たまる。

霜月秋旻

たまる。

 たまる。たまってゆく。毎日あらゆるものが、僕の部屋の床に、机の上に、心の中に、たまってゆく。出るのは溜息と糞尿と金くらいだ。世間で流行している【タマル病】。僕もどうやら、罹ってしまったらしい。


 【タマル病】とは、ネット依存症や先延ばし病、捨てられない病とも呼ばれている。その病気にかかると、まず倦怠感に襲われる。しかしお菓子だけは食べる。

 【ポロリ】という新型感染症が世界で流行している。感染すると、身に着けているものが気づかぬうちに溶けてなくなる厄介な感染症。外で人が発症しているその様子を見たい好奇心旺盛な輩が大勢いるので、ますます感染は進む。これでは外を出歩けないので、外出自粛を余儀なくさせられる。

 その影響で、日経平均株価は大幅に下落。絶好のチャンスに投資家は目を光らせる。それを機に投資を始める輩も増える。誰もが、毎日の日経平均株価のリアルタイムチャートを示すサイトに釘付けだ。画面の中で、まるで生物のように揺れ動くチャートの推移は、見た者の心も揺らされる。そしてその画面から目が離せなくなり、身の回りことがおろそかになる。買い物もネット注文でクレジットカードのリボ払い。支払額が膨らんでいく。家族の声が頭に入らなくなり、カラ返事ばかりするようになる。先延ばしが多くなる。すべきことがどんどん溜まる。ゴミもたまる一方で、さらに、値動きの読みが外れるとストレスもたまる。窓の桟にはカメムシの死骸がたまる。出るのは溜息と糞尿と金くらいだ。

 心の中に、ドス黒い雲がたちこめる。いまにも大雨が落ちそうな、濃度の高い雲。減ることは無い。なにもかもが、その雲に覆われて見えなくなっている。


 【ポロリ】が流行し始めてから半年。事態が収束を迎えると、安心して街を出歩く輩が増え始めた。激しく上下していた日経平均株価の推移も落ち着いた。休業していた店も営業再開。なにもかもが回復している、かに見えた。

 しかし【タマル病】に罹った人々は、変わらずチャートを見続けている。終わりがないのだ。次なる大幅推移を待ち望み、今日もチャートを見続けている。僕もその一人だ。


 たまる。いろんなものが、たまっていく。まるで生きているかのようなチャートの動きに揺さぶられている間に。

 戻りたい。帰りたい。桜木の揺れ動く様に心を揺さぶられていた日々に。

 

 

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たまる。 霜月秋旻 @shimotsuki-shusuke

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