第48話


「だって、あいつ、パッドじゃないのに、パッドとか言うんだもん!」


 半泣きで抗議の言葉を並べる涼葉を、キリエはなだめている。八重塚は「もう少しデリカシーを持ってください」と俺を叱ってきやがった。


「デリカシーを持って接してもらいたいなら、それ相応の格というものを持つべきだろ」


 クールに言ったら涼葉が「器小さい兄ぃもしゅき」とかサムズアップする。


「お前、絶対俺のこと嫌いだろ!」

「すこすこのすこなんだな、これが。昏睡レイプが好きな兄ぃのこと、ボクは大しゅきだよ!」

「そんな性癖持ってねーよ!!」

「いい加減、兄妹喧嘩はやめてください。いい迷惑です」


 八重塚にため息をつかれ、俺は舌打ちを鳴らす。


「二人しかいない家族なんですから、仲良くしてください」


 八重塚にしては珍しく感情的な声音だった。神門刀義と姉弟プレイに興じていただけあって、家族というものに対する思いが強いのかもしれない。その理由については、知りたくないのだが……。


「悪かったよ、涼葉、言い過ぎた」

「ふひっ、勝ったな、風呂入ろ。まあ、ボクは寛大だから、土下座してボクの足を舐めるなら許してやってもいいよ?」


 このバカの相手をしているのも時間がもったいない。俺はフローリングワイパーを片づけつつキリエに尋ねる。


「で、今日ってなにするんだ?」


 キリエが答える前に涼葉が割り込む。


「兄ぃがつくった眠剤入り料理を、みんなで食べたらええやん」

「よし、今からお前の口に睡眠薬ぶち込んでやる!」

「……意識ない時しか手ぇ出せないとかヘタレっすわ。でも、しゅき。いいよ、ボクを兄ぃのしゅきにしなよ」


 もうため息しか出てこない。学校と違って自宅ということもあり、涼葉のテンションは高めだ。キリエは苦笑を浮かべつつ「刀義も大変ね」と流してくれた。八重塚にいたっては無反応である。ここ半月ほどの交流で、涼葉という人間を理解してくれたのだろう。


「あたしたちは、もっと仲良くなるべきだと思うの。レクリエーションしつつお互いを知るのが重要じゃないかしら?」

「ボク、意識高いこと言うキリエたんは、あまり好きじゃないんだよなあ」

「別に言うほど意識高くないだろ?」


 涼葉に呆れながらも「具体的になにするんだ?」とキリエに尋ねたが、キリエは「ん?」という顔をしていた。


「なるほど、言い出しっぺのくせに、なにも考えてきてないな……」

「やっぱキリエたんは最高オブ最高。イキり倒して詰めが甘い感じがクリティカル!」

「イキってないもん! 具体的にとか言われても、ちょっとわかんないし……友達も少ないから、どう遊べばいいのかわからないの!」


 片づけを終えた俺は、キッチンに向かった。手を洗ってから飲み物の準備をはじめる。涼葉に客の相手を期待しても無駄なので「とりあえずテキトーに座りなよ」と立っている二人に言った。ダイニングのテーブルに座る三人に飲み物を運んでいく。


「キリエに友達がいないって言っても、それってこっちに来てからだろ? ドイツにいた時はどうだったんだよ?」


 俺もテーブルに座りながら尋ねた。


「魔術の勉強ばかりだったし、異能力者だからね……」

「異能力者だとやっぱり差別みたいなものがあるのか?」


 俺の問いかけに八重塚が「差別というほどのものではありませんが」と口を開く。


「触らぬ神にたたりなし、みたいな扱いではありますよ」


 涼葉がため息まじりに「特に日本だとねー」と乗っかる。


「アメリカだと、むしろヒーローみたいな扱いになるんだってさ。企業のタイアップとか受けて妖害と戦うヒーローだったりするし。だから、世界中の異能力者はみんなアメリカ行きたがるんだよ。次がエイシアかな」

「キリエもそういう理由でエイシアに来たの?」

「あたしの場合は、将来のことを考えてかな。エイシアでなら、最先端技術を学びつつマクリーシュの魔術も改善していけると思ったから……」

「すごいな、きちんと考えてるんだな」


 感心しつつ八重塚へと視線を向ける。


「八重塚はどうしてエイシアに来たんだ?」


 八重塚の動きが一瞬だけ止まった。


「……鈴木三九郎を殺すためです」


 俺が反応に困っていたら、涼葉が「どうして?」とアホ面でたずねた。


「ただの仇討ちです」

「ああ、よくあるしね、そういうの」


 俺が「よくあることなのか?」と聞けば、涼葉は呆れたように肩をすくめた。


「真人って合法的なヤクザみたいなもんなんだよ。だから、利権争いとか、面子がどうとか、そういう理由で普通に殺し合いするよ。ボクらの実家なんて、次期宗主を決めるために一族内で殺し合いまでさせてるじゃん」


 なかなかにハードな世界観だと思う。俺としては全然アリだし、むしろ燃える展開ではあるけども。


「お前たちは、噂どおり神門と縁を切られたからですか?」


 涼葉は「そだね」とうなずき、俺も「そうらしい」と答える。四人中三人がネガティブな理由でエイシアにいるというのが、すごいな。三者三葉、様々な理由でエイシアにきたわけだが、その理由は話していて面白いものではない。


 微妙な沈黙が横たわる。


 無口系クールキャラを目指している俺としては、無言の空気は全然気にならない。そもそも、俺が目指す男は無口でクールな男だ。そこまで思い至ったところで、とある疑問が脳裏を過ぎる。


「……なあ、俺って無口かな?」


 俺の問いかけにキリエは「そんなことないと思うけど」と答え、八重塚も「むしろ、よくしゃべりますよ」と言う。盛大なため息が出てきた。これでは憧れに届かない。


「これから先、一言も喋らなくてもいいかな?」

「なにわけわかんないこと言ってるの? コミュ障はボクだけでいいんだよ?」


 涼葉の言葉に俺は首を横に振った。


「本来、俺は人と話すのが嫌いだ。無口で不器用だから」

「十二股してた人間がよく言うよね?」

「それは過去の俺であって今の俺じゃない! 俺は一人静かに思索にふけったり、この世の行く末を憂いたり、そういうことをしていたいんだよ」

「ごめんなさい、なんかおじゃましちゃって……」


 キリエがしょんぼりへこんでしまう。予想外の反応だ!


「いや、違う。迷惑だとかそういう意味じゃなくて! ただ、その、君たちは俺という人間を理解してない。本当の俺は物静かで正義の心を持ち、広く深く物事を考え、常に敵の一歩先を読んでいるんだ」

「兄ぃは誰と戦ってるの?」

「とにかく俺は! よくしゃべるみたいなキャラクターを是正していきたいの!」

「ぢゃあ、喋らなければいいじゃん」

「そうしたいけど! 俺に染み込んだバイトリーダーとしての心得がそれを許してくれないんだよ!!」

「どんな心得なんですか?」


 八重塚が無表情に尋ねてくる。


「ひたすら気遣いだ! 緊張してる新人には笑顔で話しかけたり、バイト仲間たちの潤滑剤となるべく話題を振ったりもする。リーダーとしてみんなを承認し褒めてあげ、人間関係がぎくしゃくしない楽しい職場を作るのが、リーダーの勤め! ああ! ブラック企業で叩きこまれたリーダー研修マニュアルが憎いっ!!」


 約三年も働けば、そりゃあ染まるさ。


「でも、それっていいことなんじゃない?」


 キリエの言葉に俺は毅然とした態度で首を横に振る。


「いや、ダメだ。俺は本来、そんな奴じゃない!! 抑えきれない破壊衝動と悪を憎む正義感の葛藤!! 胸の内に潜むは制御できない獣心! 人と群れると傷つけちまうから、俺は一人でいいんだよ。フッ、危険な獣は放っておいてくれ」

「そんなことより鬼太郎電鉄しようよ」

「それはするけども!! 俺の主張を聞き流すなよ!!」

「鬼太郎電鉄ってなに?」


 キリエもあっさり俺の話を聞き流し、次の話題に乗っかっていた。


「ゲームだよ。やっぱ仲良くなるならゲームするしかないでしょ?」

「ゲームって、ピコピコのこと?」


 ゲームをピコピコ言う人をはじめてみた。幼い頃から魔術師として育てられていれば、知らなくてもいいか。


「鬼太郎電鉄は、スゴロクみたいなパーティーゲームだね。鉄道会社の社長になって目的地の駅を目指すゲーム。停まった駅で物件買ったりして、最終的に誰が一番資産を持っていたかを競うんだ」


 別名、友情ブレイクゲームともいう。


「よくわかんないけど、楽しそうね」

「ゲームなら弟としたことはありますが……」


 二人とも割と乗り気なようだ。


「涼葉、鬼鉄は面白いけど、交流深めようって時にやるゲームじゃなくない?」

「ゲームならボクがマウント取れるじゃん?」

「勝てればな」

「素人どもに負けるわけないよ。ボクがどれだけゲームをやってきたと思ってるの?」


 なにはともあれ、久しぶりにゲームをすることになった。


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