第19話 サーティン・LBの経歴②

「仕事はまあまあ。まああまり銀行における金稼ぎに積極的ではなかったけど、こんな風に、近くの星域の新聞社に文章の投稿や、時にはちょっとしたコラムの連載なんかも持ったりして、結構気楽にやっていたみたいだ」

「……それってすごく優雅ってことじゃない?」

「実家が大きいところだったって言うからね……」


 まぁったく、と女史は両眉を上げる。


「ところが彼にも転機が訪れた」

「転機?」

「でもまあ、それでも結構その銀行には居たらしいね。7~8年ってとこかな。だからまだ三十代に行くかどうかって程度なんだけど……その時に、また最初の仕事を紹介してくれた先輩が、今度は別の会社に誘った」

「それがMA電気軌道?」

「そ。つまりは、LB社の前身。彼は当初、そこの雇われ社長だったんだ」


 へえ、と彼女はうなづいた。


「社長になったいきさつまでは知らなかったわ」

「うん。まあ結構彼に関しては、その後の業績のほうが華々しいから、あまりそのあたりまでは気にする人は少ないしね」

「でもそんな、銀行の方はわりとぱっとしなかったのに、その先輩も思い切ったことしたわね」

「というか、銀行って体質に合わない、って思ったんじゃない?」

「組織に?」

「うん」


 うなづくと、ディックは部屋の隅にあるキッチンに歩き出した。あ、私にもお茶ちょうだい、と女史は声を飛ばす。すると私もあたしも、と女性達が次々に声を上げる。そして俺にもな、と編集長までが言うので、彼はははは、と乾いた笑いを立てながら、ケトルに水をある程度入れてコンロにかけた。


「オリイ君は何がいい?」


 ディックは何げなく訊ねた。すると端末に向かっていたオリイははっとして立ち上がる。あ、そうか、とディックは近づくオリイが何かを探していることに気付く。棚の一つの扉を開くと、ディックはストックしている茶やドリンク類のもとを指し示す。


「ごめんごめん。ここにレパートリーがあるんだけど」


 ぶんぶん、と二度首を縦に振ると、オリイは棚の中に手を入れて、オレンジ茶を取り出した。ほいほい、とディックはそれを受け取る。

 数分して、オフィス内で数種類のドリンクや茶を配るディックの姿があった。


「ほいオレンジ茶。君もちょっと休みなよ」

「そうそう。根詰めると綺麗な顔が台無しよ」


 そして女史はオリイを自分の隣の空いた席にと呼び寄せる。


「で、続き続き。どうなの?」

「ちょっと待ってよ、俺にもコーヒー呑ませてってば……はいはい続きね。何処まで話したっけ」

「MA電気軌道の雇われ社長になったとこから」


 女史は手にココアの入ったカップを持ち、答える。オリイのオレンジ茶と、ディックのコーヒーと、三つ巴の香りが一気にそこに広がる。


「まあはっきり言って、当時MA電気軌道は、大した会社じゃなかった訳だ。チューブ自体が、あまりぱっとしない交通機関だったからね。むしろ船のほうが多かった」

「そういえばそうよね。わりと最近なんだ。チューブで簡単に行き来できるようになったのは」

「うん。それまでの船も便利は便利だったんだけどね。ただ、結構空象に左右されるだろ、船って」


 女史と、そして話に耳を傾けていたオリイもうなづく。


「チューブは一度その軌道さえ作ってしまえば、そういう心配が少ない訳よ。だから、距離の短いコロニー同士の交通や、ちょっとした行き来には、このほうが便利だし、安定すればコストも低くなる。もっとも、他星域ではどうかな。あくまでここが、コロニーが近接している星域だから、ってことがあるからね。ただ当時は、逆に、その他の星域の事情をそのまんまこの星域の開発に持ち込んでしまっていたから、違うことをする奴がいなかったってことになるかな」

「その時点では、軌道はできていたの?」

「いや、計画段階。で、サーティン氏は、まだ当時は母星に居たんだけど、その時全部のコロニーをざっと回って、これは成功する、と思ったらしい」

「アイデアはあったの?」

「軌道を作ろう、っていうのは、彼のアイデアじゃなかったみたいだけど、それをどう使うか、は彼のアイデアだったようだよ」

「例えば?」

「安価な住宅コロニーの建設」

「……そんなの作るだけでずいぶんなコストじゃないの」

「いや、宅地分譲は、それをちゃんと目的にして、母星だけでなく、他星域にも告知いたから、結構な利益にはなったんだ。何と言っても、当時はとるものもとりあえず逃げ出す人も多かったからね。だから、まあある程度の収入に合わせた、それでいて、ちゃんと分割払いもきくような、さ……」

「……そりゃまあ、当時は、『完全に安全な場所』なんてあって無いようなものだったからね……」

「そ。だから、仮の宿、という発想の人も多かったらしく、だけどそこは一応ちゃんと『自分の家』だろ。その点と、それにまあ元々この星域が、さほどに被害を受けていなかった所だ、というのがあったね」

「結局は受けてしまったけどね」

「そ。だけどとりあえず、その時点で、この星域は当時のアンジェラス軍から攻撃を受ける理由が無かった」


 ふうん、と傍らのオリイがうなづいているのを、女史は感じる。


「ま、だから後は、チューブを作り、コロニーを増設し、その停まるごとに特色を増やした、っていうのが大きいね。例えば、LB大劇場とそのお抱えの歌劇団」

「あれは有名よね」

「あれは、元々、そういう風に場所を使うつもりはなかったらしいね。ただ、当初やろうと思った施設が失敗したので、その代わりにそうしたらしい。そしたら意外に当たったんで……」


 そう。そこからはとんとんと行ったのだという。ところが……

 言葉を止めた彼に向かって、女史は続きをうながす。


「ごめん女史、ここで止まってるんだってば」

「あらそう? それじゃあ仕方ないわね。それじゃあほら、この子にも手伝ってもらって、ちゃんと資料整理しなさいね」


 そしてよろしくね、と言いながら彼女はぽん、とオリイの肩を叩いた。

 ディックが口を濁したのは、そこから先のサーティン氏の足取りが不透明であるからだけではない。そこまでが割合簡単に、さっぱりとした足取りとして追うことが可能なことに対して、その後が、どうにも入り組んでいるからだった。

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