第50話


 その後、家にいてもしかたがないということになり、外に出ることになった。


 カラオケに行ったり、ゲームセンターに行ったり、まるで失った高校生活を取り戻すかのように遊び倒した。女三人に男一人というのは、クールとは言い切れなかったが、まさかこうしてワイワイするのが、こんなにも楽しいとは思わなかった。


 世のリア充は、こんな風に人生を謳歌していたのかと思うと、うらやましくなる半面、過去の自分をひっぱたいてやりたくなる。


 そんなこんなで遊び倒した俺たちは、夕飯の材料を買って、俺の家に帰ってきた。俺が夕飯の準備をするなか、三人は喧嘩にならないゲームをはじめていた。ハンバーグのひき肉をこねていたら、隣に八重塚が立つ。


「手伝いますよ」


 と言う。


「別に気にしなくていいぞ」

「女三人いて殿方一人を厨房に立たせるわけにはいかないでしょう。これでも料理はできます」

「キリエたちは?」

「遊んでますよ。格闘技ゲームは苦手なので」


 背後のリビングでキリエが「もう一回!」と涼葉にすがり、涼葉は「じゃあ、負けたら一枚ずつ服脱いでく勝負でいい?」とエロ漫画にありそうなことを言っていた。なにやってんだ、あいつら……。


「じゃあ、サラダの準備してくれ。エプロンの予備は、その戸棚にあるから」

「わかりました」


 食器入れの戸棚の下に予備のヒヨコちゃんエプロンがある。同じ色で同じガラだ。


「今日一日を通して……」


 八重塚がポツリとこぼす。


「お前は本当に私の知る神門刀義ではないのだと理解しました」


 神門刀義が、どんな奴であれ、いろいろな人との交流のもと生きてきた。そこを強引に掠め取ったという認識は俺にだってあるのだ。


「ごめん。君とのことを知らなくて……」

「いえ、かまいません。少なからず残念ではありますが、今のお前は今のお前でいいと思います」


 ただの記憶喪失と思っているから、そう言ってくれるのだろう。


「例えばさ、今の俺は記憶喪失じゃなくて、異世界から転生してきたって言えばどう思う?」

「深夜アニメの見過ぎだと言いますね」


 ちなみにこの世界でも、異世界転生モノがブームになっている。


「ガチだとしたら?」


 しばらく考えてから八重塚は口を開く。


「仮にそうだとしても、悪意をもってそこにいるとは思えません。あの手のアニメは、大概、望まぬ形での転生でしょう? だったら、しかたがありませんよ」

「八重塚って、けっこうアニメとか見るんだな」

「弟が好きだったんです。その影響ですかね。特撮モノは今でも見てますよ。ニチアサはリアタイで視聴します」


 こいつ、けっこうオタクなんじゃないだろうか……。


「次のシリーズは、お前にもおススメできそうです。今季のおもちゃの売上はよさそうなので、次はストーリーが面白いに違いない」

「そんなルールあるんだ?」

「特撮モノはおもちゃの売上によって、面白さが変わると私は思っています。オモチャの売上が悪いと、次のシリーズはストーリー的に置きに行くんです」

「へえ」


 特撮に興味は薄いが、八重塚が楽しそうに早口で話しているのを見るのは悪い気がしない。心の距離はだいぶ近くなったのではないだろうか。この流れなら、もう少し踏み込んだ会話ができるかもしれない。


「……なあ、鈴木三九郎に敵討ちをするって言うけど、細かい話を聞いていいか?」

「……面白い話じゃありません」


 レタスをむしりながらつぶやく。


「ごめん、言いたくないなら聞かないよ」

「いえ、言いたくなわけでは……以前のお前にも話してはありますし、かまいませんね……」


 言いつつキュウリを薄く切っていく。


「私の実家は古くから続く真人の家柄です。神門家のような正統派の真人ではなく、どちらかというと、邪道といいますか……」

「邪道?」

「お前たちは大系化された神道や仏教系の神仏を信じます。ですが、八重塚は、まつろわぬ神と称される神を信じる家系なんです。いわゆる歴史の敗者ですね」


 たしかに涼葉の使う神門神刀流とか、名前からして神道っぽい流れを汲んでそうだ。


「とはいえ、長い時間をかけて私たちのような邪道も力を取り戻してきたのです。結果、軋轢が生まれます。真人の世界はいつだって血と呪いに溢れてる。そのあおりをくらって、八重塚家も政争に巻き込まれました」


 話を聞きながら調理していた俺の手が止まってしまう。


「ヤクザの世界にもカチコミというものがあるでしょう? 真人の世界では討ち入りと言います。それがあったんです。事前に宣戦布告のようなものは受けていたので、八重塚本家には親類縁者が詰めていました」


 ヤクザの世界なんて映画でしか知らないけど、想像くらいはできる。


「そこに一人の少年が現れました。当時十歳だった私と同い年くらいでした。闇夜にうっすら浮かぶ白髪と、夜より暗い虚ろな目に、薄ら笑みを浮かべる少年。彼は大人たちが詰めていた広間で名乗りをあげました。鈴木三九郎と」


 言葉を失う。


「あとは虐殺です。大人たちの間を三九郎がすり抜けた瞬間、血しぶきが舞います。当主だった父は、八重塚の異能を使いましたが、勝てませんでした。母も殺され、残されたのは私と空一郎だけ。三九郎は言いました。一人だけ生かせと言われてる、と……」


 八重塚の手も止まった。


「……結果、私が生き残ったんです」


 そうなのだろうと思っていたが、八重塚の弟は既にこの世にはいない。


「なにがあっても私はあの男を殺さなければなりません」


 壮絶すぎて言葉が出てこない。


「ですから、あの男との勝負を私に譲ってほしいのです」


 さすがに、ここで自分のクールを通すわけにはいかない。


「……わかったよ。向こうが納得するかどうかは知らないけど、君の願いを尊重する」

「ありがとうございます」


 安堵したように、それと同時にやや悲しげに微笑んだ。


「クーちゃん、姉はがんばります」


 俺に言ってるのか、既にいない弟に言っているのかはわからない。でも、八重塚がギリギリのところで正気を保つために、この姉と弟という虚妄の関係性は必要だったのだろう。


「がんばれ、お姉ちゃん」


 神門刀義と同様に俺も、弟の振りをするより他なかった。


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