港の見える丘公園

@aikonism

港の見える丘公園





元町・中華街駅を降りると、空はまだ少しだけ昼の顔を残していた。

標識を横目に早足で坂を上りながらチラリと携帯の画面をみる。


(16時12分…)

入館受付は16時30分で終わってしまう。


歩く速度をさらに速めて目的の近代文学館へ向かう。

ずっと行きたいと思っていた好きな作家の展示会。

と、いうより卒業論文に役立ちそうだったから来てるだけではあるけれど。



チケットを買って、展示を目で追っていく。

ノートに汚いメモを走らせて、彼の人生を追っていく。


短かった命、

中身のつまった人生。

愛に溢れた恋文の数々。



気がつくと館内には閉館のアナウンスが流れている。

小さく息を吐き外にでる。

すっかり日は落ちて、街中の明かりが映えていた。

携帯を取り出し何枚かの写真を撮る。


静かな公園にシャッターの音が響く。

結構嫌いじゃない。


「んー、」

心を揺らすような夕焼けはちっとも綺麗に写らない。

どんな写真も肉眼には勝てないと気付いたときから、写真は少しバカバカしくなった。

それでも撮ってはしまうんだけど。



公園内は、手を繋いで歩く恋人ばかり。

11月も半ば、寒さを愛で満たす、そんな季節。




ふと、あなたのことが頭に浮かぶ。

早く、会いたい。

返信の早くないあなたは、いつも私を待たせる。

今は何をしているのだろうか。

会って話がしたい。

今日あったあれやこれを話して、その腕に縋り付いてしまいたい。



シャッフルで耳に響く音楽プレイリストは、切なげなバラードを流した。

繊細な前奏が、季節と時間とあと何かのせいで揺らめきやすくなっていた心を静かに解していく。



歌詞は叶わなかった恋の苦しさをなぞっていく。

大好きなあなたを好きになる前に、死ぬほど愛した人の顔が浮かぶ。



心臓がきゅうと縮んで、

目頭が熱くなる。

顔を背ける。



小さな声で彼の名前を呼ぶ。

蘇る切なさに耐えられなくて、あなたの温もりを思い出す。

痛みが薄れていって、深呼吸する。

全身を包むあなたの優しさが小さく深い傷をまた1つ癒していく。

こうして、私はまた恋をしている。




作家の妻は、かつてこんな恋文を送った。


「会ひたくて泣いてしまゐました」


私も泣いている。

彼が懐かしくて

あなたが欲しくて

あなたに会いたくて。



クリスマスにまっしぐらの街を、あなたと歩く想像をする。

苦しかった過去もまとめてあなたに預けていきたいと願う。

だから早く返信をちょうだい、

今日あったくだらない話をして、今日も恋人でいよう。









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