Back to December

@aikonism

Back to December





“I'd go back to December turn around and make it all right.”



そんな歌を聴くようになったとき、春が始まろうとしていた。

某コーヒーチェーン店がピンク色の新作を出すような、そんな清々しい季節。


そして私は混ぜ間違えた絵の具みたいな色の心で、その季節を迎えようとしていた。

間違っていたとか、後悔だとか、絶望とか、そんなはっきりした感情ではない。

でもなんだか納得できないモヤモヤが最高に気持ち悪くて、みじめだった。



彼氏がいるのに、

彼氏ではない人の、

彼女の存在に、

心がざわつく。



考えすぎて心はぐちゃぐちゃになっていた。

かわいらしい言葉では片付けることのできない色彩を持った思いに、頭を抱えた。

私は、彼をどう思っているのだろう。



彼は、日野くんは、彼氏と正反対のような性格で、そのおっとりさを私は好いていた。

私たちはずっと、「友達」だったけど。


男女の友情はあると思っている。

触れあいたいとは思わないけど、お酒は一緒に飲みたいし、ばか騒ぎしていたい、みたいな。

同性の友達とはちがう心地良さがある人はたくさんいるのもたしかだ。


でも日野くんはそうじゃなかった。

私にとっては辞書に載ってるような「友達」ではない。

私にはできないことがたくさんできて、穏やかで、

何より真面目で賢く紳士的な人だ。


ただ、

私から日野くんへの思いを抜きにしても、私たちが普通の友達になれなかったのは、

とある夜が原因だった。





私と日野くんは留学先のシドニーで出会った。

高校の留学プログラムで一年間通った現地の学校に日野くんも通っていて、同級生で、中学校が近くだったということから距離は自然と縮まった。

おまけに、同じ学習塾に通っていたことも判明して、癖の強い講師の真似だなんてかわいい話題で盛り上がりもした。

ただ、そのとき日野くんはただの友達だったはずなのだ。

私にとっては少なくとも、そう。

日野くんからアプローチを受けるようなこともなかったし、

彼が帰国するときに言った、「日本でまた会おうね」なんて文句も流れるように出た言葉だった。



転機は大学2年生の夏に起こった。

シドニーでの仲良し組が全員日本にいることと、全員が成人したことを機に再会の場が設けられた。


高校生の頃より少しだけ男っぽくなった日野くんは、

まあ、うん、かっこよかった、かもしれない。

優しそうで紳士的な雰囲気は変わっていなかったからこそ、どぎつそうな煙草を吸ってる姿はなんだか新鮮だったけれど。




「そろそろ彼女と別れるかもしれない」



日野くんはみんなにそう話した。

日野くんと付き合う人ってどんな人だろうとか、

どうして別れそうなんだろうとか、

思考はぐるぐるしたけれど、所詮は酔っ払いの頭。

深く、なんて考えられない。

そこから先は、たぶんほとんど本能だったはずなのに。



懐かしさとじわりと滲んだ何かの感情が、胸を一杯にして。

別れるかもしない、と言ったその顔がなんだが放っておけなくて、チクリと胸が痛んだ。


そのとき私も付き合っていた人と別れたばかりだったし、少しだけ自暴自棄で、

“今が良ければいい”なんて、甘い考えで苦いアルコールをさらに啜った。




中学校が近ければ、家も近い。

帰る路線は同じで降りる駅は二つ隣。

それを、嬉しいと感じた。

それってもう…と今なら分かるのに、そのとき私は何を考えていたんだろう。


二人の座席の間でふと重なった、日野くんの手が熱くて思わず顔を見合わせた。

頭の中で警告音は鳴り響いていたのに、聞こえないふりをしてしまった。

そうするべきじゃなかったのに。



最終電車、二人だけの車両、触れる素肌と重なる吐息。

「お酒のせい」と言い切ればそれまで。

でも、スイッチは押されてしまった。



その夜を皮切りに私たちは「友達」ではなくなってしまった。



二人でご飯を食べてお酒を飲む機会が増えた。

いつだって、日野くんらしい穏やかさの中で時間を過ごして、

無言の時間でも気まずくないのが、心地よかった。

初めて近くで嗅ぐ煙草の匂いにも、だんだん慣れてきて、「煙草の味のキス」を覚えた。

人に言えないようなことは、何度もあったわけではないけれど、事実は事実。

人が「浮気」と呼ぶことをしながら、私と日野くんの関係に名前はないような、そんな気がしていた。


日野くんが私を好きだったのかどうかは、知らない。わからない。

日野くんはそれを言葉にはしなかった。だから、わからない。


日野くんのことを好きだったのかどうかも、わからない。

まだ、彼女がいた日野くんと、今後どうしていくべきか、未熟な頭では理解できなかったし、

何をもって「好き」というのかがわからなかった。

友達に抱く、好きが一緒にいて楽しいだとするならば、日野くんと一緒にいるのは楽しかったし、

恋愛的な「好き」とはそれと何が違うのか、自分の中で答えを出せずにいた。

だから、私は「そのままにする」という最悪の道を歩いていた。

誰も知らない、二人だけの秘密の日々が増えていくだけ。




11月のある日、日野くんから彼女と別れた、という報告を受けたとき、それ以上のタイミングなどなかったはずだった。

しっかりと「好き」について考えるべきだったのに。



でもそのとき、私はサークルの先輩からアプローチを受け、なびきかけていた。

和宏先輩はすでに卒業して社会人の人だったけれど、いわゆる「勝ち組」の人だった。


銀座に本店を構える老舗割烹料理屋の次男で、一流企業に勤めている。

背は高くて(日野くんも高いほう)、爽やかで、自信家。

ルックスだってかなり恵まれた人。(日野くんも同じくらい恵まれてる)

私の何を気に入ってくれたのかはわからないけれど、未来のことが頭をよぎったとき、

先輩を拒む理由はどこにもなかった。

何より、私と先輩の間に、やましい要素はなかったし、問題も少なかった。

自分の恋愛感情に問い合わせる前に、現実的な話が目の前に突き付けられて、冷静な判断を失っていた。



12月に和宏先輩は私の彼氏になった。



和宏先輩は私に告白をしてくれた。

日野くんとは相変わらずの関係だった。


「告白する」という行為は非常にわかりやすくて、好意がはっきりとわかる。

表情と言葉とで好意を探り合う日野くんとのやり取りは、好きだったけれど、

それはあくまで賭けで、確証は持てなかった。


告白してくれた、という好意を踏みにじるほどの理由はなく、というと

かなり先輩に失礼だけど、付き合った理由はそんな感じのものだった。




友達経由でその話が日野くんに伝わり、私たちの名前のない関係は終わった。

秘密は秘密のまま、それでも箱に仕舞いきれない体積と熱を持って。

言いようのない罪悪感から、何一つアクションを起こせないまま。

ただ、大事なことに気付かなかっただけで。





そして今、和宏先輩との交際が三か月に及ぼうとしていた。


和宏先輩はいつだって私に優しかったけれど、それを鬱陶しいと思う自分がいることに

驚きを隠せない。

小さな言動が気になって、嫌だと思う。

自信家な彼の口から時々出る、他人を見下すような物言いが不快だった。

私に求めてくるものが多くて、負担に感じた。

嫌い、なわけじゃないけど、なんかチガウ。

何より、一緒にいる時間を義務のように過ごそうとする、とんでもない心の動きに、

自然とある答えが導き出された。



私は、和宏先輩を、「好き」じゃない。



でも、

でもやっぱりアクションは起こせなかった。

和宏先輩は実家に私を紹介していて、気に入っていただけていて、後に引けない状態だったのだ。

まるで将来を見据えて過ごす日々に、安心感はあったけれど、楽しさはなかった。

私は、まだ、20歳そこらだから、仕方ないけれど。

私はいつでもすごく情けなかった。

和宏先輩に背を向ける覚悟も決まらなかった。



日野くんとの連絡はぱったりだったけれど、留学メンバーの集会がまた行われた。

何とも言えない複雑な心で参加する私に対して、日野くんは今まで通りのように振る舞う。



日野くんには、新しい彼女ができていた。



「え~おめでとう!」

友達、として平然とその事実を祝いながら、頭は氷水を浴びたように固まり、心は大きくざわついた。

そこで私はようやく大事なことに気付いた。



どうして、心がざわつくの。

どうして、悔しいと思うの。

彼女?

告白したの?されたの?

私が12月にちゃんと素直になっていたら、どうなったの。



そんな気持ちの正体、恋愛の教科書の1ページ目に書いてある。

彼女ができたことが嫌、そんなの。

それにやっと今気付くなんて。




12月に戻れたら。

戻りたい。



いますぐその胸に飛び込ませてよ。

煙草の匂いが懐かしいんだよ。




日野くんが、好きだよ。









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――Taylor Swift







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