亀比売

 泊るのならいうことでお風呂頂きました。これがまた広々してサウナまで付いている立派なもの。


「うちので悪いけど着替えは置いてあるよ」


 泊りになりお風呂になったので香坂さんとシノブちゃんは帰宅し、残った三人で話の続きを。ここで浦島伝説で気になる点が、


「話を戻しちゃうけど浦島伝説の亀はどうなったの」

「あれか、


『女娘之名龜比賣』


 亀は姫だった。後世の乙姫様ってところかな」

「じゃあ、じゃあ、最初の登場シーンの


『乃得五色龜。心思奇異。置于船中。即寐。忽爲婦人』


 ここって亀に化けて飛んできて姫に変わったってことなの。なんかガメラみたいじゃない」


 ガメラは受けたんだけどコトリちゃんは、


「おそらくやけど亀は『カメ』と読まへんと思う。あれは『キ』と読むと考えてる」

「そりゃ漢文だから『キ』と読んでもおかしくないけど」

「うんにゃ、そうじゃなくて音で『キ』なのを当て字で『亀』にしたんやないかと」

「どういうこと?」

「シュメール語もそうやけど、エラム語でも現代エラン語でも『キ』は『大地』とか『土地』をさすんよ。それでね、現代エランでも苗字があって、『キ』はそれなりにあるものみたいやねん」


 『キ』が苗字で意味が大地か。大地さんって苗字はあるものね。英語ならランドさんかな。


「つまり亀比売ってキさんとこのお姫様の意味ってこと」

「その可能性を考えてる」


 ここでコトリちゃんはラガーを補充。


「その浦島やねんけど、一人じゃないみたいやねん」


 地球からエランに連れてこられた地球人は、二百年後に地球に戻ったのだけど、その数は十人ぐらいだったで良さそう。


「シオリちゃん、キって苗字と聞いてピンと来ない?」

「そんな変な苗字は日本にいないんじゃない?」

「そんなことないよ。シオリちゃんでも知ってるのなら土佐日記の紀貫之」


 いわれてみれば、


「紀氏は武内宿祢の子の紀角が始祖で大和の平群郡紀里が発祥ってなってるけど、武内宿祢も、紀氏の始祖とされる紀角も母が紀伊国造家出身で、紀州とのつながりも濃いぐらいでエエと思うで」


 武内宿祢時代なんて神功皇后以前になっちゃうし、浦島伝説より前になるんだけど。


「紀氏は藤原家の勢力の前に中央では衰えちゃうんだけど、和歌山に日前宮ってあるの知ってる?」


 行ったことはあるけど。


「あそこは紀伊一の宮、官幣大社やけど、今でも神社本庁に属していないし、歴代朝廷も神階を贈らないぐらい尊崇されててん。ちなみに神階を贈ってないのは日前宮と伊勢神宮だけ」


 そう言えばカズ君と一緒に行った時に興奮して解説してくれたっけ。


「えっと、確か御神体の鏡は伊勢神宮の八咫鏡と同格だって」

「よく知ってるね。その宮司さんが歴代紀氏なのよ。中央での紀氏は衰えちゃったけど、和歌山では勢力を保持してたぐらいでエエと思う」


 ちょっと待って、話がこんがらがってきた。


「まさかコトリちゃん、亀比売とは紀氏の姫で、浦島が結ばれたのはそっちとか」

「アラが派遣した宇宙船は和歌山に着陸したで良さそうやねん。着陸期間もかなりあったみたいで、その間に地球の動植物をサンプリングしてたで良さそう」


 持って帰ってジュラシックー・パークみたいのを作っているものね。コトリちゃんはニヤニヤしながら、


「エラン人は変わってると思たもの。女性宇宙飛行士も半分いたんだけど、地球の男に手を出しちゃったみたい。もっとも男性飛行士も女に手を出したみたいだけど」

「えっ、浦島はエランの女性宇宙飛行士にさらわれたってこと!」

「これは偶然でエエと思うけど、エラン女が『キ』と名乗ったのを浦島は紀氏の姫と思い込んだぐらいで良さそうやねん」


 それじゃ、それじゃ、


「エラン人が地球人を捕獲して生殖行為まで行ったのは・・・」

「そうや、エランやなくて地球で既にやっててんよ」


 そうなるとエランの女性飛行士が男を求めて丹後まで探査機かなんかで飛んできて、漁をしている浦島を見初めて和歌山に連れて行って結ばれたのが浦島伝説の真相とか。エラン人ってそれしか考えてないみたいというか、大らかというか。普通はやりそうにないけどね。


 だってさ、種としてほぼ同じかもしれないけど、相手は異星人だし、文明だってエラン人から見れば原始人とか未開人じゃないの。それにだよ、宇宙飛行士だって男女半々ぐらいだったらしいじゃない。どうしても燃えたきゃ、エラン人同士でやりそうなものじゃない。


 わたしがもし、どうしても、どうしても燃えずにいられなかったらそうするもの。ましてや女だよ。もっともセックス・ライフの感覚がエランと地球でかなり違うと言われればそれまでだけど。


「そういえばコトリちゃんは、神戸空港でエラン人と直接会ってるけど、恋愛対象に感じた」

「とりあえず見た目は同じやったで」

「アラは」

「アラは地球人に宿主を移してるから、元がどうやったかはしらへん」


 それでもじゃない。


「シオリちゃん、変やと思てるやろ」

「そりゃそうよ、言ったら悪いけどクロマニヨン人に性欲感じてるようなものじゃない」

「クロマニヨン人よりマシやと思うけど、理由があるねんよ」


 これまた、これまた奇々怪々というか、文明の発達はそんな方向に向かうかと思うようなお話なのよ。エランではある時期から、遺伝子病の根絶と人口コントロールのために完全人工繁殖にしていた時代があったと言うの。


「人工授精ってやつ」

「人工子宮までやってたらしい」


 そのために自然繁殖行為は禁じられてしまったぐらいかな。たださすがに大不評で、次々に抜け道が作られ、形骸化してしまったそうだけど。


「アラが地球に宇宙船を送る頃も法律は続いとったらしい。自然繁殖禁止も形骸化していて、庶民は実質的に関係なくなっていたみたいだけど、アラも頑固やわ、エリート層には続いとってんよ。自然繁殖行為をやれば降格・左遷・追放みたいな感じや」

「エランではどういうかわかんないけど、国家公務員にも適用されてたの?」

「まあ、そうなる。宇宙飛行士って国家公務員で、エリートやんか。連中同士でも燃えるのは禁止やってんよ」


 なんてことよ。エラン人が浦島をさらったのは、性欲の解消のためとか。地球人でも獣姦って言って、動物相手にすることもあるって聞いたことはあるけど、動物より未開人であっても地球人の方がマシって感覚なの。


「シオリちゃんの考えてる部分はあったかもしれへん。当時のエランの宇宙飛行士が何に欲情したかなんて確認しようはないけど、単なる性欲の捌け口にされただけやないのは間違いない」

「どういうこと」


 地球人をエランに連れて行ったのは研究のためもあったけど、そのまま結ばれて地球人で言えば結婚して子どもも産んでるって言うのよ。


「何がどうなってるの」


 知識や教養については睡眠学習の超進化系みたいなもので、なんとかなったらしいのよ、


「それって浦島が眠らされたやつ?」

「そうかもしれん。そやないと、御殿に行って話も出来へんやんか」


 そっか、そうなるよね。ポイントはエランの法律らしくて、その法律はエラン人同士の自然生殖行為を禁じるものだったそうなのよ。


「それじゃ、地球人は異星人だから例外とか」

「そうなったみたいや。それだけやなく、エラン人とのハーフも、クォーターもそれ未満でも、そうなったらしい。地球人の血を引くと言うだけで免責みたいな感じや」


 さらにいえば地球人を欲しがったのはエランのエリート層。つまりエランのエリート層にとって地球人は正式に結婚出来て、子どもが作れて、家庭も築ける唯一の恋愛対象だったって事になるわね。


「そうなったみたいやねん。そやから差別なんかなくて、逆にエリートとして扱われ、大事にされたみたいや。とにかく数は限られてるから奪い合いなんてものや、なかったそうや」

「じゃあ、エラン人にも地球人のDNAが入っているのはいたの」

「当然や、地球人にもおるよ。エラム人やそうやろし、エレギオン人もそうや。初代のユッキーだってそうや」


 そっか、そうなるよね。でも、ふっと思ったのだけど、相手がコトリちゃんと思うから妙に思わないけど、コトリちゃんはエレギオンHDの副社長なのよ。それが、こんなトンデモ話を真剣にやってると思うとちょっと笑っちゃう。


 でもイヤじゃないわ。むしろ楽しいのよ。心の底からワクワクしてる。こんな時間をもっと、もっと持ちたいし続けたい。終って欲しくない。熱い心を持つ友だちと過ごす時間って最高じゃない。

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