第236話 探索要請
銚子と行徳の探索を始める前に船宿・駒清に全員が集まった。
そしてその場で誠一郎が清吉に龍一郎からの言伝を告げた。
文机で何処かの誰かに文を書いていた弾左衛門に声が掛かった。
「弾左衛門様、お久しゅう御座います」
町人ながら脇差しを差した男が部屋の隅に座っていた。
「其方は確か龍一郎様の配下・・・では無く仲間の清吉と申したかな」
「はい、清吉で御座います」
「本日は何用かな、まさか龍一郎様からの命では有るまいな」
「それも御座いますが、他の仲間の一部をご紹介したく参上致しました」
「何、仲間を連れて来たか、門の外におるのか」
「いいえ、既にここに居ります」
清吉の言葉が発せられた途端に清吉の周りに誠一郎、平太、舞、お雪が現れた。
普通の者であれば飛び上がって驚くか腰を抜かす処であるが、流石は何千人、何万人もの非人を束ねる弾左衛門である「おぉ」と言う声を上げただけであった。
「こちらから誠一郎、平太、舞、お雪で御座います、お見知り置き下さい」
「誠一郎殿、平太殿、舞殿、お雪殿・・・しかと承った、して顔見せだけでは無いと申したな」
「はい、銚子と行徳で難儀している方々が居られます、それに付きまして現地を探索して参りました者に直に報じさせます」
四人が代わる代わる現地の模様を語った。
「それは酷い話ですなぁ~、それで我らに親玉を探れと申されましたか、龍一郎様は」
「はい、四郎兵衛様にもお願い申す様に言われておりますそうな」
「ほほう、幸~、次郎太を連れて参れ~」
「は~い」
暫くして次郎太が幸と一緒に部屋に入って来たが隅に座る五人を見て「ぎょ」と驚いた。
「何者じゃ~」
「これ次郎太、慌てるで無い、龍一郎様のお仲間の方々じゃ」
「龍一郎様のお弟子様で御座いますか」
「弟子では無い、仲間じゃ・・・しかし、見張りを鍛え直さねば成らぬな、こうも易々と入られる様ではな」
「はい」
「今日はいよいよ探索の始まりじゃ、まずは一緒に働くお仲間の顔見世に来られた、清吉殿は以前に来られた故に覚えておろう、本日見えられた方々は 誠一郎殿、平太殿、舞殿、お雪殿と申される、心に留めて置け、いや、置きなされ」
「はぁ」
「はい」
「儂から命を伝える故、其方らは四郎兵衛殿の処へ参られよ、調べの報は道場にしますでな」
「お願い申します、其れでは、此れにて失礼致します」
清吉が別れの挨拶をした途端に五人の姿が掻き消えた。
残された三人は唖然として誰も居なくなった部屋の隅を見詰めていた。
「驚いたわい、龍一郎様のお仲間は凄いのぉ~、其方ら二人もあの様に成れるかのぉ~」
「成る、成ってみせる、なあ、幸」
「はい、必ずや」
会所の四郎兵衛は妓楼の主からの嘆願書を読んでいた。
「四郎兵衛様、お邪魔致します」
突然の声に「ぎょ」っとして顔を上げると部屋の隅に人が座っていて更に「ぎょ」っとした。
「清吉殿と申されたかな、確か以前、龍一郎様と御一緒で有った方じゃな」
「本日はお願いに上がりました」
「おぉ~、いよいよ我らにも探索の任が与えられますか、仙太郎と幸と一緒にお聞きしたいのですが宜しいでしょうか」
「構いませぬ、その方が良いでしょう」
「お~い、誰か仙太郎と幸を呼んでくれぬか」
「へい」
襖の向こうから返事が返って来た。
暫くして襖の向こうから又声がした。
「頭取、仙太郎と幸で御座います」
「入れ」
「失礼致します」
仙太郎と幸が部屋に入って来て四郎兵衛の前に座った。
「其方らまだ気が付かぬのか」
「頭取、何に気が付かぬので御座いましょう」
「この部屋にもう一人居ると言う事にじゃ」
「えぇ~」
二人は驚いて部屋を見渡し隅に座る男に気が付いた。
「何奴じゃ~」
「仙太郎様、清吉様で御座います」
「何・・・本に清吉殿でしたか、しかし何時の間に来られましたか」
「儂も知らぬ間に其処に座って居られた」
「・・・」
「仙太郎、いよいよ我らに龍一郎様のお役に立つ刻が参った様じゃ」
「真で御座いますか」
「清吉殿、お話下され」
「はい、その前に我が同胞を紹介させて頂きます」
清吉の言葉が終わった瞬間に清吉の両側に二人づつ現れた。
三人の口から「おぉ」と言う声が漏れた。
「こちらが誠一郎、舞、そして此方が平太と雪で御座います、お見知り置き下さい」
四人が小さく頷いた。
「まだ、幼い様に見受けられます」
「はい、幼い者たちで御座います・・・が腕は確かで御座います、余計な事ですが、平太と舞は私の倅と娘で御座います、そして誠一郎は忠助様の倅で御座います」
「何と、其方・清吉殿のお子たちに大岡様の御子息ですと・・・大岡様が申されておりました、倅の剣には叶わぬ、稚児の如きに扱われる、と・・・真の様ですな」
「此方に来る前に弾左衛門様にもお願いに参りましたが、この事は申しませんでした、此処だけの話として下され、刻が来ましたなら我々からお伝え致します」
「畏まりました、仙太郎、幸、良いな」
「はぁ」
「はい」
「して、願いをお聞かせ下され」
「はい、銚子と行徳の事で御座います、この四名が現場に参りましたので直に話を致します」
四人が代わる代わる銚子と行徳に降り掛かった難儀を語った。
一度、弾左衛門に話しただけに順序と要領を得た解り易いものだった。
「行徳屋と松前屋で御座いますか、松前屋の後ろ盾は松前藩で御座います、こちらも加えましょう、どうじゃな、仙太郎、松前屋は以前から通って居ったと思うたが、どうじゃ」
「はい、松前屋は刻に松前藩の留守居役殿と席を設けております、行徳屋は最近に成り金回りが良い様で上得意になって居ります」
「失礼を承知でお尋ね申します、上得意を失う事になるやも知れませぬ、それでも我らに組して貰えますか」
「江戸では無いとは言え町人を泣かせて得た金子など一銭たりとも欲しくは御座いませぬ、これが頭取としての私の考えじゃ、仙太郎、幸、賛同してくれ様か」
「へい、異存は御座いませぬ」
「はい」
「仙太郎、早速、手配りを頼む」
「へい、お任せ下さい、では失礼致します、皆さまも失礼致します」
「お待ち下さい、この件が終りましたならお二人の鍛錬を本格的に始めます、一月のつもりでお二人が居なくても良い様に備えて下さい、宜しいですか」
「おぉ~、いよいよ始まりますか、ならば早く始末しましょう、励みに成ります」
「では、我々がお先に失礼させて頂きます」
清吉が別れの挨拶をした途端に五人の姿が消えた。
三人は部屋を見渡したが見当たらなかった。
「何が有ってもあのお方、龍一郎様の敵には成らない様に肝に銘じて置く事とする、異存はあるまいな」
「はい、ありません」
「ありませぬ」
「あの中の一人に儂ら全員で掛かっても相手にもなるまいなぁ~」
「はぁ、多分」
「私は多分では無く、間違い無いと思います」
「儂もそう思う・・・味方で良かったのぉ~」
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