第237話 海賊退治

銚子と行徳の犯罪行為の対処には二つの側面がある。

今起こっている銚子の魚の窃盗を防ぎ漁師の稼ぎを確保する事、行徳の塩の窃盗を食い止め製造関係者の売上を確保する事、そして両方の黒幕を突き止め根絶やしにし二度と繰り返さ無い様にする事である。


行徳の塩の窃盗は二、三日の猶予があると確かめられている、そこでまずは銚子の魚窃盗に対処する事になった。

誠一郎から略図を描いて貰い窃盗団が船を泊める入り江を見下ろす高台の岩場から龍一郎たちは見下ろしていた。

銚子にやって来たのは龍一郎を統領に、お佐紀、平四郎、お峰、三郎太、お有の六人と里の一組を五人で組まれた二班十人で有った。

養老の里の十人の中には千代田の城の警備に参加した経験のある者もいた。

只、その者たちも含め誰も敵を相手にした事は無く皆に取っては初陣と言えた。

里を出立する前に参加する皆が集められ龍一郎から決め事が通達された。

一つ、何が有っても私に従う。

一つ、私がいない処で江戸からの者がいる刻は、その者に従う。

一つ、里の者だけでは動かない。

一つ、気を失わせるのみで殺してはならない。

一つ、猿轡(さるぐつわ)を噛ませる。

一つ、後ろ手に縄で縛る。

一つ、足を縄で縛る。

一つ、捕らえた者たちは現地において決めた場所に直ぐに集める。

一つ、以上を守らぬ者は次回からの務めは無い。

全員で何度も何度も一つづつ復唱させられていた。


崖の上から見えた風景は誠一郎の知らせの通りであった。

横に八本の櫂が付いた船が入り江の浜に半分上げられていた。

今夜は残念な事に丸に松の字の船はいなかった。

浜に篝火(かがりび)が三本立てられ波打ち際から少し離れた処に小さな小屋が建っていた。

その小屋の壁板の隙間から明かりが漏れていて中に人がいる様で明かりがちらついていた。

龍一郎が三郎太を指差した後、小屋を指差し、自分の眼を人差し指と中指で差した。

指差された三郎太はお有を指差した後、小屋を指差し、その瞬間に三郎太とお有が崖の上から消えた。

その刻、丁度、崖の方を向いた戸が開き一人の男が酒に酔った様にふらふらと外に現れ草むらの方を向いて小用をして小屋へと戻って行った。

四半刻程して三郎太とお有が崖の上に戻って来た。

二人の見張りを残して皆で小屋とは反対の方へ崖を少し降り三郎太、お有、龍一郎、お佐紀を囲んだ。

「小屋の中には水夫が九人居ります、浪人三人は近くの村の家に松前屋の手代と泊まっておる様です、明け方の出船前に浜に出向く様で御座います」

「彼らが浜に来た刻に捕らえます、浜に着く前に我らは浜に降り近くに忍び潜み着くと同時に捕らえます、平四郎殿、その浪人者の腕前の程を確かめておいて頂けますか、その宿に何か悪だくみの証があるやも知れませぬ」

「何処の村かもどの家かも解りませぬ、何処の村のどの家かだけを調べる為に人員をお願い出来ますか」

「宜しいでしょう、但し、皆に言うておく、どの家かを突き止めるだけにして下さい、その後は平四郎殿に任せて下さい、間違っても自分で近づかぬ様にして下さい、軽はずみな行いが皆を危険に晒し相手に警鐘を鳴らす事に成ります、忘れぬ様にして下さい」

「では二班二名づつでこの近くの村の探索をします、見つけ次第、此処に戻って下さい」

皆が一斉にその場から消えた。


四半刻(30分)、半刻(1時間)の間に皆が戻り二か所が可能性として上げられた。

普通の生活をしている者たちは寝ている時刻であるが無頼の輩は酒を飲んでいるであろうとの読みによる探索であり、その結果の二か所だった。

その二か所に見つけた組の二人が先導し平四郎、お峰の組と三郎太、お有の組が探索に出向き、平四郎とお峰は直ぐに戻ってきたが三郎太とお有は刻が掛かった。

「私が調べた家は無頼の輩ですが近隣の村、町に迷惑を掛けている浪人たちと渡世人の集まりで御座いました」

平四郎が調べを述べた。

「私の調べた家に間違いありませぬ、浪人三人と松前屋の手代が一人おり、手代は眠りに着いておりましたが浪人たちは酒盛りを続けておりました、その者らの話に寄りますと漁師たちは八つ半に漁に出船し一刻程の漁の後寄港する様で海賊どもは七つに出船し帰りの船を襲っている様で御座います」

「船の支度に四半刻を見込み七つの出船とすれば、我らは八つ半に浜に降り潜み場所にて待機しようぞ、浪人共は某と佐紀が相手を致す、其方らは残りを願う、里の者たちは、この崖の上にて待機致せ、解るな、其方らの気配を浪人共が感じては皆を危険に晒すからじゃ、これより刻が来るまで見張りを残し仮眠とする見張りは半刻毎に二人づつの交代じゃ、三郎太、見張りの順を任せる、我らは仮眠じゃ」

龍一郎が言った途端に佐紀を始め三郎太を除いた江戸組は眠りに就いた。

最初に選ばれた見張りが交代し今までの見張りと他の者たちは眠りに就いた。


「変わりは無いか」

見張りの二人の後ろから龍一郎が声を掛けた。

「はぁ、変わり御座いませぬ」

「我らは浜に降りる、皆を起こし我らを見習う事じゃ」

龍一郎が告げると六人が崖の上から消えた。

見張りの二人が静かに皆を目覚めさせ崖の上から浜を見張る事となった。

崖の上からは何時まで経っても何の変化も見られなかった。

「龍一郎様方は何処におられるのであろうか」

「馬鹿者、我らなどに見つけられるはずも無いわ」


半刻が過ぎ様とする頃、話声が浜への道から聞こえ、出迎えの水夫の一人が小屋から出て来た。

「さて、今日も頂くとするか」

浪人の一人が宣った。

九人の水夫と三人の浪人と手代が近づいて一つになろうとした刻に浪人の三人と手代が倒れ伏し、続けて九人の水夫たちが順に倒れ伏した。

倒れた男たちの周りに六人の男女が現れ、崖の上から見張る者たちに手招きし降りて来る様に指示した。


八本の櫂が付いた船の中程に設けられた水槽に付いていた排水栓をから海水を抜き中に気を失った者たちを放り込み二組十人の中の八人が櫂を握り他の者たちは思い思いの処に場を占めた。

前方に立つ龍一郎の指示に従い左右の漕ぎ手が櫂を漕ぎ当初はぎこち無かった船の動きも少しづつ慣れて動きが良くなった。

「良し、そろそろ全速力で参るぞ」

「こぉ~げ、こぉ~げ・・・」

龍一郎の掛け声に揃えて櫂が漕がれ、掛け声が徐々に早くなって行った。

「おぉ~」、皆が驚きの声を漏らした。

漁を終えた船、漁の最中の船の何艘にもあったが銛を構えて防戦の準備をしていた者たちも凄い速さで横を通り過ぎる天狗の面を被った者たちが操る船を唖然として顔で見詰めていた。


港に待機していた荷下ろしの人たちが噂に聞いていた八本櫂の船が近づいて来る事に気が付き、銛、鍬などの武器になりそうな物を構えて待った。

近づいて来た八本櫂の船に乗っている者たちが天狗の面を着けている事に気付き皆が船を遠眼に囲んだ。

三郎太が扮した大天狗が船から陸に飛び移ると漁民の皆が後ろに退いた。

大天狗の前に少し小さな天狗が現れて語った。

「我らは養老山に住む天狗である、其方らの名主の願いにより海賊共の退治に参った、既に退治致した故に只今より以前の様に漁に励め」

「・・・」

「この八本櫂の船は其方らが海難の救助に使う事じゃ、我らは此れより賊共を役所に連れて参る、ではさらばじゃ」

天狗の掛け声と共に肩に賊を一人づつ乗せた他の天狗たちが次々に港を立ち去って行った。

港に様々な武器を手にした漁民たちは只々唖然とするばかりで声も無かった。


漁を終えて魚を積んだ船が次々に着くと天狗の話になったが港の頭が都度に言った。

「魚は鮮度が大事じゃ、話は後にして魚の始末を先にせよ」

長の掛け声と共に魚の始末をすると天狗の話をし、それが船が着く度に繰り返された。

全ても船が寄港し魚の出荷も終わると皆は天狗が漏らした村長の処へ足を向けた。


「おはようさんで御座いますだ、村長どん、村長ど~ん」

「何じゃな、朝の早ようから、又、海賊が現れたか、困った、困った」

「そうじゃねぇ~だよ、今朝は無事に魚を出荷しただ、天狗様が海賊共を退治してくれただよ、その天狗様が村長の願いにより退治に来たと言うただよ、願いに行っただか」

「おぉ~、天狗様が願いを聞き届けてくれただか・・・天狗様は本におられるのだなぁ~」

「願いに行っただか」

「あぁ、行った、昨日の晩に戻って来た、何とも早い、それで天狗様は儂らに何をせよと願われたかのぉ~」

「何も無い、海賊共が使うて居った八本櫂の船を船が難儀に合うた刻に助ける為の船にせよ、と申され置いて行かれた」

「何と・・・銭も魚も何も求めは無いのか・・・天狗様・・・お礼参りに行かねばならんな・・・其れも駄目じゃ」

「為して駄目じゃ、お礼がしたいぞ」

「天狗様は社も要らぬ、貢物も要らぬ、お礼も要らぬ、と言うておるそうな、礼の気持ちは他の人への親切で返せ、と申されておるそうじゃ」

「他の人への親切か・・・普通の人とは違うのぉ~、天狗様らしいのぉ~」

「儂は朝晩、天狗様に礼を言う事に決めた、養老の里はどっちの方だ」

「あっちじゃ」

村長が一方向を指さした。

皆がその方向を向き土下座して拝礼した。

この日から朝晩にあちらこちらで養老の方を向いて両手を合わせ拝む姿が見られる様になった。


高崎藩陣屋、別名・銚子陣屋は野国群馬郡(群馬県高崎市)周辺を領した高崎城に居を構えた高崎藩の飛び地であった。

銚子陣屋には郡奉行一名と代官二名が派遣され常駐していた。

銚子陣屋に住まいする郡奉行の部屋に大きな声が響いた。

「我は養老山に住む天狗である、銚子港に起点に漁をなす者たちから魚を強奪しておった賊を退治し連れて参った」

龍一郎・天狗の大喝に郡奉行が左手に刀を持ち障子を開けた。

配下の者たちも次々に廊下に集まって来た。

「何奴じゃ、何用あっての狼藉じゃ」

「その方、耳が遠いのか、聞こえぬのか」

「何~・・・代官から一度、銚子の魚が盗まれたと聞いたが片付いたと聞かされた」

「その代官が海賊の一味じゃ」

猿轡を噛まされ後ろ手に縛られた男が天狗の前に放り出された。

その後、水夫九人、浪人三人、町人一人が放り出された。

「この者らが海賊じゃ、証の書面はこれじゃ」

書面の束が天狗の前に投げ出された。

「黒幕は江戸にお店を持つ松前屋である、その裏には松前藩が控えておる、その二つは儂に任せよ、其方、奉行は海賊共を処罰せよ、この松前屋の町人は預かって参る」

龍一郎・天狗の言葉の後には海賊共と浪人が猿轡を噛まされ後ろ手に縛られた賊たちが残るのみであった。

「その方ら、こ奴らを牢に閉じ込めろ、戒めはそのままにしておけ、儂は証の書面を調べる」

銚子陣屋は早朝から大騒ぎとなった。


郡奉行ともう一人の代官が証の書面を読み下し、代官の一人と松前屋と松前藩の罪状が明らかである事を確認した。

その後、悪行を働いた代官の取り調べを行った。

当然、当初は知らぬ存ぜぬと言っていたが証の書面を見せられ観念した。

郡奉行は本藩の家老への書状を書き飛脚屋へ届けた。

これは後日になるが本藩から役人が何人も来て罪人を連れて行った。

本藩で再度の吟味が行われ代官は斬首、水夫と浪人は島流しと決まった。

代官は武士としての栄誉が与えられず切腹では無く斬首となったのである。

水夫と浪人たちは何の因果か悪事を働いた銚子の港から八畳島への島流しとなった。

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