花道

@aikonism

花道







見慣れたホームに電車が到着し、私は下車する。

後ろでドアが閉まる音がして、中央線はそのまま市ヶ谷へと向かう。


そういえばこの駅はホームドアがないのか、と遅延が多い理由を察して苦笑する。


地上に出て暖かな空気を吸い込む。

四ツ谷駅前の交差点は相変わらず車が行き交い、年度の始まりらしい賑わいと忙しなさを演出しているみたい。


春の四ツ谷は桜で華やかに彩られ、淡い桃色は淡かった想いをじんわりと思い出させる。




あなたがこの街から姿を消して1年が経つ。

あの時の私にあなたを止める権利などなかった。

今でも。

止める理由は山ほどあったのに。



堀の桜は今年も憎いくらいに咲き誇り、人々は魅せられる。

人混みは嫌、と花見を渋ったあなたは、今年も風情なく過ごすのだろうか。

気になってしまう、考えてしまう。



夢を語るその瞳を美しいと感じた。

夢に正直な自分に誇らしげなあなたが、私は誇らしかった。

夢が叶うようになんでも協力したいと思った。

たとえそれが離れることだとしても。



柔い恋をした私たちは、厳しい決断をした。

東京の中心で、あるいは世界の中心で輝くために、あなたは日本を飛び出した。

あなたの描く未来に、私はいなかった。

愛と夢とは私たちの間では共存できなかった。



一年前の春、同じ堀の桜をあなたと眺めていた。

黙りこくる二人を淡い色が包んで、想いに濡れ染まっていく。


思い出してはいけないと思えば思うほど、心は締め付けられる。

桜を写真におさめようとスマートフォンのカメラを起動し、そしてそのまま閉じる。

今年の桜は形にして残すものではないと思い直した。




ふと思い立って見たあなたのSNSのアイコンは、異国の地で輝くその背中。

桜の季節に立ち止まらないあなたにまた胸がきゅっと痛む。

でもこれでいいんだ、とつぶやく。

あなたの夢が着実に叶っていることを、私は誰よりも純粋に喜んでいたいから。




花びらの敷き詰められた道を歩く。

お気に入りのブーツに花びらが乗る。



私はこの花の道を。

あなたはあなたの道を。



どうぞ、あなたの花道を。

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