第108話 聖女の奇跡 結
「ディオス! エルステア! 直ぐにここから離れます! 急いで!」
お母様の焦りの声が聞こえる……。
胸の奥から湧き出る何かが、右手を伝いステッキに吸い込まれていく。
もうそろそろ光も落ち着いたかな? と、思い薄目を開けてステッキを覗き見る。光の出所が、自分の頭の上を越えているようで、さっきよりは眩しく感じない。
まだステッキはうねうねとしているのかねぇ……恐る恐る、右手に視線を向けて見る。
「えっ? おっ? おぉ?」
自分は右手にある物を見て、感動のあまり驚きの声を上げた。
これは……これって、もしかして?
どうやったかは分からないけど、自分もお姉様のようにステッキを変形させられた? 右手で握っている物をまじまじと見つめ、さっきまで形が定まらず迷走しているステッキではないと確信した。
目の前に映っている物は、はっきりと金色の柄が見て取れるのだ。
この頭上に感じる光りは、杖の先にある魔石とかそんな感じかも? ブルッ! っと、身体が震え、興奮を覚える。すごいよ、自分も魔力があるんだ。これで、魔法を覚えたら癒して上げられるようになる? 喜びに打ち震え、この感動を伝えたくて、お母様の様子を伺おうと、顔を向けようとした。
「何だ、あの光は! 最上神様が降りて来られたのか!」
「あぁ、神よ。我が娘をどうかお救いください!」
「お願い、神様。お母さんを生き返らせてください!」
周囲の人達も突然の眩い光に、騒然とし始め、声のする方へ咄嗟に振り向く。皆んなの視線は自分の頭上に向けられていて、口々に神に祈りと願いを口にしていた。
うっ? もしかしてこの杖の光で注目されてしまった?
うーん、いまの自分がこの杖の魔力だけで、皆の願いを叶えられるのだろうか……。でも、死者を生き返らせるなんて、究極中の究極って感じがするから無理じゃないか? 魔法も碌に使えないし、杖っぽい物が出来たばかりの自分に、そんな力があるとは到底想像できない。
身体の奥から湧き出る何かは、いまだに杖に流れていく。この良く分からない溢れる何かに不快感はなくのだけど、止められる方法が分からなかった。
むしろ、爽快感があって身体の調子が良いくらいだから、そのままでいっか。
そう思いながら、視線を上げ杖の先を見た。
「へぁっ?」
眩しい光に少し目を伏せながら、杖の先を確認した自分は、思わず変な声がでた。
なっ、なんだ、これ? これは杖……。
自分が想像していた杖は、お姉様の様に銀の緻密な細工がされ、大きな魔石の付いた物だった。だが、握られた柄の先に見える物は、そんな形状ではない……。
迷いに迷ってこの形になったのは……どういう訳だ……。
確かに細工は見事で、先端に見える葉っぱのような装飾のひとつひとつには手が加えられていた。それが幾重にも重なり、奥から照らされる光に反射し神々しく輝いているのだ。
これは杖というより……金の枝葉だよね。花瓶に刺して飾ったら、誰もがその技巧に感嘆の声を上げそうです。
だけど、一応ステッキが変形した物だから杖なんだよね?
えーっと……?
あまりに酷い光景に、自分は困惑した。こんなはずじゃ……。
「おかあさま、ステッキがきのえだになっちゃいました……」
「そうですわね。見事な木の枝ですわ。アリシアちゃん、もう少しでここを出ますから、しっかりお母さんに掴まっていてくださいな。けっして、手を離してはいけませんよ」
お母様は、金の枝を横目で見ると、直ぐに礼拝堂の入り口に視線を向けた。
そうこうしているうちに、光に気付いた人達がこちらに向かって集まり始めている。
いや、そんな大層な物ではないので……皆んなの辛さを癒す事なんて……。自分は、金の枝の光を抑えようと、手元に寄せようとするが、柄が長すぎて抱えきれなかった。
「どうか、どうか、そのお力で我が息子をお救いください。お願いします!」
「あぁ、神の化身よ。我等の同志に今ひとたびの生きる機会をお与えください!」
「ユグドゥラシル様が、聖女様を使わせてくれたのだ。あぁ、どうか慈悲を! 無き妻に雫を分け与え給え!」
人々が口々に願いを自分に向け始めている。その言葉を聞く度に、手に持っている金の枝が強い光を放ち始め、さらに誘われるように人々が集まりだした。
「あれこそ、ユグドゥラシル様が残した形見! 我等の願いを……」
人々は拝むように手を組み、両膝を曲げてお母様の前に跪き、涙ながらに訴える。大人から子供まで、誰もが頭を垂れ、必死に祈りを捧げていた。
人々の涙ながらに懇願する姿に胸が熱くなり、目頭が熱くなっていく。でも、自分にはどうしようもできない。どうにか、彼等の願いを叶え救ってあげられないのかと思い、お母様に縋るように視線を向けた。
お母様の表情には笑顔がなく、ただ跪く人々に視線を向けている。
「私達には、そのような力は……」
小さな声で呟くお母様。その表情には、嘆願する人々の願いに応えられない悔しさが感じられる。そうだよね、人を生き返らせる方法があれば、優しいお母様ならとっくにやっているはずだ。
現に、出来ていないという事は、この世界にも死者を生き返らせる方法なんて存在しないって事になる。
神様でもない限り、奇跡は起こせないんだから、そんな悲しい顔を見せないでください……お母様。
お母様の辛そうな表情を見て、自分も悲しく感じ涙が零れそうになった。
こんなに悲しい事ばかりじゃ、誰も幸せになれないよ。
今、ここにある苦しみと悲しみだけでも……どうにかしてあげたい。
涙が頬を伝い、金の枝に零れ落ちる。
『貴女の望みを願いなさい』
「もうたくさんだよ! きずつき、かなしむひとをみるなんて!」
『強く、もっと強く』
「ここにいるすべてのひとをすくってあげたい!」
『慈悲深きこころのままに、時が動く』
「ユグドゥラシルよ! われのなのもと、かなしみのれんさをたちきるあめをふらせん!」
胸の奥から、ドドンッ! っと、何かが溢れ身体が軽くなり、一瞬浮き上がるような錯覚を覚えた……。
あぁ、これは例の力だ。また自分の意識が遠くに行ってしまうのか。でも、もしかしたら、ここにいる人達が救えるかもしれない。
「アリシアちゃん! いけません! あぁ……」
目の前で自分を見つめ止めようとするお母様の声……なんだか物凄く遠いところから聞こえてくるよ。
この身体を譲れば、皆んな笑顔になれるんだ、お母様。
ごめんね、言う事きかないで……。
自分は、心の生でお母様に謝罪しながら、僅かな可能性を信じて目を瞑る。
「ガイズ」
か細い声で呟く自分。もしかしたら、もうこの身体に戻れなくなるかもしれないな。胸の奥から溢れる何かが、自分にそう思わせる。
でも、良いんだ……この意識が無くなっても、アリシアは普通に生きていけるはずだ。むしろいない方が幼児らしくなるかもしれないね!
自分は、お母様の悲しむ顔を見たくない。ここにいる突然の不幸にあった人達もまとめて幸せになれるなら……やってやるよ!
自分の決意に合わせて、金の枝がさらに光を増し、勢いよく天井目掛けて延びていった。
礼拝堂の高い天井に瞬く間に伸び上がり、空中に達すると光は弾け、砕け散っていく。キラキラと小さな光が頭上から降り注ぎ広がっていった。
「あぁ、神の祝福が……」
「なんて神々しいのでしょう」
「どうか、どうか我等の願いを」
光の粒子に、人々は感激の涙を流しながら、ただひたすら拝んでいる。
杖の光は一向に収まる気配がなく、さらに勢いを増していった。それと同時に、降り注ぐ光の粒子もどんどん増えていき、礼拝堂の中を満たしていく。
それはいつしか霧雨のように全身を包み込み、不思議な心地良さを感じさせる。降り注ぐ光が頬に触れると少し冷たかった。そっと顔に触れ、指先を確認すると湿り気を感じる。
杖の光が収まると同時に、光の粒子も床へ全て落ちていった。
光に満ち溢れた美しい光景は眼前から失せ、白い棺と跪き祈る人達が見える。何も変わらない様子に、自分は、失望と悲しみに胸が締め付けられそうになる。
やっぱり、この力だけでは……ダメなのか……。
金の枝を恨めしそうに眺め、項垂れる様にお母様の肩に顔を寄せたまさにその時、遠くの人から奇声が上がる。
「きゃー! うっ、動いた! 死体が動いた!」
「貴方! 生き返ったの? 嘘でしょ!」
「目が、目を開いた! 息子よー!」
棺の中を指さし、驚きの声が次々と上がり、跪いていた人達が我先に棺へと駆け出し始めた。
「ここはどこだ! 黒い影はどこへいった!」
「殿下! 殿下をお守しろ! 我はまだ戦えるぞ!」
自分の側の棺から、男たちが次々と立ち上がり勇ましい声を響かせる。
「お父様! お父様が生き返ったー!」
「あぁ、神の慈悲が我等に届いたのだ」
「お姉ちゃん、生き返ってよかったよー。うぇーん」
棺の周りにいる人達から、歓喜の声が次々と上がり、礼拝堂は騒然とし始める。どの声も、驚きと喜びに満ち溢れ、悲嘆にくれていた様子から一変していた。
「ディオス! こっちですわ!」
「あぁ、待たせたな! 急ぐぞ! ここにいてはアリシアが危ない。エルステア!」
お父様は自分をお母様事抱え、さらにお姉様の側に駆け寄るとそのまま脇に抱え、群衆の頭を飛び越え走り出した。そっ、そうだよね、お父様なら三人抱えて移動するなんて余裕ですよね。
これまでに体験した事の無い、お父様のパワフルな行動に驚きながら、お母様の服にしがみ付いた。
飛び越えて移動する中、自分に視線を向け、祈りを捧げている。ここにいる人達だけでも救えた事に、自分は満足感と嬉しさから涙が零れた。
どれだけの悲しみを救えたのか……ここで救えた人達は、この騒動の中ではほんの一握りかもしれない……。
でも、何も出来なかった訳じゃないから。いまの自分に出来る精一杯を尽くした。
「ははは、アリシアは本当に規格外だ! これからどうするか、真剣に考えんといかんな! なぁ、ユステア!」
「ふふ、本当に私達の娘は計り知れませんわ。お家に帰ってゆっくり考えましょう」
お父様は、大きな声で笑いニッっと笑顔を向ける。お母様は微笑みながら、ハンカチで自分の頬を伝う涙を拭ってくれた。
「アリシアちゃんの優しさで皆が幸せになれましたもの。私の自慢の妹ですわ」
お母様の上に乗せられ、自分と向き合うお姉様。
そのまま、力いっぱい自分を抱き締め頭を撫でてくれた。
「アリシアちゃん、お疲れでしょう? お家に着くまで少しお眠りなさい」
んん? あれれ? 自分の意識がここにある?
そう思った瞬間、スッと意識が遠のいた。
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