第4話 「まだるこっしいね」
「だとしたら、あなたやっぱりカンがいいのね」
「昔っからそう言われているよ」
「そう。あなたの思う通り、それを何とかできるのは、そういないわ。だけど全くいない訳じゃない。そうでしょ?」
彼はぱく、とパスタを口に入れながらうなづいた。オリイは黙々と自分の前の皿の中身を片づけていく。極端な程に、その中にはそのメニューのメインのような海産物が欠けていた。
「つまり、あなたには、それを見つけだして、無駄なことはやめる様に説得して、連れてきて欲しいの…… それに、あなたが探している人の条件にも」
とん、と彼はフォークのお尻をテーブルについた。マルタは慌てて言葉を止めた。心臓の鼓動が高鳴るのを彼女は感じる。
「で、その相手の、現在位置は判るの?」
「判るわ」
マルタはうなづいた。
「このウェストウェスト全般のチューブを経営している、LB社に居るのよ」
「LB社」
彼は繰り返す。
「あまり外では聞いたことのない名だね」
「割と最近よ。元の輸送専門の、MA電気軌道が名前を買えたの。総合企業体を目指しているのかしらね。……で、ここ数年で、急速にあの会社がここいらのチューブをとりまとめるようになったのは。サーティン・LBが出てきてからね」
「ここいらでは名士?」
「いいえ、出身は違うみたい。でもしばらく、こっちの銀行やら企業で色んな役を経てきたみたいね」
「経験豊富」
「というか、トップに立たない限りはただの器用貧乏、というタイプかもしれないけどね。保守的な上層部には嫌われるタイプってあるでしょ」
彼は全くだ、と実感を持ってうなづいた。
「それが本当の器用貧乏なのか、才能の一端しか見せていないか、ということを見分けられない上司の下に居るんじゃ不幸、ってタイプってことだよね」
「たぶんね」
マルタはフォークとナイフを斜めに置き、ちら、と半分無くなったグラスに目をやる。
鷹はそれに気付いたのか気付かないのか、さりげなく近くにあった深い緑色のボトルを手に取ると、彼女のグラスに注いだ。
「ありがと。あなた時々、職業間違えたんじゃない、って思うわよ」
「俺だってそう思うな」
すっ、とボトルの液体を、こぼさずに引き上げながら、彼は全くだ、と自分の中で繰り返した。それで済めば、世界は自分にとって、とても平和なのに。
「その、サーティン氏と、あなたの言うその人物は何か直接に関係があるの?マルタ」
「五年前は、ただの一事務員だったのよ。ところが、今年になって、いきなりその社長付きの秘書の一人に抜擢されてるのよ」
「ふうん?」
「確かに能力のある者は抜擢する、という風潮はあるのよね。結構飛び級的に良い役に付く人もいるし、その逆に、業績悪化や、客に悪い印象を与える所動をした人は降格。だけどある程度の家庭事情とかそういうのは考えられているし……」
「サーティン氏一人でそうそう目が行き届く?」
「ああそれは、内部にそれなりにちゃんとそういう内部監察の組織があるみたいね。ただし隠密裡にらしいけど」
ふふ、と彼女は笑った。
「で、その能力のある人でも、初めは、履歴も隠されて下っ端に回されることが多いみたいね。それで現状を良く知った上で、それぞれの能力に見合ったポストを用意する、っていうか……」
「すると、その人物は、当初から能力を見込まれていたってこと?」
「という可能性もあるし。その内部監察の集団が、その人物の特異性に気付いて、社長に上申したってことも考えられる訳よ」
なるほど、と彼はうなづいた。
天使種にとって、その正体を隠したいのなら、一所には留まらないのが原則だ。一つの企業で精を出して働くなど、もっての他だ。
最高十年というところだろう。大抵が、最も活動に適した肉体の時間で止まっている筈だから、それ以上に老いない、ということは、周囲の人間の疑惑を持たれるもととなる。
今の彼の属している組織は、その種族であることが前提だから、それは問題にはならないが、普通の、変化も進化もしない人間達の間では、それは致命的なものだろう。
「その人物は、それじゃどうして、馬鹿なことをたくらんでいるんだろう」
「それは判らないわ。それは鷹、あなたのほうがよく知っているんじゃないの?」
「どうかな」
彼もまた、フォークとナイフを、斜めに置く。オリイも既に、半ば退屈そうに、二人の話を聞いていた。
するとウェイターがやってきて、食器を片づけ、代わりに小さな皿が置かれた。
大皿に盛られた小さな、色とりどりのデザートが、彼等の前に差し出される。乳製品の香りがややきついかと思われる一片と、香り高い赤い実を使ったタルトを選んだ彼女の後で、オリイは果物がふんだんなデザートを数種類選んだ。そして鷹は丁重に手を振る。
「相変わらずあなた、果物は好きね」
オリイはうなづいた。
「……それで鷹、話は戻るけど」
「まだるこっしいね」
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