荊の国の寓話/一夜明けてここにかえる物語

瀞石桃子

第1話



#noveでお題あるいは上段

[クリスマス][戦][ガラスボトル]



クリスマスまで一週間。

ときどき私が会話をするハイビスカス王国の王様は今日も今日とて頭を悩ませていました。




荊の国の寓話/一夜明けてここにかえる物語




ここは南国にあるハイビスカス王国。

ハイビスカス王国は気候柄、年中温かく、冬になっても雪は降りませんでした。したがって、以前はクリスマスという文化は存在しませんでした。

しかしながら王国の第三皇女であるマルヴァはある日、「クリスマスの翌日、枕元に欲しいものが置かれている」という話を聞きつけてきました。


ハイビスカス王国の王様はマルヴァにその情報に誰に聞いたのかと尋ねました。するとマルヴァはネットサーファーだと答えます。

彼らは王国から各地の海に派遣されている小さな情報収集員です。青い海が似合う、褐色の肌。彼らは勤務先の海洋を数か月ほど調査したのち、得られた情報や資料を王国に持ち帰ってくる職業に従事していました。


マルヴァは庭先に偶然通りかかった顔見知りのネットサーファーと話す機会があり、そのときにクリスマスという風習があることを知りました。

それからのマルヴァはすっかり上機嫌。一日も早くクリスマスになってほしい、と目を輝かせてながら部屋の掃除も毎日せっせと頑張り、まだ歩くことすらおぼつかない第四皇女のシーダの世話も率先して行いました。


屋敷を縦横無尽に駆け回るマルヴァはもれなく出会う人すべてにクリスマスのことを教えました。

侍女であり皇女らの教育係である白服のウレーナは知らなくてもいい情報があっという間に拡散していくようすに辟易しながら、新しい文化の襲来に不安を抱えました。


ウレーナは実を言えば、昔からクリスマスの存在について知っていたのです。もともと別の寒い国からやってきた人間なので、彼女の王国では毎年雪の降るクリスマスはたいへんにぎわっていたものです。だからこそ、当初ハイビスカス王国にクリスマスがないことを知ったときは驚きましたが、かの温暖な気候や土地柄でわざわざするイベントでもないだろう、と思ってみんなに黙っていました。


その楽観視がまさかこのような状況を招くとはゆめゆめ思っていませんでした。

彼女が黙秘していたゆえに、予想外の展開でクリスマスが訪れようとしていることは避けがたい事実のようです。あまつさえ、夢を叶えくれるサンタの存在を無視しているのですからこれは大変。

情報が誤った形で伝達され、それが一般的な認識になってしまうことほど恐ろしいことはありません。

ひとたび流布されてしまった情報を一人の力で修正するのは無理だと悟ったウレーナは、王様に直接かけあってみることにしました。


「困ったなあ」

「ええ、困りました」

ウレーナから事情を聴き、王様は誤解を解くための算段を考えましたが、最終的には全部は解決しないという判断に至りました。

あくまでみんなにはマルヴァが間違った有象無象の情報を流したということにし、後から言及されたら真実を伝えるという体裁をとることにしました。

「ですが王様。当のマルヴァにはどうお伝えする御心なのですか」

「彼女には、そうだな。嘘の情報であっても、何かを楽しみに日々努力をしていることは事実だから私がじきじきに渡そう」

「でしたら私がこれ以上申すことはございません」

「うむ、そなたも大儀であった」


このようにやり取りがあったのち、一人になった王様は各地に矢継ぎ早に連絡し、マルヴァの要望を満たすだけの準備に取り掛かりました。


そうしてやってきたクリスマスの当日は、形だけでもということで王国をあげて盛大にパーティーを催しました。国土の3%ほどを占める広い庭を使い、できる限りたくさんの国民を招きました。

王様はほんとうのクリスマスではないにしても、年に一度国に感謝をする日があってもよいだろうという考えは兼ねてよりあったので、国民たちも多いに楽しんでくれました。

そういう意味ではクリスマスは大成功し、大団円のうちに幕を閉じました。


マルヴァもパーティーを楽しんだのち、今日は早く寝ます、としおらしく会釈をして部屋に戻りました。ちゃんといい子にしている子どものところに欲しいものは置かれると聞いていたので、パジャマに着替えて歯も磨いてぐっすりと眠りました。


クリスマスの夜、こっそりとマルヴァの部屋に忍び込んだ王様は今日の今日までマルヴァのために準備したそれを枕元に置きました。

“置き続けました。置いて置いて置きまくりました。”

それが終わったのは、実に忍び込んでから一時間以上経過してからのことでした。

王様はほどよく汗をかきつつ、満足した表情で自室に戻っていきました。


あしたの朝、あの幼子の喜ぶ顔を見れると思うとやはりクリスマスはやってよかったかもしれない、とクスクス微笑む王様なのでした。



クリスマスから十日ほどが経過した早朝。

光芒のさなかで楕円形の瞳がうっすらと開いたアオダイショウは、一昨日の夜にたらふく食べた獲物がまだ消化しきれておらず胃もたれを起こしていた。細長い身体の一部はこんもりと膨れており、木の枝に感染したコブのようだった。

「さて、今日は、ふわあ」

アオダイショウが欠伸をすると、口内の薄いピンクがちらりと艶めく。体長2メートル弱の胴体のうち、一番自信があるのが口だった。握りこぶし程度のねずみであればぱっくりと収まるから、餌さえあれば生きるのには困らなかった。


アオダイショウが理解している限りにおいて、このハイビスカス王国の中心に座するお城の周囲は手付かずの原生林があり、その多くを占めるのは棘のある樹皮や枝、葉、花、果実を有する植物だった。

どこかしこを見ても荊だらけで、道を進むときは慎重に時に大胆に動かないといけない。中途半端に周囲を確認しながら進むと、結局身体が傷ついてしまう。だから、ある程度上皮がめくれることは承知で、まさしく荊の道を生きていかなくてはならなかった。

けれど、アオダイショウにとってはこの荊だらけの環境が返ってメリットをもたらしていることもあった。

なぜならアオダイショウのような爬虫類を狙う天敵から襲われにくいから。タカやトンビなどの大型の鳥類は荊の絨毯に飛び込むことができず、地面に近い獲物まで到達できないことをアオダイショウは理解していた。もちろん彼らの中にも身を投げ捨てて突進してくることもあるし、それによってアオダイショウも何度か危険な目にあってきたものの、鳥たちも学習をしてそこまで積極的に彼らを捉えようとはしなかった。

ましてハイビスカス王国はさまざまな土地から隔離された海洋島だから大型の哺乳類は生息していないし、実質アオダイショウをおびやかす存在というのは滅多にいなかった。


ところが、クリスマスから二日経過したあたりから、どうにもようすがおかしいことをアオダイショウは理解していた。彼女の好物であるカエルが明らかに減少しているのだ。

それと同時に、わざわざ荊の道に入ってくる王国の人間たちも頻繁に見かけることが多くなった。

彼らは荊によって身体を傷つけないための厚手の装備をしており、片手に持った鉈や刈払い機などであたり一帯の荊を切っては地面に目を凝らして何やら探しているようだった。

アオダイショウも見た目は枝のように細長い体躯なので間違って切られてしまってはたまらない。人間の存在にたいしては非常に敏感なので、素早く危険を察知したり息をひそめてその場から離れるように心がけている。


ともあれ、

「やっぱり様子が変だわ、いやな予感しかしない」

もしやこのまま彼らの手によって荊の道が切り開かれ、アオダイショウやほかの生き物たちの住処がかく乱されてしまってはまさしく生態系の損失である。

真相はさだかではないが、いかようにしても人間のエゴひとつで自然が破壊されてはならないと思うし、荊がなくなって地肌が露出してしまうとそこに付け込んで鳥たちが襲ってくる可能性だって十分に考えられた。

アオダイショウは状況をきちんと把握するべく荊を切り払う人間たちをよくよく観察することにした。いま見えているのは二人の男性で、片方は恰幅のよい体格でとにかく鉈を振り回すというさまだった。

ところがその表情はかなりわずらわしそうで、つきまとう虫を振り払うようだった。もう一人の痩躯の男性も刈払い機で切り分けていくが、動きは緩慢、というかやる気が感じられなかった。つまり二人ともその作業に対していやいやながらやっていることが見て取れた。

「誰かに指示されてやっている、ってことなのかしら」

また、二人の男の背中には不透明のポリ袋が背負われており、その底には黒っぽいもの、茶色っぽいものがびちびちと動き回っているように見えた。

アオダイショウは、というか蛇は視力が弱いので物体を視覚で認識することは苦手なのだけど、なんとなく黒や茶色の正体は察しがついていた。

「人間が私の獲物を捕まえていたのね」

しかしながら、またどうして? まさかアオダイショウのようにそれを食物にするわけもあるまい。さしもの王国も短期間に凋落するはずはないだろうし、そもそも数日前のクリスマスの夜の尋常ではない騒がしさを聞いていたらやはり疑問が残る。

そうなると、


「彼らは誰かの指示で私の獲物を捕獲して、なにかに利用しようとしている」


という筋がもっとも妥当な気がした。

アオダイショウはなめらかな鱗に静かな憤りを覚えた。

彼女は毒を持たない。毒を持たない種類の蛇だから、そう、人的には無害だ。無害ということは彼女が悲しみのあまり人に噛みついたとしても、きっと返り討ちに逢うだけだ。荊もろともに鉈なんかで首をぱっくりと切り落とされるだけかもしれない。そんでもって、 鳥たちの餌にするために海に投げ捨てられるのだろう。

それは、いやだな。

ご無体すぎて胸が苦しい。

気味が悪いというだけで殺された仲間をたくさん見てきた。アオダイショウは自分がそうなって死んでいくのは心底いやだと思った。汚い穢らわしいと言われながら、地上でこと切れ、口の開いた蛇を見下ろしながら哄笑する人間の心の貧しさをとことん憎んだ。

それでも相手に圧倒的に敵わない事実は翻らないから、それがむなしかった。


アオダイショウは自分がこれ以上傷つかなくていいように、数百メートル離れた樹木の根が盛り上がってできた小さな薄暗い空洞に身をひそめた。

そして静かに静かに、荊がぱつんぱつんと切られる悲痛な音を聴いていた。



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