勢いで初期装備の服すら売り払った俺は、パンツ一丁で異世界を生き抜くようです。

比良坂わらび

1話 初期装備、売っちゃいました 

「おめでとうございマース! おまえは死にやがりましタ!」


 俺が目を覚ますと、そこは宇宙空間のような場所だった。

 

 目の前には、金髪碧眼へきがんの巨乳美女。なにやらギリシャ神話の神様みたいな恰好をしたその女は、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべている。


「死んだ……って、どういうことだよ」


 まったく状況が理解できない。


 俺は確か、ある「手術」を受けている最中ではなかったか。


 自分の体を見ると、俺はいつも着ているジャージではなく、中世風の粗末な衣服を身にまとっていた。


 俺が戸惑っていると、目の前の金髪美女が口を開く。


「言葉通りの意味デース。


 小判こばん 一郎いちろう、二十七歳。


 趣味はネットゲーム「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」で、そのゲームに課金するカネほしさに腎臓じんぞうを売るなんてことをやらかすクレイジー無職……そんなおまえは、残念ながらもう死んでいるのデース!」


 女は片言カタコトの日本語で俺のプロフィールを叫んだあと、こらえきれなくなったように笑いだした。


 なぜこの女が俺のことを知っているのか……なんてことは、いまはどうでもよかった。ただ、女の態度に言いしれぬ不安を覚えた俺は、おそるおそる彼女へと問いかける。


「た……確かに俺は、課金するカネほしさに、怪しい奴らに腎臓を売ることにした! だけど、腎臓を取り出す手術で死ぬなんてことがあるのか⁉ いや、それとも、最初からあの怪しい奴らは俺を生きて帰す気なんてなかったとか……⁉」

「両方、不正解デース」


 冷や汗を浮かべる俺を見て、金髪美女は冷酷に告げる。


「おまえの死因は……『おまえの手術をした闇医者が、腎臓とまちがえて心臓を摘出しちゃったから』デース!!」


 ……。


 …………。


 …………………は?


「いや待て、おかしいだろオイ! 腎臓と心臓の違いくらい俺でもわかるわ! なんで間違えるんだよ⁉」

「闇医者デスよ? 無免許の医者になにを期待していたんデスか?」

「無免許っていっても、こういう場合は普通の医者より腕がいいもんだろ!」

「残念ながらおまえの手術をした闇医者は医大にすら行ってませーン。免許といえば原付げんつき免許くらいしかなかったとか」

「普通自動車免許すらなかったの⁉」


 かくいう俺も自動車免許は持っていなかったのだが。


 そんなことは棚にあげて、俺は女神風の巨乳美女へと叫ぶ。


「だいたい、あんたは何者なんだよ⁉ そんでもって、ここはどこなんだ⁉」

「ワタシの名は『――――・――・――』……オッと、おまえごときのレベルでは、まだワタシの真名マナを認識することはできないようデスね」

「いやちょっと待て、いま明らかに名前の部分を適当な言葉でごまかしただろ! ゲームとかでそういう演出よくあるけど! 意味深なこと言えばいいってもんじゃねぇぞ!」

「ちっ」


 なぜか舌打ちしたあと、金髪美女は「やれやれ」とばかりに告げる。


「ワタシは女神マドレーヌ。『たましいの転売屋』デース」

「たましいの……転売屋?」


 聞き慣れない言葉に、俺は首をかしげる。


「そうデース。女神の仕事は、数ある世界に生きる『魂の数』を調節すること。多すぎず少なすぎず、いい塩梅あんばいに生き物の数を調整しているのデース」


 そう言って、金髪美女――女神マドレーヌは右手を掲げる。すると、彼女の動きに呼応するように、周囲の宇宙空間の中からひとつの星がこちらへと引き寄せられてきた。


 星に見えていたものは、巨大な光の球であった。中をのぞきこむと、そこには現代日本の都市部の景色が映し出されていた。


「これは、おまえがもといた世界デース。一度死んだ者の魂は、ふつう女神の手によって同じ世界に生まれ変わるものデスが……この『地球』はけっこう魂の数が多いところなので、いま死んだおまえみたいな魂は、数の都合で生き返ることができまセン」


 しかし、と女神は言って、


「そうなると、おまえの魂が不良在庫としていつまでも残ってしまいマース。こまったこまった」

「人を売れ残りみたいに言うな」

「そこでデスよ!」

 

 俺の言葉を完全に無視して、女神さまは告げる。


「せっかくなので、生物の数が少ない別の世界に、おまえの魂を転生させてやろうというのデース! 感謝しろ!」

「……それで、魂の転売屋ってか」


 なんとなくの成り行きを悟って、俺はため息をつく。


「つまり、俺はこれから異世界に生まれ変わる……ってことなんだな」

「正月に餅を食う年寄りくらい飲み込みがはやくて助かりマース」


 その例えはどうなんだ。


 とツッコむ労力も惜しかったので、俺は女神に続きをうながす。


「で。俺がこれから行くのは、どんな世界なんだ?」

「それがデスね……聞いて驚け見て死にやがれデース!」


 謎の慣用句とともに女神マドレーヌは両手を前に突き出す。


 今度は、はるか遠くから青白く輝く「星」がこちらへと飛んできた。


 その巨大な光をのぞきこんで、俺は驚愕の声を漏らす。


「こ、これは……⁉」


 さまざまなモンスターが生息する平原。


 中世風の巨大な城と、人でにぎわう城下町。


 古びた遺跡が顔をのぞかせる、うっそうとした密林。


 それはまさしく、俺が人生をかけてプレイしてきた「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」の世界そのものであった。


「どういうことだよ⁉ 異世界って、まさかゲームの……電脳空間みたいなものなのか⁉」

「違いマース。このゲーム脳が」


 無駄に辛辣しんらつな罵倒を食らってしまった。


「これは確かに、命が息づく『現実』の世界デース。……まぁでも、もちろん、おまえが遊んでたゲームと無関係ではない……それどころか、ほぼ一緒デスけどね」

「……?」

「開発者が、どうやってそのゲームの世界観を思いついたか、知っていますカ?」


 突然の質問だったが、俺はそれに答えるべく記憶を探る。


 「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」は、大手ゲーム会社のとある社員が残業に残業を重ねた結果に見た「幻覚」がその元ネタになったと聞いたことがある。あまりの疲労感で意識が朦朧もうろうとするあまり、その社員は異世界のまぼろしを見たというのだ。


「まさか」

「そのまさかデース。強いストレスによって開発者の社員の魂が一時的に肉体を離れ、別の世界へと降り立った。まぁ、すぐにその魂はもとの肉体に戻ったみたいデスが……彼が見た異世界というのが、そう、この世界というわけデスよ!」


 びしっ! と女神が指をさしたのは、目の前にある青白い光の球であった。


「その名は『モテュピィエ』! 剣と魔法の異世界デース!」

「も……もちゅピ……え?」


 女神の発音が良すぎて、俺はそれを復唱することができない。


「ノンノン、『モ・テュ・ピィ・エ』デース!」

「もてゅ……もてゅぴ……もちぴえ」

「おっと、おまえごときの滑舌かつぜつでは、この世界の名前を呼ぶことすらできないようデスね。かわいそうに」

「今度は事実なのが腹立つ……!」


 とはいえ、目の前の女神にイラついていても仕方がない。


 あの「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」の世界に転生できるなど、願ってもなかったことだ。それこそ、死んでよかったと思えるほどに。


 俺は前のめりになりながら、女神に言った。


「よし、そんなら早速、俺を転生させてくれ!」

「ふふ、せっかちなボウヤデスねー。そんなに生き急いでいるのはブームが過ぎ去った一発芸人か、再生数が伸びない動画配信者くらいのモンですよ?」

「ムダに悲壮なたとえを出すのはやめろ!」


 いろんな人に失礼だろうが。


 なんていう俺の声はどうやらこの女神には届いていないらしく。


「ん~、さっきからやけに不遜ふそんな態度が目立ちマスねー。せっかく超絶武器を与えてやろうと思っていたのに」

「なに?」


 超絶武器?


 その言葉に引っかかりを覚えて、俺は顔を上げた。


「本来なら同じ世界に転生させるべきところを、別世界でしてもらうということは……なにかしらの特典を与えなければ不公平ということデース」


 そして、女神はどこかから巨大な剣や重厚な鎧を取り出してきて、俺の前に並べる。


 そのどれもが、「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」の超レア武器・防具とよく似た見た目をしていた。


「まさか……これをくれるってのか⁉ 助かるぜ!」

「どういたしましてデース。利子はトイチで勘弁してやりマスよ」

「やった、『魔剣フランクフルト』に『邪龍ニューヨークの鎧』……! こいつがあれば、無双だって夢じゃ……って、え? トイチ?」


 ぱちくり、とまばたきをして、俺は女神を見る。


 彼女は「当たり前だ」とでも言わんばかりの顔で、


「最難関のダンジョンに潜ってようやく手に入る装備を、最初に与えてあげようというのデスよ? そりゃあタダってわけにはいきませン。ない分のカネは借金でおぎなってもらいマース。利子は、十日で一割……トイチで勘弁してやりマス」

「いやいや、十日で一割って……ぼったくりにもほどがあるだろ!」


 叫んだあと、俺はハッとして女神に問う。


「ああでも、装備をここで購入できるっていうなら……日本円での支払いはできるか? それなら、腎臓を売ったカネがあるはず……!」

「残念ながら、腎臓を摘出する前におまえが死んだので、おまえの口座にカネは振り込まれていまセーン。そしておまえの口座の残高は五十二円デス」

「ちくしょう! 働いとけばよかった!」


 いまさらながらに後悔するが、もう遅い。


 女神は悪魔の微笑を浮かべて、俺へと迫る。


「どうしマスか? ここで最強装備を手に入れなければ、転生したあと苦労しマスよー? 転生後の初期装備といえば、いまおまえが着ている、みすぼらしい麻の服くらいしかアリマセンからねー。あとはつまようじとか」

「ぐっ……!」

「そしてワタシは、おまえから巻き上げたカネで最新のマッサージ機を購入するのデース。最近肩こりがひどいので。巨乳はつらいよ」

「ちくしょう……っ!」


 これ以上、こいつの好きにさせておくわけにはいかない。


 俺の心に渦巻くのは、この腐った女神への反抗心であった。


 ――なんでもいい。こいつを、ギャフンと言わせたい。たとえ俺がどうなってしまったとしても……。


「おい、女神」


 俺はできるだけ平静をよそおって、目の前の女へと告げる。


「ここで装備が買えるってんなら……逆に、ここで装備を売ることもできるんだな?」

「ウン? まぁ、できないこともないデスが……?」

「そうかよ」


 そして俺は、質問の意図をはかりかねたように困惑する女神へと――


 言った。



「そんなら、俺は。あんたに借りをつくるのは嫌だからな」



 俺が言い終えてから、たっぷり三十秒もの沈黙がつづいた。


 そして。


「……く」


 こらえきれなくなったように、女神マドレーヌが笑いだす。


「あーははっはっおほほほほぎょぎょぎょぎょぎょ‼」

「どういう笑い方だそれ⁉」


 やがてひとしきり笑い終えた女神は、涙目になりながら俺を見た。


「初期装備ぜんぶ売るって……宿屋一泊の代金にもなりまセンよ⁉ それを、意地だけで決めるなんて……だから無職なんデスよ、おまえ」

「ぐっ……悪かったな!」

「――でも、気に入りマシタ」


 そこで、女神マドレーヌは一転して真面目な表情を見せる。


 彼女が右手を掲げると、俺が着ていた衣服が突如として「消えた」。


 まさしくパンツ一丁。


 不思議と、恥ずかしい気持ちはなかった。むしろ――文字通り、生まれ変わった気分だった。


 ハイになっているのかもしれない。


 露出狂か、俺は。


「その勇気と無謀さに免じて、『特殊スキル』を伝授しまショウ」


 女神が左手をあげると、今度は黄金に輝く光が生まれた。その光は俺のほうにふわふわと漂ってくると、顔の前で制止する。


 次の瞬間、その光が勢いよく俺の口の中に飛び込んできた。


「なっ⁉ もごっ……もごごっ……⁉ なんだこれ、しょっぺぇ!」


 その光は海水にひたしたイカみたいな味と食感がした。


 光は俺の口の中で踊り狂ったあと、のどを通って体内へと侵入する。


 光が俺の腹の中におさまると同時、女神マドレーヌが口を開いた。


「それは、超レアな特殊スキル『はだかの王様』デース。その効果は……まぁ、に着いてからのお楽しみというコトで」


 どうやら、今ので俺に「特殊スキル」が付与されたらしい。


 スキルという概念自体は、「Many Money Online(メニーマネーオンライン)」にも存在した。「盗賊」スキルを持っていれば他のプレイヤーの所持金を奪うことができるし、「空手」スキルを持っていれば格闘戦で優位に立つことができる。


 特殊スキルとは、文字通り特別なスキルのことだった。高難易度クエストをクリアして初めて手に入れることができる、といったような珍しいものである。

 だが、「裸の王様」なんていうスキルは聞いたことがなかった。


 俺はまじまじと自分の体を見つめる。だが、とくべつ変わったところはない。


「なんだか知らんが、ろくでもないモンのような気がするぞ……」


 俺がぽつりと漏らした、その瞬間。


 女神の横に浮いていた、青白い光の球――すなわち「異世界モなんとか」が、強く発光した。それと同時に、なにやら目に見えない引力のようなものが発生して、俺の体がそこに引き寄せられる。


「時間デース。これからおまえは、過酷かつどこまでも美しい異世界、モチュ……モテュぽ……もちゅぴゅえ」

「あんたも言えてねぇじゃねーか!」

 

 なにやら決め台詞的なことを言おうとしていたらしいが、台無しだ。


「――とにかく! 小判こばん 一郎いちろう……おまえは異世界に転生するのデース! 遊ぶもよし、戦うもよし、脱ぐもよし! 第二の人生を謳歌おうかするのデス!」

「いやこれ以上脱いじゃダメだろ!」


 俺の叫びも、虚しく。


 そのまま俺は青白い球体の中に吸い込まれ――そこで意識を失ったのであった。

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