

「その場合はさっさとお家に帰ってもらうわ。そのために訓練場の場所も、本部の場所も、具体的にどうやって隕石を殴りに行くかも教えてないんだもの。松葉君が知っている程度の情報なら誰も食いつかないし漏れても困らないからね」

「なるほど」


 これから秀人は隕石を殴りに行く。おそらく東たちIMBは隕石の破壊を目的としている。メテオブレイカーと名乗るくらいだ。間違いないだろう。

 誰かがなんとかしなければ世界が滅ぶというのに人類は一枚岩ではないらしい。東は隕石そのものよりも人間を警戒しているように見えた。

 東は隕石破壊作戦に使えると見込んで秀人をスカウトした。これから行く訓練場というところで使い物になるか確認するのだろう。

 合格すれば晴れて隕石を殴りに行ける。不合格ならそれまでだ。

 身体能力には自信がある。学力は高校生としてはそれなりだ。東も日本の公立高校にいる学生の学力がどの程度か想像はつくだろう。秀人が一か月必死にやっても届かないほど高く合格ラインが設定される確率は低い。


 隕石はさっさと壊す。

 そして咲希に告白したり佳花と駄弁ったりする。

 やってやる。やってやろうじゃないか。

 秀人は獣のような笑みを浮かべた。

 東は引いていた。


―――


 そして一か月が経った。

 秀人は試験に合格した。

 運動能力、健康状態は文句なし。学力方面は底辺ギリギリだった。特に英語が喋れないのが痛かった。

 周囲はみんな英語で会話している環境、英語を覚える必然性、なりふり構っていられない状況が功を奏し、なんとか片言で日常会話ができる程度にはなった。最上級の講師と学習環境がそろっていたことも大きい。

 合格を言い渡されたその日のうちに秀人はIMBの本部へと移送された。

 作戦の概要を聞き、冗談のはずがないと分かっていても冗談かと思い、実際に目の当たりにした。


「冗談じゃなかったのか」

「冗談に地球の命運かけられるほど私は芸人じゃないわね」


 秀人はIMB本部の格納庫にいた。

 そこで作戦の要となる建造物を見ていた。


 金属の塊だった。遠目に見ても相当な重量があると分かる。

 巨大だった。高さにして三十メートル、横幅十メートルはありそうだった。

 中心部は丸みを帯びている。頂点にもうひとつ球体に近いものがついている。そして左右にはそれぞれ上部と下部に角ばった長いパーツがついていた。


 要するに、人型だった。

 巨大な人型ロボットが秀人の前に直立していた。


「殴りに行くって比喩的な表現化と思ってたんですけど、まさか本当に殴るんですか」

「まさか。ちゃんとビームサーベル装備させるわよ」

「つまり斬ると」


 混乱は収まり機体の細部を観察する余裕ができてきた。

 ロボットは全体的に黒を基調としていた。ところどころ赤や金、紫色がアクセントのように入っている。どこかおどろおどろしい雰囲気をまとっていた。

 日本式の甲冑を巨大化したような形状だった。丸っこい胴体は鎧の同部分、頭は兜をかぶり、手先は頑丈な手甲に守られているようにも見える。

 そう、ロボットには手があった。それを使ってビームサーベルを持たせるつもりなのだろう。

 頭が痛くなってきた。


「正直に言うと、隕石に新型のミサイルでもぶつけて破壊するもんだと思ってました」

「そういった役目は別の部隊ね。あんたの乗るこいつは近接型。隕石に近づいて表面を削るための機体よ」

「隕石に近接戦闘を挑むとか正気ですか」

「あんた説明聞いてなかったの? ていうか隕石を殴りたいって言ってたやつの台詞じゃないわね」


 説明は受けていたが、そんなバカなと困惑しながら聞いていたのであんまり頭に残っていなかった。

 東は仕方ない、とため息をついて再度説明を行った。


「ざっくり説明するわよ。

 隕石は表面を特殊な被膜に覆われているの。それが物理兵器に対して強い耐性を持っているってワケ。だから核ミサイルを何万発と撃ち込んでも壊せない。

 私たちIMBは被膜のサンプルの入手に成功したわ。そして研究の結果、隕石の被膜が人間の感情をエネルギーに変換する性質があると発見した。感情を変換して生じたエネルギー……感情エネルギーは被膜に強く作用することもね。

 だから、被膜の欠片をコアに据えて、感情エネルギーで動き、感情エネルギーを出力するロボットを生産した。これで隕石をぶっ壊しにいくのよ」


 ロボットには近接格闘タイプと遠距離射撃タイプがある。

 前者は射程が短い代わりに高濃度の感情エネルギーを放つ武器を装備して隕石の表面の被膜を削る。

 後者は感情エネルギーを射出する武器と通常兵器を装備して、近接格闘タイプが削った部分を砲撃し隕石を破壊する。

 ロボットの操縦には高い反射神経とバランス感覚、肉体の強度が必要となる。さらに感情エネルギーを十分に保有している人物でなければロボットに乗る意味がない。

 東は常に感情エネルギー計測器を持ち歩いており、校長室まで来た秀人がロボットを起動しうる人材だと気付いたらしい。なので自分は隠れて話を聞いたのだとか。

 すでに複数のパイロットを確保しているが、地球の命運がかかっているだけに十分ということはない。東は保険となるアイデアを求めるのと同時に、まだパイロットがいない機体を動かせる人員を探していたのである。


「なんつーか、随分ご都合主義的な話ですね。人類のピンチにいきなり新物質が見つかって、それが気合で動いてピンチをひっくり返す性質があるなんて」


 現実では危機に陥った時に都合よく解決してくれるアイテムなんて見つからない。実体験を踏まえたそんな考えから、出来の悪い漫画のように感じてしまう。

 横にいた東が秀人の頭をチョップした。


「馬鹿言ってんじゃないわよ。何百何千って天才たちが必死こいて地球を救う道を模索したの。そうやって見つけたものをご都合主義で片付けるな。次言ったらグーで行くわよ」

「……はい、すみませんでした」


 地球滅亡を回避する方法を探していた人は何百万人もいる。その中でも選りすぐりの研究者たちが、さらに大勢の人たちの支援のもとで何年もかけて打開策を実現した。

 それがご都合主義だと言うなら全てのサクセスストーリーがご都合主義になる。

 ご都合主義的だと感じてしまうのは秀人がぽっと出の部外者だからだ。打開策の模索、発見、実現までの過程を知らないからこその感想である。


「今後はこの機体の操作方法を覚えてもらって、機体のテストや慣熟訓練をしてもらうことになるわ。これまで以上に忙しくなるから覚悟しておくように。何か質問はある?」

「じゃあ、とりあえずひとつだけ」


 聞きたいことは山ほどあるが、今は質問すべき内容が整理できていない。作戦に関すること、機体の扱いに関することはまた次の訓練の時に聞けばいい。

 今すぐ聞きたいことはひとつだけ。


「このロボット、名前はあるんですか」


 東はよく聞いた、と言わんばかりの笑みを浮かべた。


「こいつは対隕石第三世代搭乗式人型近接格闘兵器。

 その名も(コードネーム)ON-RYOよ!!」

「だせえ!!!」


 IMBの正式名称を聞いた時にはこらえた言葉が飛び出した。

 自分が所属している組織の名前はインターナショナルメテオブレイカーだった。

この組織にはネーミングセンスのある人材が致命的に欠けていると痛感した。


 おどろおどろしかったロボットが急にかなしげに見えてきて、さっそく愛着がわいた。


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