この異世界で、転生幼女は何を願う 〜TS幼児エルフは”おむつ”がとれませんっ!〜
しろ
1章:赤ちゃんから始める新生活
第1話 奥の細道(産道)
高熱のせいで自分の意識ははっきりしない。
目を開けるのも億劫なくらい身体がだるい。
体調が優れないが、任された仕事を放り投げて帰る事は許されない。
何とこなして、ふらふらの身体で帰路につく。
家に着く直前から、急に胸の辺りが熱くなる……そう感じた瞬間、一気に全身の熱が上がった。家に着いて測れば四十二度。あぁ、風邪かインフルエンザか?
呼吸が苦しい。
胸が燃えるように熱い。
胃と腸もギリギリと痛む。
このまま家に居ると、死ぬかもしれない。そう考えて、救急車を呼んで病院に運んでもらった。病院で安静に過ごせば、明日には開放されるだろう。
下手に会社休んだら……何を言われるかわかんないし。
本当に、社畜はツライな。
熱に魘されながら、病室のベッドに寝かされ意識が落ちた。
――再び意識を取り戻すと、全身で感じていた高熱は、どうやら引いたようだ。
身体が軽くなったように感じ、妙な浮遊感すら感じる!
病室の空調が効いているせいか、かなり気持が良い。優しくて暖かい空気が、全身を包んでくれているようだ。
凄く居心地の良い部屋だな……。
他人に感染させないように、個室に隔離されたのか?こんな快適な部屋を使ったら、後で高い入院費を請求されそう……保険だけで満額は賄ってもらえないだろう……。
三割負担でも結構するんじゃないか?
まだ目が開けられないし、身体も思うように動かせない。たぶん、意識だけが目覚めているのだろう。今は、余計な事を考えないで、身体を休める事に集中する事にした。
退院したら、家で着替えて、直ぐに職場に顔を出した方が印象良いだろ。会社の奴等に、お菓子くらい差し入れしておくか……。
これ以上迷惑はかけられないからな――
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■」
看護師さんが何か喋っているのか?
まだ、意識が朦朧としていて、何を言っているのかさっぱりわからない。
点滴か何かを交換するために、自分に一声掛けてくれただけか? 身体が動いているかは分からないが、とりあえず手を振って合図をした。
耳から優しい歌声が聞こえてくる。音楽にはまったく興味が無いが、この声は心に染み入る感じで良い。
詳しくは知らんけど、この病院はいろいろ積極的に取り組んでいるようだ。優しい歌に、
自然と心と身体が癒されていくのが分かる。
快適な空調と歌声のおかげで、自分はまた安らかな眠りに落ちていく。
――さて、何日もここに閉じこもっているわけだが……。
とは言え、未だに、目も身体も動かないので、どうしようもない。この部屋が快適過ぎて、ずっとこのままでいいのではないか? 思ってみたり、極楽っていうのは、こういう事かも? と、馬鹿なことまで妄想するようになる。
嫌な思考が働き出す……。
まさか……自分、死んでないよね? たかが風邪、というよりインフルエンザみたいな高熱で、意識を失いそのままご臨終?
それはダサすぎる。
間抜けな事をもう考えたくない! 早くここを出よう!
「すいませーん、看護師さーん! 誰かいませんかー?」
呼びかけても誰も返事がない。
ナースコールってあるんだっけ?
とりあえず、手元を探ってみる。
見当たらない……。
「看護師さーん、そろそろ退院したいのですが」
もう一度問いかけてみたが、返事が返ってこない。
おかしい。
皆、ガン無視ですか?
とりあえず、ベッドから起きられないか、身体を捻ってみるが微動だにしない。自分を包んでいる肉厚な布団が、身体の制御をままならないようにしているのだ。
身体をくの字曲げてみようと試みたり、脚を上げたり、あの手のこの手で布団を引っ剥がし抜け出そうとするが、肉厚の布団が自分の力を吸収してしまう。
うーん、本当にこれは困ったな。
これが布団の魔力か?
布団パワー恐るべし。
冗談を言っている場合じゃない。
本格的に状況の改善が出来ない事に焦った……。
もう一回、焦りと苛立った気持ちを込めて布団にグーパンチ!
「おぉっ!?」
パンチが穿った箇所に隙間が生まれ、光が射しこんだ。
「きたっ!? 出られる」
と、声をあげた瞬間、身体が光の差す方向へ吸い込まれ始めた。
抵抗できる吸引力じゃないぞ、これ、めちゃくちゃすぎるじゃないか!
「いやいやいやいや、その隙間じゃ身体通せないから」
「暴れてごめんなさい、これ死ねる! 誰か止めて!」
懇願も虚しく、自分は頭から吸い込まれ始める……。
やばい、これは漫画とか映画で目にするベタな危険なシーンだ。このまま吸い込まれるとミンチにされる!
頭蓋骨が壁に圧迫され、変形していくのがわかりゾッとした。間違いなく今、自分の頭は……きゅうりみたいに細長い形状に変形しているはず。
だが、何故か痛みを感じない事に気付いた。
麻酔が効いてる?
そんな事を考えている間に、肩も圧迫され、体にめり込んでいく。
最早、ジ・エンド。
下手に意識がある分、変形する身体に恐怖しかない。
さらに吸引力が増し、勢いよくずるりと這い出すように隙間を抜けた?
気がした……。
抜けたと感じた直後、今まで真っ暗だった視界に光が射し込んでくる。
「あぁぁ、ここは外か? 外なのか? 遂に出られたぁ!」
と思わず大きな声で叫んだ。
長かった、本当に長かった。
自分は遂に……自由を得たのだ……。
喜びの叫びを上げている最中、誰かに背中をドンッと叩かれた。
叩かれた拍子に、口から思いっきり胃の中にある物を吐き出してしまった。吐き出した瞬間に入れ替わるように、身体に空気が一気に入ってくる。一気に空気を吸ったせいで、さらに咽てしまった。
「うぁ、呼吸が上手く出来ない」
ひゅー、ひゅー、と呼吸が浅くなり、窒息しそうになったが、少しずつ心臓の鼓動と呼吸のリズムが整いだし息苦しさが軽減されていく。
「おいっ! いきなり叩くなんて酷くないですか! 一瞬、呼吸が止まっちゃったじゃないですか!」
「治してくれたのはありがたいけど、閉じ込めて放置はどうかと思いますよ!」
「おまけに出口に変な装置を付けて吸い出すとか、どんな扱いなんですか!」
目が開いていないのか、光の差す方に向かって全力で抗議した。
「■■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■■■。」
「■■■■■■、■■■■■■■■■■■■。」
「■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■。」
自分の抗議を受け、周囲がざわざわと騒ぎ始めた。
何を言っているのか分からんが、自分に向かって謝罪と言い訳をしているのだろう。今は謝罪を受け入れる気は無いので、許すかどうかは身体が回復してからにしよう。
ともあれ、外には出られたのだ。
これで普通の生活に戻れると思い安堵した瞬間、一気に身体の力が抜けて思考が途切れた――。
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