第11話 電脳は夜景に憧れる

 店での香織の様子は、一見以前と変わりなかった。だがよく観察すると違っていたこともあったが俺以外は気が付かなかったと思う。少なくとも俺はそう感じた。

 寿司用のネタを切る時などは慣れたということもあるが、鮮やかに包丁を使っていたし、カウンターに出て寿司を握る時もそつがなかった。

 店長の甘利が、本当に香織の義体が新しくなったのを、知らないというのには疑問が残ったが、少なくともそれを甘利は口にはしなかった。

 店は順調で連休前の金曜などは入店を待たせるほどだった。どうやらSNSで

「美人の寿司職人がいる」

 とか

「綺麗な娘に握って貰える鮨は旨い」

 とか噂になり始めているらしかった。そんな中、俺はある日の休憩時間に香織に訊いてみた

「そう言えば引っ越しはどうなったんだ」

 俺と甘利以外は、香織の躰が義体という事は知らないので、こんな訊き方になった。

「はい、もう済みました」

 何気ない表情でそう言った。俺としては、香織が研究所から出たことが判ればそれで良かった。その時はそれ以上追求はしなかった。

 そして週末の土曜になった。店では訊けないこともあるので、俺としては二人だけで色々と香織に訊きたいことが山ほどあった。

 ちなみに香織はネットワークと繋がっているので、自分から誰かに電話をする時は携帯やスマホは必要としない。脳内の操作だけで繋げることが出来るからだ。店やビルの周囲ではだG、その他の都心ではG、それ以外の地域では4Gとして繋がっている。だがこれは研究所の監視下に置かれる。仕事がらみや通常の他愛ない事なら、それでも良かったが、香織は俺との事はなるべく他の者には秘密にしたかったみたいで、俺との連絡用にスマホを買った。これは彼女が持たされているカードでは無く、俺が買ったものだ。香織が言うには

「もうすぐ給料制に変わります。そしたら返します」

 そう言ったがMVNOの契約はカードが無いと契約出来ない。つまり、香織が使い始めたスマホは名義上は俺のなのだ。まあ俺との連絡専用なら、それでも良いのだが……。

 店を閉めるとビルの表に出る。歩き出すと、そっと人影が寄り添って来た。香織だと直ぐに判る。

「待たせたな」

「いいえ。待っている時間も楽しかったです」

「ほう、どうしてだ」

「だって今夜は特別な夜になりますから」

 特別になるか否かは俺次第でもある。歩きながら香織が

「あれ、今夜は部屋に行くのでは無いのですか?」

 そう言って不思議な顔をした。

「今夜は特別だからホテルを予約してある」

 そう告げると香織の顔が輝いた。

「そうなんですか。私嬉しいです。一度ドラマみたいに都心の高層のホテルで一夜を過ごしてみたかったのです」

 そうか、それを聴いて香織も普通の女の子だと強く思った。そして香織が腕を組んで来た。今日の香織の私服は、タイトな黒いミニスカートにシルクを思わせる白いブラウス。上は明るいグレーの長めのカーデガンだ。白く長い脚が眩しい。少し踵の高いピンクのエナメルのパンプスを履いているので、より脚の長さが際立っている。

「お洒落して来たのか」

「はい特別な日ですから」

「そうか」

 大通りでタクシーを捕まえて乗り込むと

「〇〇ホテルまで」

 と告げる。それを耳にして香織の表情に驚きが浮かんだ。自分が思たホテルより高級だったのだろう。

「かしこまりました」

 と言ってタクシーは走り出した。程なくホテルに着く。フロントで

「高梨ですか」

 と言うと部屋に案内された。二人だけになると香織は

「わぁ~本当に夜景が綺麗です。夢みたいです」

 そう言って相当興奮している。

「ところで、なあ何処に部屋を借りたんだ」

 窓際で夜景に夢中になってる香織に問いかけると振り向き

「〇〇町です。高梨さんの隣の隣町です」

「それは近いな。どうしてそんな近所に借りたんだ」

「だって店に近いし、何かあれば高梨さんの部屋にも近いから会社からも勧められたのです。私も断る理由もありませんから」

 部屋には何があるのだろうか。香織の事だからベッド以外は何も無いのでは無かろうか。

「部屋にはベッドの他、生活に必要なものは一通り揃っています。それを私が皆使うかは別ですが」

 そう言って俺に抱きついて来て、唇を求めた。それに応える。舌と舌の絡み合いは全く人間のそれと変わりは無い。

「うふふ。キス上手くなったでしょう」

「今度の義体は本当に良く出来ているみたいだな」

 俺がそんな事を口にすると香織は嬉しそうな表情を見せて

「全てお見せします」

 そう言ってカーデガンを脱いで部屋にあるソファーに掛けた。

「今度の義体は前と全く違います。エネルギーは基本的に核融合だけで間に合います。躰はその熱を放射して人同じ程度の体温を保ちます。今度は悲しいと涙も出ます。熱が高くなった時には皮膚の表面に汗を掻いて冷却します。だから水分の補給が必要になります」

 そうか、だから仕事中でも水を飲んでいたのか。前も水を口にすることはあったが、まれだった。

「じゃあ、キスした時の口の粘液も水から作られているのか?」

「基本的には、そうです。でもそれは人でも同じです」

 確かに我々人間は水を飲んで体液を作る。そう言っている間に香織は白いシルクのブラウスを脱いでカーデガンの上に置いた。

「今日はちゃんとブラジャーもして来ました。どうですか?」

 香織は白くカップの縁に刺繍の入っているお洒落なものだった。大きな胸が寄せられて深い谷間を見せている。

「これFカップなんです。お店の人はGでも良いです。って言ってくれたのですけど、Gって何か大き過ぎる気がして……」

 俺は思わず香織の背中に手を廻してホックを外してブラジャーをそっと外した。ぷるんとした感じでたわわな二つの膨らみが弾んで弾けたように少し外側を向いた。香織が思わず両方の腕で胸を隠す。

「恥ずかしいです」

 頬の膨らみが赤みを帯びる。こんな表現までされたら目の前に居るのは年頃の女性としか思えなかった。

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