Nightmare:DC:Summer

羨増 健介

終わらない夏を壊そう。クソッタレのセカイの為

「ジジジジジジイイイジジジ……ジジジッ」

 蝉の鳴き声に限りなく酷似した電子音が耳を劈いていて、窓を閉めるとその音は聞こえなくなる。「風情が」とか抜かすメガネに「はぁ……」と大きい溜め息を吐いて、僕は閉めた窓を勢い良く開けた。


「風物詩は時たま遭遇するから風情だって思うわけじゃん……風物詩のよりどりみどりは別にただのごった煮でしょうがよ」

「ほらまたそんな風情無いこと抜かしちゃうんだからぁハルトマンは」


 ドアを開けると風鈴の音が「ちりん」と室内に木霊す。

 夏の風物詩を眺めながら外を見やっていると、メガネがいつまでも暑いと抜かすので、ゼミ室の外にある業務用冷蔵庫に飲み物を取りに行くことにした。

「ラムネと麦茶があった……どっちがいい?」

「麦茶……てかその麦茶、色やばくねぇか?」

「ホントだ……んじゃラムネだ」

 そんなやり取りをしてドアを閉めるとついさっきまで聴こえた夏の風物詩の音が聞こえない。ふと下を見ると、吊り下がっていた風鈴が壊れていた。


「今日は何巡目の2020年だっけ」


「2020回目だね。うん、大丈夫。覚えてるよちゃんと」

 2020年になにが起こったか――多分最初は覚えていたんだと思う。きっと何かあって、声が枯れるほどにむせび泣いていたのはさっき思い出したことだ。

 現実世界の2020年がどうなっているかも分からない。知りたいけど知る手段が見つからない。

 さっきからPCを叩きっぱなしのメガネは「ふあぁ……」と伸びと欠伸をして

「眠い」と独り言ち、ちょっとの間キーボードを叩いてから、ラムネ瓶を掴む。


「このループって、やっぱ俺とハルトマンと真奈美しか知らなかったんかなぁ」

 「2020サマーデイズ」。

 きっと僕たちだけだ。この世界に住んでいる誰もが知ることは無い。無論、僕もメガネも知る由は無かった。12回目までは。


 なんか大学内から外に出れないし、学園の校門前は重火器持ったハゲがウロチョロしてるし――で、なんかどうも普通の世界じゃないとは薄々と感じていたけれど、よもやループ世界だとは思わなんだ。


 一人で「何処だここ意味分かんねぇ」と嘆いてる時に、プログラミングおたくのメガネと出会い、その三日後に真奈美という少女に出逢った。


 三人でこの世界を脱出しようと決めてからは、あの手この手を駆使して、ループ世界の脱却を目指した。管理AIを全滅させたり、致死性のバイオウイルスを仕込んで学園内の人間を全滅させたり、この世界の統制者である「マザー」と接触し、管理AIによる統制社会を崩壊させた。


 それが――確か555回目の事象。「マザー」を壊した後は、普通に平穏な日々を過ごし、とあるひとつの出来事を覗いては秋が始まるまで、三人は一緒にいた。


 そして――555週目の最期の夏に、真奈美は消えた。

 つまりは、彼女がいなくなったこと以外は何も変わらなかったということだ。


「タイムリープも試したっけ確か」

「んだ。よく覚えてるなハルトマン」


 時間旅行をしてタイムリープして僕とメガネを殺した。そしたらパラレルワールドが生まれて777巡目を12回繰り返すことになった。


 丁度777回目の夏は記録的猛暑を更新した年で、39℃越えの日々が30日以上続いていたのをよーく覚えている。その頃はまだゼミ室にクーラーが設置されてて快適だったんだけど、777巡目を十二周した後、778週目のゼミ室にはクーラーが無かった。最悪だ、最悪。


 過去に思いを馳せていると、「よし、できた。おまたせ」と隣から声が響く。

 軽くガッツポーズをし、手の平をパンと合わせるメガネ。どうやら、この夏最後のプログラムを無事書き終えたらしい。


「待ってました。今回もお疲れ様」と僕は檄を飛ばす。

「サンクス、そんじゃ……計画を実行する前に、裏山行こう。裏山」

「早くないか? 疲れてるよね?」


 彼岸だからな……。と言ってから「報告はいち早くしたいんだよ。彼女に」


「そうだよね。じゃ行こう」


 556巡目から欠かさずにしている――彼女のお墓詣りだ。計画を実行して失敗した次の日、N巡目の最初の日と計画実行日の前日に、必ずしていること。


「腹減った! 鰻でも食おう鰻でも」


 そんな他愛無い会話を繰り返しながら、僕らはゼミ室を後にした。


 真奈美の墓は、大学裏に小さく聳え立つ低山の中にある。共同墓地の隣にどどんと墓を購入した。555回目のあの夏、真奈美の最期の笑顔が忘れられない。


 裏山にはどうしてか管理AIも近寄っては来ないので、鰻の出前をみっつ取ってのんびりと夕焼けを眺めていた。


「マザーが真奈美の生き写しだったなんて、無茶苦茶過ぎるよね」

「……そりゃそうだ、そりゃそうだよ。ハルトマン」


 556巡目に飛ばされた僕とメガネは、真っ先にこの場所へと赴いた。真奈美のお墓がちゃんと「そこ」にあった時は「良かった」と自然と口からこぼれたし、メガネは嗚咽を漏らして咽び泣いていた。


 真奈美とメガネと僕と――三人とでこの瞬間を迎えられたら、どれだけ良かっただろうか。三人だったら永遠の青春を、夏の風物詩に囲まれながら過ごすのも悪くは無いとさえ思った。そんな感傷を早速壊したのが、鰻屋の出前のバイクの音。


「なんでみっつ? もしかして……真奈美の分?」

「半分正解で、半分不正解……」と指を振りカバンから取り出したノートPCをそそくさと立ち上げ、メガネはプログラムを起動する。


 すると、「ぬぬぬ……」っとPCから女子高生が出て来た。


「女子高生を模した因果崩壊プログラムを用意した。それでは早速――」

「待て待て待て!」


 まさかPCから飛び出して来るとは思わなんだ。貞子かよ……。

 それに……。


「本当に……」

 そして、丸みが掛かったショートボブの茶髪にゆるっとした表情。

「真奈美そっくりだ……」

「いえい」と真奈美が僕に第一声を放つ。「そうだろうそうだろ」と隣で鼻を高くする。なんか懐かしいなこの雰囲気。伝わらないだろうけど。


「真奈美が?」と僕が言うと「女子高生」とメガネが返す。そんなこと言ってたっけ――僕が首を傾げていると「言ってなかったっけか」とメガネも首を斜めに傾けた。


 真奈美が女子高生だった――なんてことは555巡目、彼女と過ごした最後の夏に聞けることはなかった。僕は彼女が何者かは知らなかったし、今隣にいるメガネも何者かは知らない。 


「まぁ兎に角、これでループ世界を壊す」

「その前に」と僕らは目の前にあるうな重に視線を落とす。隣じゃ真奈美を模したプログラムに箸の持ち方、重箱の持ち方をラーニングさせている

「さて……」


 最後の晩餐をいただくことにした。


「「「いただきます!!!」」」



「一巡目の2020年に飛んで……タイムパラドックスを起こしてくれ。この夏とこの世界と……2020年をぶっ壊してくれ」


 めちゃウマだった最後の晩餐を終えた後、僕がメガネに言い渡されたミッションは時間旅行だった。


「N度目だ」「やっぱコレしか時間軸壊す方法は無かった……ごめん」

「美味しい? これ」

「…………」


 無言で0と1の塊をむっしゃむっしゃと実に美味しそうに頬張る真奈美二号は、そのデータ修復を不可能にするプログラムを仕込んでいる。つまりはウイルスだ。


 つまりは、今まで旅して来たであろう2020年のデータを全て壊してこの世界を崩壊させちゃおうということ。


「2020回目の2020年から、真奈美二号はプログラムとしては動かしていた。だから崩壊はもうすぐだ……始まるぞ」


「メガネ……お前はどうするんだよ。」

「俺はこのプログラムの管理者だし、本格稼働は俺が真奈美に食われてからだ」

「は? ちょ!! 待っ……!?」


 メガネの合図とともに、かぷっ、と真奈美二号がメガネの首筋に甘噛みする。

 同じ場所を何度も甘噛みをしている様と、噛まれるごとに身体が文字通り綻びていくメガネを目の当たりにしている。

 管理者を食らってデータの蓄積、ラーニングを行っている。


「あっ……真奈美。そこっ……ちょ……くすぐっ……ちょ……ああっ」

「……」

 ラーニングを重ねている内に、メガネの姿は跡形もなくなった。

「メガネ……」

 こうして、2020回目の2020の夏――崩壊作戦は幕を切って落とされた。



 世界を壊すごとに、前へ前へと進んでいる。


 そんな確かな感触を直に触れながら、僕はバイクに跨って世界を文字通り横切っていた。真奈美二号が食べた場所はウイルスが浸食し、修復ができなくなる。


「ごちそうさま。次」

「……oh」

 最下層の2020年は、カップ麺ができあがってしまうタイミングで崩壊した。今こうして疾走っている間も、世界は終わりの兆しをちゃんと見せている。


「次、行こう」


 食べている最中に――


「この世界は電子の海で構築された世界じゃなくって、夢の中の世界……かも」

 ――なんて真奈美二号はぽつりと呟いた。プログラムが喋ることだから、ただの独り言だろうと聞き流していたけれど、何度も言うので、「それ僕に言ってる?」と訊いてみたら「そうおよ」と良く分からない返事が来た。


「なんでそう思うのさ、真奈美は」

「真奈美がそう言ってる」1945巡目の2020年のカケラを頬張りながら、彼女は言う。真奈美が――? んっ? と首を傾げるも意味が良く分からなかった。


「真奈美が……きっと伝えたいことだと思う」


 真奈美が伝えたかったことを、真奈美二号は伝えようとしてる。この世界で真奈美が言わなかった――いや、言えなかったこと。


「味違うね……ヒトカケラずつ持ってきてるけど。やっぱ飽きるよ」


 世界を横切るごとに、真奈美二号の言動とか、仕草が真奈美本人とそっくりになっている気がする。


「ちなみに、今通っている世界が555巡目で次は12巡目にワープするよ」

「えっ」


 ワープは一瞬だった。


 時間跳躍。もっとこうワクワク感があるものだと思っていたけど、世界をカブで横切っている最中だったから、唐突だ。前時間跳躍したときと同じだ。

 風情が無い。


 そして――――


「まだまだいっくよー」

「えっ、また?」

「うん。そだよ? そんで12巡目で真奈美とはお別れ……このワープで、無事ハルト君は一巡目に辿り着くよん」


 別れは、唐突に訪れる。


「その代わりに、真奈美がハルト君に伝えたかったことを教えるから」

「真奈美……」

「一巡目のハルト君に伝えてあげて……じゃないと、きっとまた最初から始まっちゃうんだと思う」


「そっか。それは、責任重大だね」


 ここで失敗すると、また永遠の2020年が始まってしまう。夢と現実の境界線が一番近い一巡目。


 長い旅を今までして来た僕は、この長い長い旅を始めるかもしれない僕自身に言わなきゃいけないことができてしまったようだ。


 真奈美が抱いていたあの日の想いも、今僕が抱いているこの気持ちも――


「真奈美は、初めてハルト君にあった時から――――」

「真奈美!」

 最後の時間跳躍が始まる。別れがあれば出会いがある……。揺れ動き、燻る心の中が渦巻いたまま、時の狭間で、僕と彼女は手を振り合う。

「「―――――!!」」



 

 点滴が繋がれ、知らない天井が視界一杯に広がったとき、僕は何処にいるんだ? と普通に思った。体を動かそうとすると鉛のように重いし、


「良かった……良かった」なんて看護師さんが涙ぐんでいる。人の涙って久しぶりに見たなぁ……。と何時かのことを思い出す。


「待っ!」と看護師さんを呼び止めると、「どう……しました?」と優しく、椅子に座ってこちらを覗き込む。


「そう……だ……今日って……何時ですか?」

「2020年の7月7日。七夕ですね……」

「そう……ですか……ありがとう……ございます」

 そっか、と溜め息を吐くと。

「朝霞さんは、願うとしたらを願いますか?」


 看護師さんはこんな事を訊いてきた。

 夢であったあの人たちに、もう一度会いたい。

 ふとそう思った。


 僕は長い夢を見ていたと同時に、長い長い旅をしていた。一人の少年と一人の少女と出会い、壮大なスペクタクル映画もびっくりなSF劇を繰り広げた。

 心臓の音は、早い――鼓動は高鳴っている。僕の心は踊っていて、今にも走り出しそうで、淡く揺れている。


「あの……」


「どうかしました? 朝霞さん」


「夢……見た……見たんです。青春を、だから、その、一緒に……話したい、人たちがいる……んです。ずっとずっと、長い夢の中で一緒にいて、名前しか知らなくって……でも」


「うん」と看護師さんは僕の言葉に相槌ちを打つ。


「きっといつか、会ってみたいなって……」


 僕が看護師さんにそう言うと、窓際に吊るされていた風鈴が「ちりん」と優しく鳴った。


「そうだ。ここ最近、朝霞さんのご友人を名乗る子が二人……面会を申し出てたんですよ。確か――」


「もしかして……○○さんと、○○さん……ですか?」


「ちりん」


 驚く看護師に、僕は思わず笑みを零した。点滴してるし、髪もボサボサだし、身体ちょっと臭いだろうし、大丈夫かなぁ……。


「是非、面会……お願いします」


 2020年、僕の夏が――ひとつの風物詩と共にこれから、始まろうとしていた。



               了

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