映画
鯰川 由良
映画
高校二年生の初夏。
たしか、あの日は猛烈に暑かった。
長袖シャツを肘のあたりまで捲って、何で半袖を着て来なかったんだ、ってただただ一人で後悔していたのを覚えている。
その日帰り、僕はいつものようにレンタルビデオショップに寄ったんだ。
レンタルビデオショップっていっても、大きなところじゃなくて、もっと小ぢんまりとした、個人営業の。
お店の中は程よくクーラーが効いていて、僕はそこで涼みながら、じっくりと、興味のある映画を探した。
下の棚を覗くためにしゃがんでいた僕に、妙に明るい声が降り掛かってきたのはその時だった。
「あれぇ?あんた、同じクラスの…!」
顔を上げると、そこには新学期から同じクラスになった女子生徒が立っていたんだ。
「えぇっと…(クラスメイト)さん…だっけ?」
「そそ、名前覚えててくれてたんだー、意外。」
「前に授業で班組んだから、ほら、近くの席の人と、みたいな…」
「そうだっけー?まぁ、いいや。それよりさ、君も映画に興味あるの?」
「一応、ね。そこまで詳しい訳じゃないけど。」
「実は、あたしも映画にハマっててさー、あ、あれ見た?恋愛映画の─────」
「あ、僕恋愛映画はあんまり見ないんだ。なんていうか、少し苦手でさ…」
「えー、すんごい面白いのにー」
そういうもんかなー、と僕が首を傾げていると、彼女が急に僕の腕に一本のパッケージを挟んだんだ。
「これあたしのイチオシ。明日までに見終えて感想教えてよ。明日もここで待ってるからさ。」ってね。
僕は仕方なくそれを借りて店を出たんだ。
当然、その時は不快感が強かったよ。なんで、僕がこんな物を、って。
当時の僕は、小難しい映画を選り好んでいて、謎に芸術を語っていたからね。
でも、帰ってからそれを見てみると、それは予想よりも遥かに良くてね、僕は大きな衝撃的を受けた。
その夜は謎の高揚感でなかなか寝付けなかったもんだ。
次の日、僕が興奮しながら感想を伝えると、彼女は笑いながらもう一本別のパッケージの渡してきた。
「これも、かなり面白いから!」
それに対して、僕も一本の映画を手渡した。
「よかったら、見てみてよ。」
彼女は笑顔でそれを受け取った。
その日から、二人の距離は急速に縮まっていったんだ。
一緒に映画館に行って映画をハシゴしたり、お互いの家で上映会を開いたりした。
それは、ある日、僕の家で上映会をしていた時のことだ。
僕はその映画を見て、ふいに思いついたことを口に出した。
「この女優はまだ演技が下手くそだね。セリフも棒読みがちなところがあって。なんか、こう…伝わってくるものがない。」
当然、同意が返ってくるものだと思っていた。
しかし、その返答は僕の思っていたものとは違かった。
「えー、あたしは結構好きかな。この魅力が分からいないなんて、君も案外まだまだだねー。」
それを聞いて、僕は頭が熱くなるのを感じた。
僕はそれなりに映画を見てきて、少なくとも彼女よりは何倍も多くの映画を見てきたはずだ。
それが、わかってないねーだと??
気がついた頃には僕の口からは色々な悪い言葉が飛び出していたんだ。
頭が冷えた頃には、彼女はもう部屋に居なかったよ。
残っていたのは、絨毯に染みた涙の跡だけだった。
それからは、彼女は二度とビデオショップに顔を出さなくなった。
やがて、大学受験に向けて皆勉強を始めて──────。
結局最後まで口は聞かずじまいだったな。
二十歳になった僕は未だにそんなことを考えている。
ずっと、同じところで立ち止まって、成長しないままだ。
目の前のテレビには、新作の映画が映されている。
缶ビールを一口傾けて、空虚を見つめる。
あの女優さん、演技が本当に上手くなってる。
君の言っていたことは正しかったよ──────。
僕のそんな呟きも、誰にも届かず、空っぽの空間に消えていくだけだった。
映画 鯰川 由良 @akilawa7100
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