Prenight

@aikonism

Prenight

前夜だから今日だけ特別。

明日はきっと。


焼けた肌が好きだった。

下から見上げる顎のラインが好きだった。

目線を合わせて笑いかけられるとき、まっすぐな瞳にわたしが映った。

茶色の世界にすら浮かぶ、紅潮した頬が恥ずかしくて何度も目をそらした。


はじめて出会ったときから惹かれていた。

片思いすら楽しんだ時間は束の間で、淡かったはずの感情は徐々に肥大して、醜さを伴いはじめる。

わたしを見る目に、熱が乗っていないと気付いてしまったのは、いつからだろうか。

あなたがいつもと違う顔で笑いかける女の子がいると知った、その日は雨だった。


連絡を取り合うたびに飛び上がる心が、だんだんバカみたいに思えて。

自分ばかりウキウキしているのが恥ずかしくなった。


その長い手足はいつだって「年の差」の距離感を保つための定規みたい。

拒絶されているわけではないのに、透明なバリアに阻まれるような感覚を何度も味わった。


だからこそ「彼女ができた」のセリフは思ったよりもすんなり身体に浸透してしまった。

なのに、「おめでとう」と口は動いてくれなかった。

どんな顔をして報告を受けたっけ。

酷い顔をしていなかったかな。

告白すらしていないのに、恋は終わっていた。

なんだこれ。


夏が終わり、あなたはわたしの好きな半袖を着なくなった。

あの子を温めるためのカーディガンなんて好きじゃない。

学校ですれ違うことすら苦しくて、顔を伏せるわたしは完全に負け犬だった。



その日の夜、学校は浮かれていた。

翌日から始まる学祭のために、マイクが、ステージが、装飾が、ムードある夜が準備された。


今はやりのかわいいアーティストが、ステージで華やぐ。

スポットライトが夜を照らす。


ステージを向く観衆の中に、あの子のほうを向くあなたを見つけた。


歌を聴けよ、と眉をしかめて、何かをごまかした。

あなたが振り返ってわたしを見つける。

時が止まって、足がすくむ。

小さくあがった口角はすぐに戻り、また、あなたは視線を戻す。

手と手が強く握られているのは寒いから、なんかじゃない。


鼻の奥がツンとして、やっぱり下を向く。

冷えた心は夜風よりも冷たくて、はじめて「もっと寒ければいいのに」と思った。



頬を流れる。伝う。

想いが溢れる。消える。


歌が、よかったから。

メロディも好みだったし。

多分鼻かぜもひいていたし。


だから涙が出たのは、べつにあなたのせいじゃない。


こんなにも悲しいのは、きっと今だけ。

そうであるように。



前夜祭。

明日からはきっと、笑顔で手を振れるから。

あなたとあの子がいても、隠れないでいられるように。

口が「おめでとう」と言えるように。

今日はその前日の夜。

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